農協と先物市場
ガブリエルは新しい組織、農協の役員となり、自分たちの村を救うために王都に契約しに行く。
「ようやく着いた」
疲労困憊といった表情でガブリエルは呟き列車を降りた。
初めて村を出て初めて列車に乗ったのだが、人が走るより速く進む列車に目を回した。ずっと外を見ていたが、家も畑も人も、凄い勢いで後ろに流れて行く。
あまりの速さに身体はずっと緊張して気が休まらなかった。
だが、そんな事をいつまでも言っていられない。
「さて、気を引き締めなければ」
王都に降り立ったガブリエルは自分に言い聞かせたが
「しかし、なんでこんなことに」
直ぐに弱音を吐いた。
村を出たことのなかったガブリエルが王都に降り立ったのは、訳があった。
ほんの数日前、父親から呼び出されたことが発端だった。
「実は王国よりお触れが出ての。農協を作れと言うことらしい」
「農協ってなんですか?」
「農業協同組合の略称らしい」
「組合? ギルドみたいなものですか?」
「ああ、何でもこの周辺の農家を集めて一緒に農具や肥料を購入したり、組合の農家の農作物を買い取って一括して市場や工場に売るようにするそうだ」
「どうしてそんな事を、皆がそれぞれ売り先を見つければ良いのでは?」
「それだと王国中の農家を歩き回り調べなければならない。購入者としては不便だ。それに農家としても購入希望者がたどり着けないのでは農作物を売れない」
「確かに」
一般に市場があるのは、売り主と買い主が一堂に会することが出来るという点だ。もし、個人が独力で相手を探そうとしたら非常に手間がかかる。それに市場でも、常に相手が見つかるとは限らない。
何人か集まって誰が売ることの出来る作物を持っているか知っていれば交渉しやすいし、個々に交渉する手間も省ける。
「それでお前には農協の役員をして欲しいのだ」
「一寸待ってよ。良いの?」
「ああ、日曜学校で成績が良いだろう」
「うん」
「なら十分だ。契約さえ出来るなら問題ない」
「でも契約文なんて書けないし、読めないよ」
「心配しなくても良いそうだ。王国の契約法に従って書式を書けば、簡単に確実な売買契約が書けるそうだ。心配なら王国の公証人を付けるから安心して契約して欲しいとの事だ」
「王国が認めてくれる」
話の大きさにガブリエルは目眩がした。
「そうだ。そういうわけで、早速王都に向かってくれ。そこで作物の売買交渉をして欲しい」
そう言って翌日にカンザス農協の発足式に参加させられ、数日のうちにガブリエルは役員、青年部長に任命された。
そして今朝委任状を持たされて、列車に詰められて王都に到着したのだ。
「さて、市場に向かわなければならないな」
ガブリエルは、近くに居た駅員に尋ねた。
「済まない、市場に行きたいんだがどうすれば良い?」
駅員は帽子を下げながらだみ声で答えた。
「階段を降りて隣のホームに行って下さい。そこから市場を経由する列車が出発します。次の次の駅で降りれば市場は目の前です」
「そ、そうか」
聞き取りにくい声で何度も頭で反芻してようやく意味が理解出来た。
「わかった。ありがとう」
そう言ってガブリエルは階段を降りた。
「本当に市場の前だな」
ガブリエルは駅員に言われたとおりに移動して市場の最寄り駅に降り立った。
「さて、何処に行けば良いのか」
あまりの人の多さに戸惑ってしまう。
何本もの貨物列車がひっきりなしに入線し運んできた荷物である野菜を放出し、それらを多くの人が買い取り、馬車や歩きで出て行く。
売買がそこかしこで行われており、カオス状態になっている。
「どうすれば良いんだ」
「カンザスからいらっしゃったガブリエルさんですか?」
その時、一人の人物から声を掛けられた。
「は、はいガブリエルです。カンザスから来ました」
「お待ちしておりました。私は仲介業をしておりますロレンスです」
慇懃にその男性は答えた。
「ああ、どうも」
「お相手は既に到着しています。早速、契約に入りましょう」
「解りました」
そう言うと二人は市場に入っていった。
「あの仲介業とは?」
ガブリエルはロレンスに尋ねた。
「この市場に店を出している人間の事です。売り手と買い手を結びつける、仲介する商売と考えて下さい。市場に入っても誰に行けば良いか解らない人が多いでしょうし。その時私たち仲介業の元に来れば、売り手も買い手も不便しません」
