お手紙大作戦
スコルツェニーの義勇軍離反工作が行われ多少なりとも成功を収めた。
元々リグニア帝国軍への反感はあったが周軍への反感も大きく簡単に話に乗ってくる。
そして義勇軍はリグニア帝国軍から武器を得ると、周への反乱を起こし周軍への襲撃を行い始めた。
少数とは言え帝国軍の最新式後装銃はゲリラ戦に最適で周軍を悩ませる。
周軍はリグニア帝国軍へは新戦法を使って撃破できていたが、神出鬼没のゲリラ相手には新戦法も無意味だった。
その出来た僅かな余裕を使いラザフォードは帝国軍の再編成を行った。
「只今より東方総軍の人事を発表する」
大本営 帝国軍最高指揮官 ユリア 幕僚総長トラクス大将
東方総軍 総司令官 ユリア(兼任) 幕僚総長トラクス大将(兼任)
北方軍集団 総司令官 スコット元帥
帝国第一軍、帝国第二軍、帝国第三軍
中央軍集団 総司令官 未定
帝国第四軍、帝国第六軍、ルテティア王国第二軍
南方軍集団 総司令官 ヴィルヘルミナ元帥
帝国第七軍、帝国第八軍、ルテティア王国第一軍
仮皇宮で帝国軍務大臣に任命されたラザフォードが発表すると集まった軍高官からどよめきの声が上がった。
「ちょこっと待つさ」
「何でしょうかベリサリウス元帥?」
女性の身でありながら帝国元帥の地位を得ているベリサリウスは現在本土総軍総司令官を務めている。
砲火の上がる戦場は無いが、部隊の動員、編成、補給、輸送、物資の調達、管理、輸送などある意味戦場よりも過酷な持ち場である。
特に鉄道が出来てからは扱う物資の量も兵力数も増えており、それを滞りなく管理している彼女の手腕は、これまでの仕事からも証明されている。
その彼女の言葉をラザフォードは無下には出来ない。
「講和するために決戦というのは分かったさ。けど、何処でどうやって決戦を行うか言って欲しいさ。でないと準備ができんさ。なにより中央軍集団がどう動くか分からないさ」
人事は発表されたがどのように行動するかをラザフォードは言っていない。
しかも現在中央軍集団はユリアの即位に反対し反乱寸前の状態である。
「説明して貰わないと動けないさ」
まともに言っているようだがベリサリウスも今回のクーデターを積極的には歓迎していない。
先帝よりマシという理由でクーデターを黙認した、というのが彼女の立場だ。
そのためユリアやラザフォードにこの場で実力を、帝国を纏められる実力を示して貰おうとあえて挑発的な物言いで尋ねてきた。
「総反撃は敵の総攻撃が行われる南方。そこを担当する南方軍集団が主戦力となる。南方軍集団は現地点で防御を固め、敵の攻撃を受け次第反撃する。他の軍集団は九龍山脈まで後退し防御線を構築し防御せよ。北方軍集団に関しては既にスコット元帥が増援兵力と共に急行中であり、近日中に防衛線が構築される予定である」
「まあ、妥当かね」
ベリサリウスはラザフォードの説明に納得した。
「でも中央軍集団はどうするさね。通信途絶状態さ」
中央軍集団は現在カエリウス元帥が指揮をしている。今回のクーデターを支持しておらずユリアに対して反抗している。
「それは理解している」
ラザフォードもこのことは予想済みだった。
クーデターの支持を打診した時は揉み手でクーデターを支持したくせに、そのまま帝国宰相にクーデターの事実をご注進した無節操な男だ。
だが帝国宰相もクーデターに参加したため二股を掛けていたことがバレたと思い、処罰を避けるべく慌てて反クーデター派となって反乱を起こした形だ。
間抜けな話しだが、カエリウスには重大であり文字通り進退が掛かっている。しかし、付き合わされる上層部はたまったものではない。
だがラザフォードは狼狽えなかった。
「大丈夫だ。中央軍集団に関しては必要な処置を行っており、近日中に処理する予定だ」
笑顔で伝えるラザフォードだったが、その顔を見てベリサリウスは背筋に寒気が走った。
