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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第三部 第一章 戦争終結
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大将軍解任

「この時期にどうして召還されたのかしら」


 禁裏に馬で向かう途中、周軍の総司令官である戚大将軍の頭にそんな疑問が過ぎった。

 今日禁裏に向かっているのは戦地で直ちに登城せよとの勅命を受けたからだ。

 現在、戚が考え実行した新戦法は大きな成果を得ている。

 緒戦の大敗北の最中、捕虜となったが幸いにも出会ったリグニア帝国軍の将校が良い人で待遇が良かった。本来なら奴隷として売られていただろうが、戚はその将校と共に転戦した。お陰で帝国軍の行動をつぶさに観察する事が出来た。

 そしてリグニア帝国皇帝、今は先帝となったフロリアヌスの温情によって捕虜解放が行われ戚は周に戻って来た。

 捕虜となった自分を周皇帝文武帝陛下は大将軍に引き立て総反攻の指揮を執るように御命じになられたのは、望外の栄誉だった。先ほどまで帝国軍にいた身として得た知見を存分に揮い新戦法を発明、周を存亡の危機から救いつつある。


「……」


 救国の英雄と言っても良かったが戚の心は晴れなかった。

 自分を捕らえた憎きリグニア帝国軍だが、悪い事ばかりでは無い。捕虜という身分でありながら自分の才能を認めてくれた人や、白い目で見ながらも優しくしてくれた人も。

 何よりも自分の全てを認め、自分も認めた人がいた。

 だが、その人と戦わなくてはならない。

 自分は祖国に忠誠を捧げた軍人であり、彼も同じ軍人だ。

 互いに、その点を認め合い尊敬し愛し合っている。

 故に敵味方に分かれた今、全力を持って潰さなくてはならない。もし手加減をしたら嫌われてしまう。だから全力で戦う。

 歪んだ愛だと思うが仕方ない。それが自分たちだと互いに認め合った。

 なので大反攻が大詰めを迎えつつある今、帝京に呼び寄せられたのは不愉快だった。

 新戦法のお陰で殆どの領土を取り返したがまだ南方が残っているし、他の地域も奪回する部分が残っている。幸い新戦法は他の将軍でも指揮して成功するように考えてあるので、戦場に残した兪将軍をはじめとする将校に任せても問題無い。

 だが自分が指揮を執らなければならないのも事実だ。

 特に南方はきな臭い。

 このところ帝国軍の動きが活発化しており反撃するそぶりを見せてる。新戦術が出来てから時間も経ち帝国軍が何らかの対策を立てている可能性もある。

 だからこそ南方への攻撃は慎重な判断を必要とする。

 最前線で幾度も偵察し情報を集め分析し、敵がリグニアが何を行うかを推測し対策を立てようとした。

 それを中断されて戚は苛立っていた。


「……会いたい」


 思わず口に呟いて周囲を警戒する。幸い護衛の兵からも離れており聞かれた様子は無かった。

 やがて禁裏の玄関に着き馬を下りて戚は胸甲を、その奥を強く握るように手を当ててから陛下の待つ皇極殿に向かった。




「戚大将軍、陛下の勅命により只今参内いたしました」


 皇極殿に入った戚は周皇帝文武帝に対して臣下の礼を取った。

 だが話しかけるのは幼い皇帝ではない。代わりに政務を執る宰相の秦だ。


「参内させたのは他でもない南方奪回の即時実施を命じるためだ」


 一瞬の動揺を戚は武術で鍛えた精神力で押さえつけ反論した。


「……お待ちください。南方はいずれ奪回しますが時期ではありません。敵は敗残の身なれど未だ侮れぬ力を持っております。ここは慎重に情勢を分析し事を進めるべきでしょう」


「今の勢いを挫かせてはならぬ。今攻めずして何時攻めるのだ」


「南方は比較的大人しい戦線でした。新戦法は確かに有効でしたが使用してから既に幾月も経ち、敵も新戦法に慣れ抵抗の兆しが見えます。今一度、状況を改めて確認し慎重に攻め込むべきだと考えます」


