撤退戦
そして、ノエル支隊も後退を始め、最後の部隊を収容したとき敵の攻撃が始まった。
「クソッ、あと少しだったのに」
「最後の機関車が出るから乗ってくれ」
最後まで運転の指示を出していた昭弥がブラウナーに言う。撤収用に二編成分いつでも発進できるように用意されていた。
「総員撤収! 信号弾打ち上げ!」
撤退するためにブラウナーが黄色い光を放つ信号弾を通信要員に上げさせる。
すると陣地の各所で黄色い信号弾が打ち上げられ、各所で守っていた兵隊達が予め命令されていた場所に向かって駆け出す。
持って行けない重装備、大砲や弾薬などは放棄して行く。弾薬は自爆装置を付けるだけだが、大砲は閉鎖機を外し駐退機を斧で叩いて亀裂を作り、油を流して使えなくした。
歩兵はそれぞれ自分の武器を持って列車に飛び乗る。
「全員乗り込みました」
「よし、出発だ!」
「出発進行!」
社長が残るなら自分も、と最後の列車の機関士に志願したクラウスが加減弁レバーを引いて列車を前に進ませる。
後方からは周の兵隊が迫ってきており、戦闘が繰り広げられたが、後ろのガトリングで撃退する。
ロケット弾が降ってくることもあったが、出発後の操車場ばかりに落ちているだけで、被害は無かった。
「よかった」
無事に乗り切れたことを喜んで機関車に乗り込んだ昭弥は安堵の溜息を付いた。
だが、それは束の間の安息だった。直ぐ後ろから別の機関音が響いてきた。
「何だ?」
最終列車は、昭弥達が乗っている列車だ。後続などいないはず。
だが音は徐々に大きくなっている。
振り返ると、前に貨車を押し出すように迫ってくる列車が見えた。
「後方より列車。周の旗を立てています!」
「連中、俺たちが放棄した機関車を鹵獲しやがったか」
ブラウナーが苦々しく言う。
北方軍集団壊滅とその後の中央軍集団の後退、事実上の撤退を行ったが、その際に多くの装備品を放棄している。
その中には、機関車や貨車もあった。
計画された撤退なら動ける機関車は運べるし、故障などで動けない物はやむを得ず破壊している。だが、慌てて撤退してそれらの処置を行わず、動けるまま放棄する事態も多発。更に輸送中に周の軍勢と遭遇してそのまま鹵獲される事も起きていた。
連中が動かしている列車もその一つだろう。
接近してくると、周の列車からロケット弾が放たれてきた。幸い、数が少なかったのと、カーブする区間だっため被弾すること無く進んでいるが、向こうの方が速度が速く、徐々に接近されている。
「列車全体が重いです、これ以上速度を上げることが出来ません」
クラウスが叫ぶ。
「しかも、この先は坂の連続でスピードが下がります。連中に追いつかれないようにお願いします」
「わかった。ブラウナー参謀長、レールの上に物をばらまけ、乗り上げたらめっけものだ」
「何を」
「最後尾の車掌車の壁を破壊するなりしてばらまくんだ」
「いっそ連結を解除してぶつけたら?」
「車掌車を付けたまま前進されるのがオチだ。瓦礫に乗り上げて脱線させた方が妨害できる」
苦渋に満ちた表情で昭弥は伝えた。
何しろ昭弥が好きな鉄道を、列車を破壊して同じ鉄道を脱線させようというのだから。
だがこの列車には負傷兵も多く乗っており、敵に渡す訳にはいかない。
「解りました」
ブラウナーが炭水車に乗り、後ろの貨車に乗る兵士を呼んで伝令に行かせる。
獣人と言うこともあり、貨車の屋根に飛び乗ると後ろの車掌車へ駆けだして行く。
そして、車掌車で力自慢の獣人達による破壊工作が始まった。車掌車の中身のみならず、屋根、壁、を破壊して線路上にばらまく。
線路上に散乱した破片に貨車が乗り上げ、脱線し停車した。
「やりました」
「良かった」
昭弥は安堵の溜息を付いたが、左カーブのキツい坂道に入った途端、スピードが落ちていった。
「どうした」
「勾配に入りました」
鉄道にとって勾配は天敵だ。可能な限り平らになるよう、あるいは勾配を最小限に抑えるように作られる。
「なんか勾配がキツくないか?」
「野戦の臨時建設なので勾配がきついところがあるんです」
だが戦争で迅速な敷設を優先したため一部勾配が基準よりきつい部分が出来てしまった。しかし、それでも減速が急すぎた。
「それに車両が重いようです。ブレーキが掛かっているのか、このままだと停止します」
クラウスが叫ぶとやがて機関車は停止した。
「点検急げ、俺も車両を見る」
「はい!」
停止した機関車の運転台で昭弥が叫ぶとクラウスも一緒に降りて機関車と列車の点検を行った。
すると案の定破壊していた車掌車の配管が一部壊れていてブレーキの解除が出来なくなっていた。
運転中に放棄したかったが、下手にホースを外すと非常ブレーキが掛かって停止してしまう。だからそのまま繋げていたのだが、裏目に出てしまった。
「仕方ない、車掌車を放棄する。連結を外してここに放棄して行こう」
「はい」
昭弥はクラウスと一緒に連結器を解放して、車掌車を切り離した。ホースを外して収容し、非常ブレーキが作動しないようにする。ようやく作業が終わったとき、レールの振動を感じた。
「まさか……」
坂の下を見ると、先ほど撃退した周の列車が迫っていた。
脱線した貨車を投棄して追いついてきたようだ。
「応戦を頼みます。発車するときは汽笛を鳴らします」
「は、はい」
昭弥が、士官に頼むと部下に下車戦闘を命じた。
直ぐに後ろの貨車に待機していた兵士が列車から降りて左右に展開し後方の周の列車に応戦する。
「発進点検を行え」
機関車に戻ったクラウスに昭弥は叫んだ。
兵士を収容する前に少し前進させて整備が完了していることを確かめる。収容は、その後で完全に止めて行う。
「はい!」
クラウスは運転席に飛び込むとブレーキを解放してレバーを押した。
だが、機関車の動輪は空転、それどころか列車が徐々に後退してしまった。
「どうした」
「勾配がきつすぎて発進できません」
「何だと!」




