軍法会議
東方総軍後方主任参謀兼鉄道軍総司令官ハレック帝国元帥。
元ルテティア王国軍務大臣であり大逆人である。
ルテティア戦争まではルテティア王国の軍務省で一幕僚将校として活躍していた。だが、ルテティア戦争で自分の上官が反乱軍に身を投じたため、軍務大臣となる。
鉄道が使われた初の戦争で兵力を思う存分編成し、訓練し、兵装し、補給し、戦場から戦場へ移動させ王国軍を勝利に導いた軍務大臣。
彼がいなければルテティア戦争で王国軍は動けなかったと言っても過言ではない。
それはハレック自身がよく分かっている。そして鉄道が戦争で強力な兵器となる事も。
故に昭弥の王国鉄道を軍の支配下に置こうとした。
そのためにアクスム総督を兼任していた昭弥を狙った。軍の武器を横流しして獣人に反乱を起こさせたり、暗殺しようとした。
だが、すべて失敗したため帝国と裏で手を結び、九龍王国で偽装クーデターを起こし鎮圧と称して吸収合併し、もう一つの目的である周との開戦を導いた。そして戦時動員の名の下、軍の支配下に置こうとした。
ハレックはこの世界初の鉄道を使った戦を勝ち抜いた経験を生かし、帝国軍の後方主任参謀兼鉄道軍総司令官となり鉄道輸送の全権を得て、この戦争に参加する。
だがハレックが追い詰めたつもりだった昭弥率いる王国鉄道は巧みに帝国の要求を受け入れたため、軍の支配下に置くことが出来なかった。
それどころかクーデターが起こり、かつての主君であるルテティア王国女王ユリアがリグニア帝国皇帝となった。
そして今、捕らえられ軍法会議にかけられる事となった。
臨時軍法会議の会場となった会議室の部屋が開き親衛隊長のマイヤーがハレックを連れて入って来た。
新皇帝としてユリアが即位したため彼女も親衛隊長としてやって来た。
と言うより、お側を離れる訳にはいかない、と言って押しかけてきたのが正しい。
新皇帝が即位すると新たな皇帝親衛隊が編制される事になっているが、ユリアが任命する前にやって来たのだから押しかけ女房だ。
だが誰も異議を唱えないのは能力もあるし、まあマイヤーだから仕方ない、という暗黙の了解がユリアの周辺で出来ていたからだ。
そんな彼女はユリアの片腕として働いていた。
戦犯の逮捕、収容、監視もその一つでありハレックを連れてきたのも仕事の一つだ。
マイヤーに連れてこられたハレックは軍服姿だったが、被告として肩の階級章を外され手錠を付けて椅子に座らされた。
「ハレックを連れて参りました」
「ありがとうございます」
ユリアに声を掛けられて顔がにやけそうになったマイヤーだが軍務中のため、無表情を装った。
「では開廷します」
ユリアの一言で会議が始まった。
本来なら軍務大臣が議長となって開かれるが、今回はユリアの特に自ら議長になることを強く希望し実現した。
「被告人ハレック。あなたはルテティア王国軍務大臣時代に王国軍の武器弾薬を当時反乱を起こしていた猿人族に提供し反乱を長引かせましたね」
「……はい」
ユリアに尋ねられて一瞬、口ごもったが刺すような視線にのった殺意を感じてハレックは素直に答えた。
「更に、鉄道を軍の支配下に置くために鉄道大臣であった玉川昭弥を暗殺しようとした」
「はい」
「そして、今回の戦争の切っ掛けとなる九龍王国のクーデターをデチ上げ、周と開戦させた」
「はい」
ハレックは、全ての罪状を認めた。
王国の捜査記録だけで無く、帝国軍の機密資料さえ閲覧できるようになった今、ユリアがハレックの罪を立証するのは簡単だった。
それどころか皇帝の権力を使い証拠を捏造することさえ可能だろう。
なので、ハレックは全て真実を答えるしかなかった。
「何故、このような事を行ったのです」
「鉄道を軍の支配下に置き活用するためです。そして王国、ひいては帝国にとって脅威となる周を滅ぼすためです」
ハレックは悪びれることも無く背筋を伸ばして答えた。
