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死守命令

 墨谷関へ着いた列車は兵士達を下ろした。

 ここに防衛線を作り、周の兵士を撃退する予定だ。

 本来なら峠沿いに防衛陣地を作り持久戦を行うべきだったが、北方軍集団が壊滅状態のため、西原北方への侵入を許しつつあり、何時撤退するか解らなかった。

 精々、粘れるだけ粘って、相手に損害を与えてから撤退する予定だ。


「無事にご帰投してください」


 墨谷関で昭弥はブラウナーと別れ九龍へ向かうことになった。

 交渉の経過を直接報告するため、暫く空けていたので鉄道に関する仕事も残っている。


「ありがとう。本当なら君たちも連れて行きたいんだけど」


「人手が足りませんからね。ここで粘って他の部隊を助けませんと」


「死ぬなよ」


 そう言って二人は別れ、昭弥は九龍に向かう列車に乗りこんだ。

 高級幹部用の一等車付き、と言うより昭弥の寝台列車の車両を徴用して運行している。そこに作られていた特別室に入って昭弥は一眠りした。

 目が覚めると、特にすることも無く列車内の視察に入ったが、酷い物だった。

 列車は殆ど病院列車で、列車の中の寝台は病人や傷病者が寝かされていた。

 戦闘による負傷者は殆どいなかった。多くは凍傷や、病気による後送だ。

 戦争において戦闘による死傷者は少ない、殆どは病気によるものである。

 日露戦争では動員総数一一〇万の内、戦死傷者二〇万に対して戦病者二五万。原因不明で治療法の無い脚気という事もあるが、戦地における病気というのは怖い。

 第一次大戦が終わった理由の一つに世界的に流行したスペイン風邪、感染者数五億人、死者五千万から一億人という被害が出たためとも言われてる。

 このスペイン風邪が当時の主戦場であったヨーロッパで大流行したからだ。

 戦場の衛生環境は劣悪な上、大勢の人員が密集する。病気が流行するだけの条件が揃うのも戦場という環境だった。

 彼らを手当てする看護婦達の邪魔をしないよう昭弥は早々に自分の部屋に戻った。

 途中、機関車の入れ替えや順番待ちがあったものの、昭弥の乗った列車は王国の仮王府がある九龍へ、到着した。




「久方ぶりの九龍だな」


 列車から降りて雪景色になっている九龍を見て、懐かしいような感じがする。いや、それ以上に、喜びに溢れている。

 会えるという喜びに。


「お帰りなさいませ大臣」


「ま、マイヤーさん」


 昭弥の感動をを杓子定規な挨拶で邪魔して出迎えたのは、親衛隊長のマイヤーだった。


「陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」


「そうですか。では、すぐにって」


 昭弥が答える前にマイヤーは昭弥を担ぎ上げた。

 龍人族のマイヤーにとって昭弥程度の重さなど軽々と持ち上げることが出来る。


「直ちに登城せよとの事です。荷物などは私が運びます」


「俺は荷物じゃない」


 足をばたつかせて抗議するが、分厚い胸に当たるだけで何のダメージも与えられない。紙風船にでも当たったかのような態度でマイヤーは、担ぎ続ける。


「早急にと言う事なので、急ぎます」


 ティナがマイヤーに文句を言ったが、彼女は聞き入れず、ズンズンと歩いて行き貴賓者用の通路への階段を降りる。

 一段抜かしで階段を降りて行くため担がれている昭弥の身体は大きく揺れた。


「ちょ、ゆっくり」


「急ぎます」


 減速するように昭弥は頼んだが無視してマイヤーは進む。

 エレベーターの開発優先度を高めて迅速に設置しようと昭弥は心に誓う。

 その間に通路を通って改札を抜けたマイヤーは玄関に待機していた自動車に昭弥を乗せる、いや放り込んだ。


「イテッ」


 頭を打った昭弥が摩っている間にマイヤーが乗り込み扉を閉じて自動車を出させた。

 アクセルを踏み込み一挙にクラッチを繋げたので車は急発進した。


「最初は役に立つのかと疑問だったが中々使えるな」


 王国鉄道の新会社の一つ鉄道自動車の量産車エクウス。

 世界最初の量産自動車Tフォードに似た車で、ガソリンエンジン機関車の技術を応用して作った直立四気筒エンジンと四段クラッチを搭載。操作しやすくした上でベルトコンベアー方式で生産中だ。

 駅で荷役に使ったり、駅から届け先へ迅速に荷物を運べるようにと開発し大量生産したかったのだが、戦争により工場予定地や労働者が奪われているため、本来の十分の一程度の生産量に抑えられていた。

