攻撃破砕攻撃
「敵部隊接近中!」
電話による報告を受けた司令部の電信士が大声で報告した。
「予定通り来てくれたか」
落ち着いた声でブラウナーが呟いた。
連日昼夜を問わず帝京砲を撃っていたが、そろそろ弾が無くなりそうだった。
それまでに敵が攻撃してきてくれないと、連中の準備が整ってしまう。
敵が完璧に準備をしていては勝率が低くなる。
敵が準備不足で攻撃を開始するように、帝京への砲撃を再開して敵を焦らせる作戦が上手く行ったようだ。
「さてロケットが放たれるぞ」
ブラウナーが呟いた瞬間、敵の陣地から幾つもの火が噴き出し、空に上がったかと思うと流星雨のように地面に落ちて行く。幾つもの火が林立し、第一線陣地が吹き飛んで行く。
「怖いな、あんなの喰らうと思ったら、ぞっとするな」
他人事のようにブラウナーは感想を述べる。
暫くしてロケットが止まり、敵の歩兵が接近し第一線へ入って来た。
「第一線陣地にいた部隊は?」
「既に撤退しています」
「よし」
最小限、監視の兵力を残すだけで後は、後方の第二陣地に下げていた。残っていた兵士にも攻撃前か、ロケット弾の攻撃が終わったら後方へ下がるように命令していた。
あの攻撃をまともに受けて死傷者を出すのは馬鹿らしい。
多少の負傷者は出ているみたいだが、死者はいないようだ。
「さて、本命が来るぞ」
最前線に誰もいない事を確認した敵が氷上船を出してきた。ここ数日、強く吹いている北風によって、凄い勢いでやって来る。
氷上船は、ロケット弾を放ちつつ、こちらに接近してくる。第二線陣地は覆いを付けた陣地でロケット弾の被害を抑えるようにしてある。
被害は出ていないはずだ。
焦る気持ちを落ち着かせつつ、ブラウナーは好機を見定める。
そして、ロケット弾の攻撃が一段落したときに命じた。
「射撃開始」
陣地に隠してあった大砲を前に出して水平射撃――弾が地面と平行に飛んでいく射撃法――が始まり幾つもの砲火が煌めく。
放たれた砲弾は、次々と氷上船に命中して行く。発射速度が早いため、氷上船は次から次へと砲弾の的となる。
ロケット弾の反撃があるが、強固に防御した陣地にはロケット弾は効かない。大砲に比べてスピードが無いので貫通力が無く、硬い地面の上で爆発するのが精々だ。
そのため陣地に籠もった兵士達は安心して砲撃を続行した。
次々と命中して行き、氷上船が炎上して行き、全てが火に包まれた。
「やりましたね」
第一波の氷上船が完全に破壊されたのを見て、昭弥達は安堵した。
ここで氷上船を全滅させておかないと、追撃を受ける。なのでできる限り破壊しておきたいのだが。
「でも、まだ第三波があります。注意しないと」
「第二波の氷上船が壊滅したですって」
報告を受けた呂将軍が怒った。
「どうして殲滅できないのよ! 砲撃を喰らうのよ!」
北方の戚は数十万にも上る大軍勢を撃滅したのに、自分は一万にも満たない敵二対して大損害を受けている。これでは自分が無能だと言っているようなものだ。
「どうして、上手く勝てないのよ」
「どうも隠れていたみたいで」
「言い訳無用! 周りの予備の氷上船を集めて一挙に突破しなさい!」
「しかし、予備は戦果拡大と後方進出用ですが」
前線を突破して敵の後方奥深く行くのが、この戦術のキモだ。敵を突破出来ないのであれば、他の方法を使うか、他の方向から侵攻して敵を孤立させるべきなのだが
「帝京の前に敵がいることが問題なの。帝京が砲撃を受けていることが既に最大の恥なの。氷上船を全部集めて集中投入しなさい!」
呂は、帝京への砲撃を不可能にすること、何より自分の面目を潰した敵を執拗に攻撃する事に集中し、周辺から部隊を集め再度の攻撃命令を出した。
こうして周辺の部隊から氷上船を集めて攻撃が再開された。
他の地域の氷上船も集中させ、一挙に踏みつぶそうとしているのは明らかだ。
だが、これも昭弥達の作戦のうちだった。
「来ました。準備をお願いします」
「ティナ頼むよ」