「鉄道が戦争において決定的な力を持つことは、この度の戦争とルテティア戦争で明らかです。かつては数万の軍団を幾つか動かすのみでした。しかし、鉄道によって戦争は代わりました」
瞳に意志の光を戻したハレックは今までに無い大声で叫ぶように説明した。
「これまでは一トンの大砲を輸送するのに四頭立ての馬でようやく運べました。馬は大量の秣と水を必要とし病気にもかかるため不安定です。ですが鉄道なら、たった一本の複線鉄道で最新の編成なら一時間当たり片道六本の五〇〇〇トン積列車が走れば二四時間で七二万トンを輸送可能。一〇〇万の軍勢が一日にして集まることが出来ます。野戦用の通常路線でも五〇〇トン積列車を運用可能。これは完全武装の一個連隊を運ぶだけの能力があります。野戦急造用の五〇〇ミリ軽便鉄道でも十両編成貨車で五〇トンの物資を輸送可能。しかも病気知らず」
ハレックは言葉を休めるどころか更に加速させて行く。
「この差は歴然です。一番小さな軽便でさえ一回で一個軍団五万が一日に必要とする食料を輸送出来ます。通常の標準軌でさえ五〇万の軍を、最高の設備と車両を揃えた高速線なら五〇〇万の五個軍集団を支えることが出来ます。故に我々は五〇〇万以上の東方軍集団を編成し、動員し、武装させ、輸送し、補給し、戦闘させる事が出来ます。そして今も戦闘を継続しています」
語った後、ハレックは一瞬だけ恍惚とした表情をしてから再び真顔となり答えた。
「これほどの輸送力。そう、正に驚異的な輸送力を一民間企業が、たった一人の男に率いられた会社の元にあってはなりません。これは軍が、帝国を支える軍が持つべき力です。遙か彼方の遠隔地へ圧倒的な兵力を送り込み、広大な帝国全土より物資を輸送し支える。その根幹となる鉄道は軍の管理下に置かれるべきなのです」
「そのためにあなたは玉川昭弥を殺そうと、鉄道を軍の支配下に置くために反乱を援助し戦争を起こしたというの?」
「はい」
今度は何の躊躇いも無くハレックは答えた。寧ろ自分の意見を言い切った事に満足していた。
「……そうですか」
ユリアは一瞬だけ溜息を吐くと再び口を開いた。
「被告人ハレック。議長としてあなたに判決を言い渡します」
凛とした口調でユリアはハレックに伝えた。
「被告人は全ての罪状を認めました。故に有罪とします。国家反逆、横領、武器弾薬の不法持ち出し、利敵行為。以上の罪に対して本軍法会議は被告人に対して……」
一度だけ言葉を詰まらせてからユリアは罰を言い渡した。
「謹慎十秒を言い渡します」
会議に出席していた全員が一瞬自分の耳を疑った後、ユリアに注目した。真意を問うためにだ。
「……どういう事ですか?」
心に抱いた疑問に堪えきれず被告人であったハレックがユリアに尋ねた。
「その場で素早く十数えなさい」
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十」
ユリアに言われるがままハレックは十数えた。
「宜しい。ではあなたの罰は執行されました。以上です。では帝国軍最高司令官としてハレック元帥に命じます。帝国軍鉄道総監となり軍の鉄道運用に関しての全権を持って帝国軍を支えなさい。間もなく決戦が行われます。その輸送計画を直ちに提出しなさい」
そしてユリアはマイヤーに促して大星の肩章、帝国元帥の肩章を持ってこさせた。
「分かりました」
全てを察したハレックは謹んで受け入れ、肩章を手に取り再び自分の肩に付けた。
自分がいなければ軍の鉄道は動かせない、とユリアが考えており、このような軽微な罰となった。そのことをハレックは理解し自分は生き延びた、いや生かしておかなければならない状況であると認識した。
だからこそ、ただで引き受けなかった。
「では、帝国の鉄道を全て私の指揮下に……」
「必要量については既に鉄道大臣が算出し、軍に提供されています」
ハレックが言い切る前にユリアが言葉を被せた。反論の隙を見せずユリアは言葉を重ねる。
