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急勾配発進

 鉄道最大の敵は坂道だ。

 一寸した勾配でも力を後ろに取られて発進不能になる。

 最悪、前に進めず後ろに向かって降りはじめ、停止できず加速を続けて脱線転覆する事も多い。

 事実、そのような事故例は数多い。

 普通は、発進不能な坂で停車した場合、坂の一番下までゆっくりと降りて行き平坦な場所で再発進。加速して坂を登り切るのがセオリーだ。

 だが、後ろには周の列車がいて攻撃を仕掛けている。


「このままだと発進できません。軽くしませんと」


「どうやってだ」


 クラウスに昭弥は言った。

 軽くすると言っても、列車に乗っているのは撤退のために乗車した兵士だ。置いていける重装備など殆ど無い。


「車両を切り離してそれを砦にし、後ろに防御戦闘を命じます」


 言いにくいことをブラウナーが言った。

 確かに後方の車両を外せば発進できるだろう。だが、それは兵士達を置き去りにする事であり、彼らの死を意味する。


「ダメだ」

 昭弥は断言した。


「絶対に見捨てない」


 仕方の無いことだ、とか、犠牲無くして成果は得られない、とか散々聞かされてきた。だが、そんな事を言う奴は大概、嘘偽りで成果は無く、損害ばかり。失敗したら犠牲が足りなかったとか責任転嫁する。


「ですが、発進できませんよ」


「やってみせる。代われ!」


 昭弥はクラウスと入れ替わりに機関士席に座り、レバーを握った。

 自信はあった。失敗する可能性は高いが、不可能では無い。

 そのような事を行うとき、先ほど言った連中は夢物語だとか現実を見ろとか、大人ぶった態度をとってきた。

 確かに達成していないから夢物語だ。だが、確実な失敗より成功の可能性のある方法を昭弥は取る。

 この世界に来てからはずっとそうだった。

 今でこそ大会社だが、成功するか解らない状態から始めた事業だ。

 同じように失敗するかも知れない。だが成功する可能性が有るなら試してみたって良いだろう。少なくとも、試さず見捨てるより遥かにマシだ。


「石炭をくべて火力と蒸気圧を上げろ!」


「は、はい!」


 言われるがままクラウスは釜、火室に石炭を入れる。

 自動給炭装置は付いているが細かい調整が出来ないので、給炭装置でくべることの出来ない部分へ石炭を入れて行く。機関助士をやっていた事もあり、石炭がどのように分布しているか、不足するのは何処か、クラウスは解っている。

