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即位

 銃声が響き渡り、一瞬発砲煙によって、仮王宮の部屋は真っ白な煙に覆われ視界を遮った。

 その中でフロリアヌスは胸を張って仁王立ちとなってその光景を見ていた。

 自分は勝利した、あのユリアに完全に勝ったと確信していた。

 これで自分は名実共に帝国の完全な絶対支配者となると信じていた。

 周の蛮族との戦争は芳しくないが、ルテティアを直轄下に置き、彼らに大量の新兵器を作らせて帝国軍に配備させれば戦局を挽回する事は可能だ。

 その時は反乱に加わったルテティア兵どもを最前線に送り、周の兵士と戦わせるつもりだ。

 今年以降は鉄道と新兵器と潤沢な兵力で、今度こそ周を完全に屈服させリグニアのみならず世界の皇帝となるのだ。

 その未来をフロリアヌスは確信していた。

 だが、煙が晴れて無事なユリアと昭弥の姿を見て、疑問に思った。


「がはっ」


 突然に腹部に違和感を感じて、咽せてしまった。その時何か液体を吐き出してしまった。

 口の周りに残った粘つく液体を手にしてみると、それは血だった。

 自分の下腹部を見ると大穴が空いており、自分の血が止めども無く流れていた。


「……!」


 助けを呼ぼうとした瞬間、腹部に激痛が入り、力が抜けてフロリアヌスは床に倒れた。床には、腹部から自分の血が流れ広がりフロリアヌスは自分の血の作り出した血の池でもがき苦しんだ。

 どうして撃たれたのだと、周りを見回すと親衛隊員が、自分を守る皇帝親衛隊員が自分に向けて煙がくゆる銃口を向けていた。

 そして自分の片腕であり腹心のガイウスが見えると彼に助けを求めるように目を向けた。


「陛下、申し訳ありません」


 ガイウスは倒れているフロリアヌスに謝罪の言葉をかけた。


「もっと陛下を補佐し、いざというときは、引き留めるべきでした。ですが、止める事はせず事態の悪化を私は見ているだけでした。帝国内に置いて陛下への不満は大きくなり、支持する者は殆どいなくなりました。親衛隊でさえ、従うことはありません」


 皇帝の身を守る親衛隊だが、もし今後起こるである皇帝への反逆計画が実行された場合最初に標的となるのは彼らだ。彼らはフロリアヌスと共に虐殺されることは何としても避けようとガイウスの誘いに乗り、今回のクーデターに加わった。


「陛下にはいずれ退位勧告が出ていたでしょう。ですが、従う事無く元老院と争うこととなるでしょう。帝国が二分され内乱となる事は避けなくてはなりません。故に今回のクーデターを計画しました」


 フロリアヌスはガイウスの告白に驚愕の表情を見せる。


「ラザフォード公爵に対してクーデターを打診しました。すると王国側もクーデターを準備していたとのこと。計画を成功させるためにあえて陛下に通報したのも、陛下ならクーデターを行わせ、成功する瞬間にユリア陛下を捕らえようと考えるでしょう」


 事実、フロリアヌスはそのように計画し今、仮王宮に乗り込んできた。


「帝国の為を思って行動したのでしょう。しかし実際は自分の感情を満たすために、動いておりました。陛下のお気持ちに偽りは無いでしょう。ですが結果的に自分の感情を満たし、帝国を害することしか行っておりません。このままでは帝国は分裂し崩壊します。故に叛かせて貰いました」


 一瞬驚いたが、フロリアヌスの表情は嘲笑に変わった。

 自分を殺そうとした、皇帝を弑逆しようとしている宰相に誰がついて行くのか。なぶり殺しにされるとフロリアヌスは考えていた。

 だがその考えもガイウスは踏みつぶした。


「ご心配なく。陛下のお言葉は全て流させて貰いました。先の演説だけで無く、その前のユリア陛下との遣り取りも含めて全て流させて貰いました。予め用意された回線を既に開けていたのです」