「その枠内で鉄道運用を行いなさい。また、必要量以上に軍が保有している分については直ちに鉄道会社に戻しなさい」
「しかし」
「戦線の縮小を決定しました。削減しても十分にまかなえます」
「ですが」
「皇帝の命令です」
抵抗しようとするハレックをユリアは撥ね付ける。
「分かりました」
これ以上の抵抗の無意味さを悟り、ハレックは受け入れた。
「あーっ、なんであんな大罪人の首を刎ねることが出来ないの!」
軍法会議を閉廷させた後、自室に戻ったユリアはベットの上で頭を掻きながら倒れ込んだ。
「理由については鉄道大臣より伝えられたはずです」
「そうだけど」
ラザフォードに諭されるが、ユリアは口を尖らせたままだった。
確かにハレックを大罪人として処罰する予定だったが、昭弥の請願というよりお願いによって今回のハレックの処分は大幅に甘い処分となった。
軍法会議開廷前、昭弥がハレックの処分について軍の鉄道計画全般を指揮命令できる立場に付けるように依頼してきたのだ。
はじめはユリアも事の次第に驚き、戸惑い、昭弥が仕事のしすぎで疲れて錯乱したのかと思った。
だが、昭弥は本気だった。
「決戦には軍を迅速に移動させる技能を持った鉄道の軍事利用に詳しい人間がいる。だからハレック元帥をその任に付けて欲しい」
そう言って昭弥は、熱心にハレック任用を求めた。
確かに自分でも鉄道の運用は出来るだろう。だが、軍事となると専門性は飛躍的に高まる。ことに分刻みで戦況が変化する戦場では柔軟な運用と先の戦況を見通して予め鉄道を用意する先見性が必要だ。
軍事に関しては今一歩知識の無い昭弥ではハレック元帥ほどの運用は出来ない。
何よりルテティア戦争よりこの世界で最も鉄道の軍事利用に慣れているのがハレック元帥であり、この点では昭弥でさえ劣っている。
「だからって大罪人を新設の鉄道総監に任命するなんて」
「ですが、昭弥卿にはより重要な任務がございます」
「そうだけど」
ラザフォードに言われてユリアは渋々認めたが、やはり心の中では納得出来ていなかった。
昭弥に文句を言いたいが既に一仕事、前線へ振り分ける軍用列車の数と指示を出し終え九龍を離れている。
だからユリアの不満は溜まる一方だ。
「けど業腹よ」
「軍事鉄道に詳しい人間が殆ど居りません故」
蒸気機関車が発明されてからまだ二〇年前後の状況で帝国全土に鉄道網が築かれたこと自体奇跡だ。そして、その能力を数倍、数十倍に引き上げた昭弥の力は偉大であり、並ぶ者はいない。
それが逆に徒となっていた。
急激な鉄道の発展によりそれを担う人材が不足していた。
新しいコンピュータ言語が出来ても操れるプログラマーが少なくて普及が進まないのと同じだ。
昭弥も人材育成は行っていたが他の仕事もあり十分に進んでいなかった。
軍事の部門に関してはハレックが熱心だったこともあり、事実上一任していた事も今回の事件の一因だった。
「それとも帝国軍数百万の将兵が弾切れを起こす事を、飢えることを望みますか?」
「もー、わかったわよ」
ユリアはふて腐れた子供のようにラザフォードに言った。
自分が王位に即位するとき尽力してくれた人物であり、父親の様な存在だ。今のように我が儘を言えるのはラザフォードとその娘で侍女であり幼馴染みのエリザベスくらいだ。
自分には一〇万の大軍を一撃で葬る力はあるが一度やれば一月は動けない。
敵である周の総兵力は一〇〇〇万を超すと言われているので、一軍団を滅ぼしたところで残りの軍団によってたかって殺される。
勇者の血と力を受け継いでいながら非常に情けないが、帝国軍将兵の善戦に期待するしかない。
そしてそれを支えられる人物がハレックだけというのが頭痛の種だった。
「人材育成に関しては鉄道大臣の一案がありますので、いずれ」
「ええ、いずれ報いを与えてやるわ。精々軽くなるように職務に精励して貰うわ。ところで決戦の準備の方は?」
「今、人事を進めているところです」