何かとんでもない事を行おうとしていると彼女の勘が囁き激しく警戒するように伝えていた。
「断じて認める訳にいかん!」
中央軍集団の司令部でカエリウス元帥は幕僚に向かって怒鳴った。
「皇帝を虐殺し至尊の冠を強奪した反逆者に膝を屈するなど帝国軍人として認めん!」
彼の一時間に及ぶ演説を短く纏めると、このような内容だ。
悪し様に言っているが、このままユリアの元に行っても良くて更迭、悪ければ収監され処刑される可能性が高いからだ。
かつて総司令官会議で九龍の仮皇宮を訪れた際、王国宰相だったラザフォードからクーデターを打ち明けられたことがあった。
反逆などもってのほかだが、現在の戦況では劣勢なのは明らかだ。なのでクーデターに望みを賭けたことは確かだ。しかし、皇帝に対して幾ら勇者の血と力をひいていようともクーデターが成功するとは限らない。
そのため保険の意味を込めて帝国宰相にクーデターを打ち明けた。クーデターが成功したら皇帝側の戯れ言として弁明し、失敗すれば王国宰相が自分を貶める策略だと罵れば良い。
だが帝国宰相と王国宰相がグルだったためクーデターは成功し、自分の二股も知らされてしまった。
このまま出て行っても日陰者、下手をすれば斬首は確実。
反クーデターを宣言してユリア側と交渉するか、他の皇位継承者を担ぎ出して自分が操るか、カエリウスは考えていた。
幸い、先帝に忠誠を誓うか甘い汁を吸っていた将兵が中央軍集団には多い。貴族を士官に多く取り立てていたのだから当然だが、彼らも保身の為にユリアに付くのを良しとしていない。
ユリア側から攻撃される、とは考えていなかった。ルテティア王国第二軍が自分の指揮下にあり現在監視中だ。自分の配下であった彼らを見殺しにするはずがない。
なのでユリア側から攻撃がある、という事態はカエリウス元帥には考えられなかった。
「ふう」
一通り幕僚に演説した後、自室に戻ってこれからのことを思案していたが途中で打ち切られた。
「どうした?」
自分の部下である帝国第四軍の総司令官が面会を求めてきた。
第五軍と増援の第九軍が周の反撃によって壊滅し、ルテティア王国第二軍を監視中のカエリウス元帥にとって数少ない手駒だ。
ヘソを曲げられないようにカエリウスは丁寧に接し入室を許可した。
「何の用だ?」
カエリウスは尋ねたが、第四軍総司令官の返事は拳銃の銃口だった。
「な、何を」
答える事も無く第四軍の総司令官は引き金を引いて六発全弾をカエリウスの頭と胸に命中させ絶命させた。
室外でも銃撃音が響いた後、部屋の扉が開いた。
「大丈夫ですか閣下!」
「私は大丈夫だ。そっちは?」
「軍集団総司令部は制圧いたしました。何人か抵抗したため射殺しましたが」
「宜しい」
部下の報告を受けて第四軍総司令官は頷いた。だが、一時の平穏に過ぎなかった。
「何だ!」
外から銃声が響いて来て彼は叫んだ。
「第六軍の兵士が殺到してきています」
「どうしてだ」
「反乱を起こした中央軍集団司令部及び第四軍を制圧すると言っています!」
「バカを言うな! 反乱は第四軍が制圧した! 指揮に従うように第六軍に言え!」
叫ぶが戦闘は止むこと無く寧ろ時間が経つ毎に激しさを増し、第四軍と第六軍の全面戦闘となった。
「どういう事かご説明いただきたい」
大本営幕僚総長兼東方総軍幕僚総長に就任したトラクス大将がラザフォード大臣に尋ねた。
「何故、大本営の頭越しに帝国第四軍及び帝国第六軍へこのような命令文を発送したのですか。新設の部署とは言え真意をご説明願いたい」
大本営は帝国軍全軍への軍令、命令の発送を担当している。
何故命令発送の専門組織があるかというと一つの命令を遂行するのに複数の組織の関与が必要だ。
例えばある部隊にAからBへ向かうように移動命令を出したとする。