「従えぬと言うのか」


「一度戦場に出れば例え君主の命といえど聞き入れざる事があります。作戦の指揮官として受け入れられません」


「勅命に従えぬと言うのか」


 秦はなおも勅命、皇帝の命令を盾に執拗に戚を追い詰める。


「はい」


 だが戚も軍人として武人としての吟爾、これまでの経験や知見、何より失った将兵の血肉を持って得られた情報、結論から導き出した判断を無下にする事は出来なかった。


「なるほど、決して言を曲げぬと言うことか」


 秦は一度笑うと口調を変えて話しかけてきた。


「命に従えぬというのは分かった。だが一つ、別に聞きたいことがある」


「何でござりましょう」


「これは何だ?」


 そう言って見せたのは銀色に光る指輪だった。

 それを見た瞬間、戚は自分の胸甲に手を伸ばした。


「動くな!」


 その瞬間を部屋の隅で警衛していた呂は見逃さず近衛兵に槍先を戚に向けるよう命じた。


「呂よ。戚の胸甲の中を調べよ」


「はっ」


 秦の命令を受けて呂は戚のもとにやって来る。

 同僚の将軍だがオネエ言葉を使う上、幾度も戚を貶してきており戚も嫌いだ。だが、宰相の秦に媚び昇進してきた。そのため武将としての実力も無いので妬み癖は激しい。

 出来れば離れたかったが、喉元に槍先を突きつけられた戚は何も出来ず、蛇のように入り込む呂の指を受け入れるしか無かった。


「宰相閣下、ありました!」


 取り出してこれ見よがしに掲げたのは宰相の手にしている指輪と同じタイプの物だった。


「安心しろ、これは偽物だ。本物は今、呂が持っている物だ。これがどういう意味か分かるな?」


「……」


 戚は黙ったままだった。それが答えだった。

 捕虜になった時、面倒を見てくれた将校マルケリウスが優しくしてくれた。そして愛し合い捕虜解放で別れる間際、彼から求婚され結婚した。

 今取られた指輪はその証だ。


「誇りある周の武人が蛮族と契りを結ぶなど言語道断! 南方奪回を躊躇うのは、手加減するためか!」


「違います!」


 戚は強く断言した。確かにマルケリウスのいる戦線への直接指揮は行わなかったが、攻撃許可を出したことは度々ある。武人として、そしてマルケリウスに嫌われないために自らも武人として、最善を尽くしており戦いに手を抜いたことは無い。


「だまらっしゃい!」


 だが秦は戚の気持ちを切り捨てた。


「蛮族と契りを結ぶような者に大将軍など務めさせる訳にはいかぬ。大将軍の解任を申しつける! 本来なら首を刎ねるところだが、これまでの武勲に免じて謹慎とする。後任は呂とし速やかに南方を奪回せよ」


「は、有り難き幸せ」


「……」


 はきはきと答える呂に対して戚は絶句した。

 よりによって慎重を期すべき南方攻略を呂に命じられ戚は不安しかなかった。

 だが大将軍を解任された今、戚に出来ることは無かった。


「対外的には南方奪回の勅命をはね除けた事とする。大将軍が蛮族と結ばれていたなどあってはならん。汚らわしい売女め! つまみ出せ!」


 戚は近衛兵の槍先で追い立てられ、皇極殿から追い出された。

 指輪を取り返したかったが、槍先を突きつけられてはどうしようもない。それに陛下の前で剣を抜く訳には行かず、ただ去りゆくしか無かった。


「陛下、朝議も無事に終わりました。懸案だった人事も刷新いたし、領土奪回の完遂も間もなくでしょう」


「う、うむ」


 まだ一二才と幼い周の皇帝文武帝は宰相の言葉に頷くしか無かった。

 古来より受け継いだ父祖の地を取り返す必要性は分かっているが、そのために多くの民草を死に追い立てるなど幼くも優しい彼には酷なことであった。

 既に幾万、いや何百万という兵士、民が亡くなっている。

 如何にすれば戦争を止められるかと考えたが、こちらから和を請おうとすれば周の威信が崩れる、と秦に言われ何も出来ずにいた。


「陛下、ラーンサーン王国より朝貢が参っております。是非、我が国の威光を分け与えて上げなされ」


「う、うむ」


 秦は上機嫌に陛下をラーンサーン王に引き合わせると自らの執務室に戻った。

 今回、秦に指輪をもたらしたのはラーンサーン王だ。

 常勝将軍と言われつつある戚の排除を目論むリグニア帝国がラーンサーン王に渡し、彼を通じて秦に結婚の情報と共に渡した。

 戚の名声とそれに伴って権力を握られるのを防ぐ為、秦としてはここで戚を排除しておく必要があった。その事を考えると今回の件は渡りに船だ。

 戚を解任し代わって手駒である呂に軍を掌握させれば秦の権力は盤石だ。

 現在周軍は戚の作り上げた戦法により全戦全勝。この戦法の良いところは戚だけでなく誰でもこの戦法を使えばリグニアに勝てることだ。

 勝利を収め領土を回復できるのであれば戚など必要ない。

 兵士の犠牲が大きくても、まだまだ民は多い。各所で編成した一部義勇軍が反乱を起こしているがリグニアに勝てば直ぐにでも周軍を送り込み攻め滅ぼせる。

 寧ろ義勇軍編成を進言した戚に責任を取らせ、斬首することも出来る。


「ふふふふ」


 執務室の席に座り戚から取り上げた指輪を見ていると、秦の口から思わず笑い声が漏れた。  

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