「うん」
昭弥の声にティナは頷いた。
ブラウナーが監視哨から覗き敵の位置を見定める。
砲撃で何隻かが撃破できたが、雲霞の如く接近してくる氷上船を撃退するには足りなかった。
「凄い数だ」
砲撃しても全く減らない敵に昭弥は恐怖を抱いた。
「まだです。もう少しで例の場所です」
ブラウナーが落ち着かせるように言い聞かせる。
自分も膝が震えそうだったが、目の前の敵の位置を冷静に把握し、好機を見定める。
「今です!」
「やって」
昭弥の命令でティアナが銅線を掴んで自らの特殊能力である電撃を送り込むと、氷上船のいた大地が爆発した。
空高く火柱が吹き上がると上空で分裂し、火の玉となって氷上船に落ちてきた。
木と布で作られた氷上船に火の玉が次々と降り注ぎ引火していく。陣地制圧のために乗っていた兵士が火だるまになる。しかも予備のロケット弾を大量に装備していたため、それらに引火、大爆発を起こした。
氷上船が幾つも爆発し、攻撃部隊は全滅した。
「すげえ……」
その様子を見ていたブラウナーは感嘆した。
「あんなに威力を発揮するとは」
「そうだね」
仕掛けを作った昭弥自身も驚いていた。
昭弥が作ったのは、ナパーム、ガソリンにエンジンオイル、砂、洗剤を混ぜて作ったものだ。それを入れた容器の下に電球に黒色火薬を入れた即席電気信管をダイナマイトに付けて、穴の底へ入れて埋めておく。
電線も埋めておいて断線しないようにしておく。
後は、氷上船がやって来たところをティナの電撃を使って銅線を通じて爆破する。
粘性の高いエンジンオイルと燃えやすいガソリンが付いた砂が張り付いて被害を拡大させるのだ。
「よくこんなもの思いつきましたね」
呆れ気味にセバスチャンが呟く。
「まあ、色々あったからね」
昭弥はごまかすように答えた。
虐めまくられた中学時代、ネットから今のナパームの作り方をダウンロードして、自作し卒業式のくす玉とすり替えて、自分を虐めた同級生全員に重度の火傷跡という高校デビューアイテムをプレゼントしてやろうと考えた事があったからだ。
その後、学校の先生などの配慮で実行は止めたが、作り方だけは覚えていた。
人生何が幸いするか解らないものだ。
「残った敵がやってきます」
「撃ち方はじめ!」
残った氷上船に対して大砲による水平射撃が始まった。
的が大きい上に、炎を避けようと大きく曲がったり、止まったりしてので簡単に撃ち抜ける。ルテティア軍の砲撃により短時間で残存していた船は炎上した。
「そろそろ良いでしょう」
「そうですね。撃ち方止め!」
攻撃終了時には、この方面にある敵の氷上船の殆どを全滅させることが出来た。
再び攻勢を再開するかもしれないが、氷上船を集めるのに時間が掛かるだろう。
つまり、撤退のチャンス。
「撤収! 直ちに撤収せよ!」
各部隊が、一斉に陣地を離れ始めた。野戦砲を歩兵と共に移動させ汽車に乗せていく。大砲は稀少なので運ぶ必要がある。ただ余った弾薬は処分するしか無い。
だが、例外もある。
「いやだああああああっ」
帝京砲の責任者であるアガーテだ。
直前まで砲撃を続けていたため、解体する余裕が無いのでそのまま爆破処分されることになった。
「こいつを運ぶ機関車で部隊を撤収させるしか無いんだよ」
「歩かせれば良いでしょう」
「そういうわけにはいかないよ。帰ったら新しい大砲を作って良いから」
「本当ですね」
「約束するよ」
そう言ってようやく、アガーテは爆破を認めてくれた。
全員が乗車して汽車が出発する直前、帝京砲が爆破処分された。
閉鎖機を外して、土台を爆破して運用不可能にしただけだが、製鋼能力、冶金技術、加工技術の無い周に復元は無理だろう。
だが、爆破を承諾しても自分の大砲が破壊される様を見てアガーテはずっと泣き続けていた。
「出発!」
汽笛を上げて昭弥達の乗った列車が動き出した。それは、最も東に到達した部隊の撤退であり、これから起こる親征軍の大敗走の号令となった。