「なるほど。けど、儲かるんですか?」
「儲かりますよ。双方から仲介料を貰いますし鉄道会社からは、報奨金も出ます」
「何で鉄道会社から?」
「契約が成立すれば遠隔地からこの王都に商品が鉄道を使ってやってきますからね。鉄道を利用すれば輸送料が会社に入るので鉄道会社にとっては契約が増えることは喜ばしいことなんですよ」
「なるほど」
そしてガブリエルはロレンスの店に入った。
多くのキャベツやタマネギが山積みされている中で相手は既に待っていた。
「すごい金額が手に入った」
数分後、契約が無事終了し手にした契約書を見てガブリエルは驚いた。
相手は王都に何店舗もの料理店を営む実業家だった。店で生の野菜を使ってシチューを作るのでその材料が欲しいとのことでガブリエルの農協を紹介された。
ガブリエルが収穫期と予想収穫量を伝えると相手は満足し、前金を小切手で支払い、残りは現物が着いてから支払うとのことだ。
数ヶ月先に納入する商品を取引する先物取引という取引の種類で、この場に無い商品を売り買いすると言うことに若干の不安をガブリエルは感じた。
だが、不安を吹き飛ばすほど提示された金額が凄かった。
普通にオイル漬け、塩漬けにしたタマネギより倍ぐらい高い値段だ。
「こんなに儲かるとは」
今までは、生の野菜が殆ど無く、入ってくるのは希で高価だった。入ってくるまでに幾人もの商人の手を経る上に、王都まで距離がありその間に腐ってしまった。
しかし、鉄道のお陰で収穫して貨物列車に乗せれば、その日のうちに王都へ届けることが可能になった。
そのため、各地から野菜が入るようになり、値段は下がったが、中間に商人を介さない分、ガブリエル達農民に支払われる額も大きくなった。
「早く帰って増産しないと」
ロレンスからも普通の商店用に買いたいという注文を受けた。
帝都では今、生の野菜を使ったシチューやサラダが大流行しているとのことだ。他にも豚や牛も購入したいという人が多く居て仲介すると言っている。
「こうしちゃいられない」
ガブリエルは直ぐに売却可能な作物、畜産のリストを作らなければと、市場前の駅から列車に乗り王都中央駅へ。そこからコルトゥーナ行き各駅停車を探した。
「済まない。コルトゥーナ行き各駅停車は何処かな?」
駅員は深めにかぶった帽子で顔を隠しながら答えた。その駅員は来たときに市場へ行き方を尋ねた駅員だった。
「そこの階段を上がって右の列車です」
相変わらずのだみ声だが何とか聞き取れた。
「酷いだみ声だね」
「か、風邪を引きまして」
「ああ、それだったらこれでハーブを買いなさい」
そう言って、金貨を一枚渡した。
「喉によいハーブがあるんだ。煎じて飲むと良い」
それだけ言うとガブリエルは、階段を駆け上がり列車に乗り込んだ。
「あ、危ないところだった」
先ほどの駅員はだみ声ではなく、声変わりしたばかりの低い声で喋った。
「まさかガブリエルに二回も会うとは」
冷や汗を拭いながらジャンは独り言を言った。
幹部登用試験に失敗した後、駅員見習いの募集があり、それに応募して合格した。
幸い駅員は面接のみで筆記などはなかった。あまりにも読み書きの出来ない人が多すぎて筆記で必要な人員を集められなかったからだ。
そのため見習いの採用資格から読み書きが外され研修で実務を習うことになった。ただ業務後、読み書きを習うことが仕事の一環として入れられており、能力向上を狙っている。
ジャンは真面目に教育を受けていた。
幹部登用試験があり、見習いなら受けることが出来る。読み書きが出来るようになれば、幹部への道が開け出世できると。
「だがガブリエルに会うのは不味い」
ジャンとしては、会いたくなかった。大きな取引をこなしているのか、身なりがよく見知らぬ駅員に金貨を渡すのだ。あまりの格差にジャンは打ちのめされた。
「このままだとまた会ってしまうかもしれない」
最近、車掌の募集がかかっている。貨物列車ならセント・ベルナルドまでの直通列車だから村に止まることはなく、出会うことは無いだろう。
ジャンは業務が終わったら覚えたばかりの異動願いの書類を書くことにした。
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