受けた部隊が移動するだけで完了という訳にはいかない。受け入れるB地点近郊の部隊に駐屯地や宿泊、補給の準備を命じなければならない。出発した後A地点の施設に泊まっていたら、その後始末、残して行く装備、施設、物品の管理も必要だ。向かう途中に川があり橋が無いのなら渡し船を用意したり、架橋するよう近隣の工兵隊に命じる必要が出てくる。長距離なら鉄道の用意や出発時間の調整も必要だ。
それらの調整を行った上で各部隊への命令を発送する責任者が幕僚総長なのだが、自分の頭越しに命令を出されてトラクスは頭にきていた。
通常、命令系統に従って命令を下すのは軍の鉄則だ。複数の指揮系統があると一つの部隊に複数の命令文や相反する命令が下って混乱を来す。
身体は一つなのに左を見つつ右を見ろ、と言うようなもので出来るはずがないし無理強いしてもいけない。
故に例え自分の指揮系統にあるからといって、直接の部下でも無いのに命令を下すのは御法度だ。
部下の部下は、自分の部下では無い。
命令してはならない事になっている。
勿論、緊急時は別だが理由無く行われたら上官だったとしても怒りの対象となる。
特に完璧主義のトラクスは頭にきていた。
「交渉中の中央軍集団さえ飛び越え何ですか。“反乱を起こした中央軍集団司令部を直ちに制圧。以後、中央軍集団の指揮を執るべし”。それも同様の文面を第四軍と第六軍に送るなんて。これでは同士討ちさえ起こします」
特に中央軍集団の総司令官が未定の状況ではどちらかの軍総司令官がカエリウスを制圧、拘束した方が次の軍集団総司令官になると思わせてしまう。軍集団総司令官の職を巡って戦闘さえ起こりかねないとトラクス大将は危惧していた。
「既に起きているよ。というより反乱軍の頭目争いだね」
「! 知っていて行ったのですか!」
「一度命令系統を離れた軍は軍閥となるよ。最早手に負えない。そのことを幕僚総長は、よく分かっているはずだが」
淡々と話すラザフォードにトラクスは黙り込んだ。
確かに現地で反乱を起こした部隊は、一度戻っても素直に命令を聞くことは希だ。一度上下関係が崩れ対等な関係だと部隊が認識するため命令系統に従わない。
これまで幾度も王国で反乱を経験し鎮圧してきた事もあり、トラクスはそれを分かっていた。
「軍閥は叩きつぶす以外に方法は無い。彼らを叩きつぶし、その生き残りを編入する」
「どうやるのです」
「混乱に乗じて先帝からの命令違反で拘束されていたフッカー大将の救出に成功した。彼の指揮下にあったルテティア王国第二軍は東方総軍の指揮下に復帰。以後中央軍集団の指揮を執らせる。フッカー大将に中央軍集団総司令官を務めさせ生き残りを再編成して九龍山脈に防衛線を構築させ防衛させる。増援兵力と補給も送り込むから可能だ」
「争いが長期化する可能性は?」
「無いな。何しろ補給を止めているし戦闘は物資の消費が激しい」
新型の後装小銃は射撃速度が前装銃の三、四倍。弾薬の消費も三、四倍だ。
更に人は一日に一キロ近い食料を食べるので、必要な食料を毎日用意する必要がある。特に冬季は体温維持のために大量のエネルギーが必要なので更に増える。
それでも八〇万もの大軍が編成できるようになったのは、鉄道による後方からの補給があってこそだ。それを止められたら、備蓄は勢いよく減りあっという間に飢餓状態となる。
しかも今は食べ物が取得しにくい冬だ。
現状補給を絶たれた帝国第四軍と帝国第六軍は飢餓状態に陥るだろう。
「ルテティア第二軍、新生中央軍集団には十分な物資を送ってくれ。フッカーの総司令官就任に関しては人事だからキチンと軍務省で発令する。必要なら帝国元帥に昇進させる。あと今言ったことを参謀本部から命令してくれ。以上だ。何か質問は」
「いいえ、ありません」
トラクスは背筋を伸ばし答えた。
まだ納得していないが筋は通っている。必要な事だと理解して不満を腹の底に抑え込んだ。
「あ、もう一つ、お聞きしたいことが」
「何だ?」
「ハレック帝国元帥の事です」