 フロリアヌスは驚きで目を見開いた。


「あのようなお言葉を聞いては、誰も陛下を支持しますまい。どうか潔く退かれて下さい」


 深々と頭を下げるガイウスに、フロリアヌスは驚きと怒りが混ざった表情となり睨み付けた。だがそれも長くは続かなかった。


「申し訳ありません。長々と話してしまいまして。お苦しいでしょう。今、楽にして差し上げます」


 そういってガイウスは懐からリボルバー拳銃を取り出してフロリアヌスに向けた。

 すると、フロリアヌスは愕然として、今度は恐怖に染まり、助けを請うようにガイウスに自分の血にまみれた手を伸ばした。

 だが、ガイウスは眉一つ動かさず伝えた。


「事ここに至っては、帝国皇帝として潔い御最後を」


「ま、待って」


 ユリアが止めようとするが、ガイウスは聞かず銃口をフロリアヌスの額に当てて引き金を引いた。

 額に銃弾を受けたフロリアヌスは大きくのけぞり、仰向けになって自分の血の中に沈んだ。

 ガイウスは、フロリアヌスに近づくと見開いたままの両目を閉じた。


「ご遺体を仮皇宮へお運びしろ。帝国皇帝に失礼のないようにな」


 銃撃を浴びせた親衛隊員にガイウスが命じると彼らは黙ってフロリアヌスに近づいて、来ていたマントを使って包んだあと、担ぎ上げて退出していった。

 残ったガイウスはユリアに振り返ると臣下の礼を取った。


「臣ガイウス・リキニウス・ムキニウス。ルテティア女王ユリア・コルネリウス・ルテティアヌス陛下に謹んで奏上致す。すなわち、今上陛下崩御。戦により帝国は疲弊し崩壊の危機。陛下には早急に即位される事を願い奉る。帝国臣民一億のため講和と復興の号令を発せられよ」


「私が皇帝に……」


 ガイウスから言われて、呆然としていた。

 ルテティアの為にクーデターを起こしたのに、帝国から皇帝になるよう求められるなんて。

 確かにユリアはフロリアヌスの従兄弟であり、皇族であった母の血が流れている。

 継承権はあるが、他の皇族がいるはずだが。


「帝国は危機の中にあります。この未曾有の危機を乗り切るには王国を再建させ、強い力を持つ方を皇帝にするしか方法はありません。どうか、帝国の為にご即位を」


「はじめから仕組んでいたのですか? ラザフォード宰相」


 ユリアはガイウスの言葉を遮るようにラザフォードに尋ねた。


「……はい」


 素直にラザフォードは答えた。


「先帝が素直に退くことはあり得ませんでした。ユリア様に剣を突きつけられようといずれ、数年でも十数年後でも必ず屈服させると王国に攻めてきたでしょう。決して平和が訪れる事も無く、帝国と王国は滅び去るだけでしょう。ならば、賢明でお力のあるユリア陛下に帝国を丸ごと導いて貰おう、と」


「……解りました。リグニア帝国皇帝に即位いたしましょう」


 ユリアは一瞬の間を置いて承諾した。


「ただ先帝を侮辱することだけは許しません。手厚く、弔いなさい」


「陛下の御意のままに」


 改めてその場にいた全員が臣下の礼を取り、ガイウスが忠誠の言葉を述べた。作法の解らなかった昭弥だけが、一瞬遅れて同じ動作を取って改めて忠誠を誓った。


「下がって」


 ユリアがそう言って、ガイウスは下がっていった。




「昭弥は残って」


 昭弥もラザフォードと一緒に退出しようとしたが、ユリアに引き留められ、そのまま残った。


「……」


 エリザベスも出て行き部屋には二人だけ、昭弥とユリアだけが残った。


「あ、あの……!」


 昭弥が声をかけようとした瞬間、ユリアが昭弥の胸に飛び込んできた。

 突然の事にどうすれば良いのか解らずにいると、昭弥の胸の当たりが温かく濡れるのが解った。


「こんな事にはしたくなかった……」


 暫く黙った後ユリアはポツリ、ポツリと話し始めた。


「私は父が亡くなってから、女王に即位しました。でもその後、即位を巡っての内乱が起きて自分の兄弟と戦う事になりました。多くは貴族達に唆されたものでしたが、討たねばなりません。結局、内乱が終わった時には私は一人になってしまいました。幼い頃に母を亡くしても国のためと戦場に出て行きましたが、私を恐れ誰も来てくれませんでした。でも即位後はその人達もいなくなってしまいました。フロリアヌスは、数少ない私の身内でした。ですから助けたかった。でもどうしてこうなってしまったんでしょう」


 悔悟の涙と共に嗚咽を出しながらユリアは口にした。

 その苦しみと悲しみ寂しさが解るだけに昭弥は、不用意に口を出すことは出来ず、ただユリアの頭を優しく両手で包み撫でることしか出来なかった。


「……お願い、昭弥」


「なに?」


「ずっと居て……もう、誰も居なくなって欲しくない」


「うん」


 昭弥は静かに頷いた。




 その後、ユリアはリグニア帝国皇帝として即位する。

 消耗した超大国リグニア帝国を再建するという巨大な事業に挑む事となり、初代皇帝や初代国王ルテティウスに匹敵する大事業となるだろう。

 未だ周との戦争は終わらず、先帝が崩御した事による混乱も起こるだろう。

 反乱や内乱が起きることもほぼ確実だろう。

 だが、ユリアは決して絶望はしなかった。

 自分を支えてくれる人々がいることを、その手段ももたらされていることも。

 部屋から出たとき、朝日が昇った。その年の初めての光を浴びて、ユリアは自分の国となった帝国を再建するべく進み始めた。

鉄道英雄伝説を御愛読頂きありがとうございます。

前に予告したとおり、この回を持って第二部を終わりとします。

外伝を追加するかもしれませんが。

第三部は執筆予定ですが、その前に完全新作を投稿予定ですので、その後になります。

宜しければ新作の方も、ご覧になって頂けると嬉しいです。

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