 出来た車は鉄道関係、王国政府関係へ出荷され利用されている。


「乱暴すぎませんか」


 頑丈に作っているが、乱暴な急発進に昭弥は抗議した。


「直ぐに連れてくるようにとの陛下のご命令だ」


「丁寧に、と言っていませんでしたか?」


「これ以上無いくらいに丁寧だっただろう」


 拉致の間違いじゃないのか、と言いたいくらいに乱暴だったが、何の言葉も言えず、ただ一言尋ねた。


「何があったんです?」


「陛下が何を仰るのかは知らん。私ごときが陛下の御心を言うのは畏れ多い」


「でも、ツッッ!」


 抗議しようとしたがその時エクウスが大きくバウンドして昭弥は舌を噛んでしまった。その痛みでその後は、何も言えなくなってしまった。

 自動車は猛スピードで仮王宮へ入る。急ブレーキで止まって、転がった昭弥をマイヤーは放り出すと、前に立って謁見の間に案内した。

 流石に仮王宮ではマイヤーも昭弥を担ぐなどと言う、狼藉、あるいは嫉妬の対象になる行動を慎んでいた。

 謁見の間に入ると、既にユリアが待っていた。


「昭弥!」


「ユリア!」


 周りにいるのがユリアのお付きメイドで幼馴染み、そして昭弥の義理の妹か姉にあたるエリザベスと義父であるラザフォード、他身内のみという事もあり、二人は再会を喜んで抱き合った。

 舌の痛みも引いたため昭弥はユリアに言葉をかけた。


「無事で良かった」


「ブラウナーさん達に助けて貰いましたから」


 笑顔で昭弥が言うと、ユリアは顔を曇らせた。


「? どうしたんですか?」


「実は先ほど連絡があって、ルテティア第二軍のフッカー大将が帝国軍によって更迭されました」


「え? どういう事ですか?」


「帝国軍大本営が出した死守命令を守らず、後退したからです。そのため更迭されたのですが、丁度その時、周軍による反攻作戦が起こりルテティア第二軍は混乱し、状況不明です」


「ブラウナーさんは?」


「ノエル支隊は、現在連絡不能です」


 昭弥は血の気が引くのを感じた。


「どうしてそんな事に」


「これまでの進撃を無意味にしたくない、占領地を放棄したくないとフロリアヌスが総司令官権限で死守命令を下したからです。ですが、東方総軍に反撃するだけの能力は無く、フッカー大将は防御に有利な九龍山脈まで後退する予定でしたが、その時帝国軍によって更迭されました」


「どうして……」


 その時、昭弥はもう一つ思い出した。


「鉄道はどうなりました」


 それは脇に控えていたサラが答えた。


「実は、昭弥はんが出て言った後帝国軍から王国鉄道へ、列車や人員の供給を要求されたんや。本土からの物資が運びにくくなるというて、抵抗したんやけど、待機分や予備分をとられてもうて」


「そんな」


 蒸気機関車に限らずあらゆる機械は故障する可能性が有る。故障までとは行かなくとも調子が悪い事がある。その時、代理となる機関車を待機させたり、予備として置いておくのは常識だ。

 その分を奪われたら定時運行が出来ない。

 故障しないように完璧に整備すれば良いだろう、と言う奴もいるが、完璧など存在しない。故障は何時起こるか解らない。

 何より戦時のため機関車も貨車もフル稼働で動いている。整備までの運転キロ数と時間をオーバーしている機関車も多くいつ故障してもおかしく無い。

 今までもかなりギリギリで運転していた。

 さらに占領地で義勇軍、レジスタンスかゲリラに当たる民衆の部隊が放棄して鉄道への襲撃も行われていた。

 そして、今回の大敗走により多くの機関車や客車、乗務員、作業員が失われていた。


「……一体何処までやれば気が済むんだ」


 これまで楽観的に見ていた昭弥だったが、ここに来て怒りがこみ上げてきた。

 フロリアヌスは、鉄道において王国鉄道に競争を挑んできた相手であるが、鉄道の発展に資する行動を行ってきており、彼が失敗しても哀れと思うこそすれ嘲笑うことは無かった。

 昭弥は鉄道の歴史を知っており何がダメで何をするべきかを知っている。

 一方フロリアヌスには無く、手探りの状況で彼は鉄道を建設し運用しようとした。

 だからこそ失敗しても手を差し伸べるようなことをしたり、上手く行くように情報をそれとなく流したりした。 

 だが、最早許す事は出来なかった。

 怒りで握り拳を作る昭弥にユリアは話しかけた。


「実は、私たちの間で計画していることがあります」


「何でしょうか?」


 目の据わった表情で昭弥は尋ねた。


「クーデターです」

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