 給炭装置から遠くて石炭が少ないのに気流が強い投炭口直ぐの真下にたたき込む。

 すぐさま火力が上がり、蒸気圧が増大する。


「セバスチャン、機関車の前後と動輪に砂を撒いておけ、砂粒が表面に付く程度で良い。ティナも一緒に左右に分かれてやるんだ」


「は、はい」


 二人は砂の入ったバケツを持って左右に分かれた。


「ブラウナー准将、兵士達に汽笛があったら直ぐに飛び乗るように言ってくれ、急発進する可能性がある。必ず乗り込ませろ」


「解りました。戦闘を指揮するため後ろに移ります」


 そう言ってブラウナーは後ろに向かった。


「蒸気上がりました」


 直ぐに蒸気圧を上げて、確保出来た事をクラウスは報告した。


「よし」


 機関士席に着いていた昭弥は、ブレーキをゆっくりと解除した。制止力が無くなった機関車は少しずつ下がって行く。

 ある程度下がった後、昭弥は再びブレーキを掛けて停止させた。


「セバスチャン! ティナ! もう良いぞ! 戻ってくるんだ」


 昭弥は大声で叫んで呼び戻すと、汽笛を鳴らした。後ろで戦闘をしていた兵隊達が帰ってくる。


「声を掛けるなよ」


 静かにしかし強く言うと昭弥はブレーキを少しずつ解除してレバーを前に押した。

 ゆっくりと機関車が前に出て行き、最初の貨車を引く。次いで二番目の貨車、三番目の貨車と前に進み出す。

 その間昭弥は、後ろの貨車を気にすると共にブレーキとレバーに意識を向ける。

 そして小刻みにブレーキを解放しつつ、貨車が半分以上動き出したとき、叫んだ。


「全速前進!」


 ブレーキを完全に解除。

 少しの間を置いてレバーを力一杯押してピストンに蒸気をありったけたたき込む。

 勢いよく機関車が前に進み出し、多少の振動があったものの、機関車は発進に成功した。

 列車全体を前に動かし、徐々に加速させ力強く坂道を登って行く。


「き、奇跡だ」


 クラウスは神を見るような目で昭弥を見ていた。


「奇跡なんかじゃ無い、ただの技術だ」


 完全に走っている状態を確認し、空転させないようレバーを少し戻し動輪とレールの噛み具合を確認しながら昭弥は答えた。


「し、しかし、どうやってあの状況から発進させたんですか?」


「ああ、貫通ブレーキの仕組みは知っているか? クラウス?」


「勿論です。機関車で作った高圧空気をゴムホースと配管を使って各車両へ送り、各車のブレーキを作動させます」


「そうだ。だが、構造上どうしてもブレーキが解除されるとき列車後部の空気圧が抜けるのが遅れてしまう。それを利用したんだ」


「どういうことです?」


「大重量列車の発進方法は覚えているな。連結を緩めて一両ずつ発進させる方法」


「はい、そうすることで牽引力が小さい機関車でも慣性の法則により機関車と最初の車両の勢いにより止まっていた一両を動かし、そしてまた一両を動かして行き、最後には全ての車両を引っ張ることが出来ます」


「そうだ。これはその坂道での応用だ」


 少しだけブレーキを解除して列車の前の方だけブレーキを解放して後退させ連結を緩める。後方はブレーキが掛かったままだから、停止しているので、その状態なら前だけを後退させて緩めることが出来る。

 そして再びブレーキを解除してゆっくりと前に進み出す。後は大重量列車の発進と同じだ。


「だが最後の解放だけは慎重に行わないとダメだ。早すぎれば、後ろの貨車が降ってしまい、勢いを削がれて停止か後退する。遅すぎても、後ろの貨車のブレーキで発進できない」


 昭弥は雄弁に語った。


「そんな方法知りませんでした」


「まあ、使う必要が無いからな、普通は」


 低品質な石炭で蒸気圧が上がらず、きつい勾配の途中で停止した場合の上級技だ。

 通常なら一旦坂の下まで下がって改めて発進すれば良い。クラウスは軽便を動かしていたのでそのように動かしていた。何より軽便に貫通ブレーキが無い。新しい物は出来ているが、クラウスが動かしていた頃は貫通ブレーキのないタイプだった。

 更に王国鉄道の場合、王国の土地は平野が殆どな上、昭弥が勾配を気にしていたので急勾配の場所など無いも同然だった。

 そのため、王国鉄道の機関士は昭弥の見せた技を使う必要が無かった。


「連中が動き始めました」


 後ろを見張っていたセバスチャンが報告した。

 周の列車も動き始めた。周辺に散らしていた兵士を乗せて前に進み始めた。

 だが、急勾配のためか蒸気圧が足りないためか、徐々に後退して行き、視界から消えていった。


「どうしたんでしょう?」


「坂道発進に失敗して後退したんだな。無事に止まれると良いんだが」


「どういう事です?」


「連中、機関車に慣れていないようだ。ブレーキの高圧空気を使い切ってブレーキが作動不能になってなければ良いのだが」


「安全装置がありますよね」


 通常、王国鉄道の車両は安全装置があり機関車から空気を送って解除しなければ動かないようになっている。


「普通はね。でも、その仕組みを知らずに動かしていた。あるいは妨害だと思って外していたら、無意味だ」


 動かすことだけに夢中になり安全装置を解除したり外している可能性が高い。


「……その場合どうなります?」


「運良く停止できれば良いな。だが、停止できなければ加速を続け、あっという間に危険速度になって、脱線転覆するだろうな普通は」


 昭弥がしんみりと伝えた直後、後の方から鉄の塊が転がるような音と爆発音が響いた。


「脱線して釜が破裂したようだな」


 悲しそうに昭弥は言った。

 敵に奪われた上に、粗雑に扱われ破壊される機関車に忸怩たる思いを抱いた。


「そろそろ代わってくれ、流石に現場仕事は慣れない俺にはキツい」


「は、はい」


 クラウスと運転を交代して昭弥は後ろの貨車へ移っていった。そして、貨車の中に入ると壁を背に座り込み、瞼を閉じた。


「あー、成功して良かった」


 重責から解放されて、リラックスしたのと連日の輸送と整備作業の指揮での疲労で疲れが溜まっており、身を刺すような寒さにもかかわらず、失神するように昭弥は眠ってしまった。

 幸い、セバスチャンが毛布を手に入れて持ってくるとティナが羽織って一緒に包まった。

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