新事業
次々と鉄道を使った新事業を始める昭弥達。
試しに会話文の間に空行を入れてみました。読みやすいなら、このまま続けようと思いますので、ご意見お待ちしています。
「よし、これで大丈夫や。商品を発送しといてな」
「はい」
自分に付けられたボーイに書類を渡して届けるよう命じたあと、サラはティーカップを取って一休みした。
サラ・バトゥータは、鉄道貿易会社社長兼鉄道会社貿易担当役員として、本社に専用の部屋を与えられ、精力的に職務をこなしている。
「さて、これでガラスと陶磁器の生産の目処は立ったわな」
インディゴ海周辺では、ガラス製品や陶磁器の需要が高まっている。
貿易が盛んになり、豊かになる層が増えてきており、高級品と思われるガラス製品や陶磁器を買うことがステータスと認識されているからだ。
王国では帝国から来るガラス製品と陶磁器が殆どだが、今度職人を呼んで実際に生産することを決めた。
幸い、王国には陶磁器やガラスの製造に必要な粘土や灰が豊富にあり、原料には事欠かなかった。
職人は帝国から呼び寄せており、試験的な生産を行うところまで来ている。
「まあ、計画書通りに進めただけなんやけど」
サラが溜息交じりに言うのは、殆ど昭弥が書いた計画書の通りに進めたからだ。
しかも一部着手できる所はやっており、いつでも出来る様に準備してあったのだ。
実行しなかったのは、鉄道産業の発展と鉄道開通を優先したため、時間と労力がとれなかったからだ。
これらが、一段落したら本腰を入れて始めるつもりだったのだが、丁度良いところにサラという優秀な人材がやってきたので任せたのだ。
「順調ですか?」
その時、昭弥がサラの部屋に入ってきた。
「もちろんや。誰かさんの計画書通りに進んどるで」
「そう怒らないで下さいよ。サラさんがいなかったら、実現出来なかったんですよ」
「怒ってへんよ。ただこうも、手際の良さを見せつけられると癪にくるんや」
「やっぱり怒っている?」
「ちゃうて、昭弥はんのやることなすことが上手く行っていて本当にウチが必要やったんかなって」
「サラさんが、興した事業もあるじゃ無いですか。鋼の販売」
役員になったとき、一通り王都周辺の施設や企業を見せて回ったとき、製鉄所へ行き、鋼の大量生産現場を見せると
「これは売れるで!」
と叫んだ。
鋼は非常に製造が難しく、高価な物で下手をすれば、黄金ぐらいの金額で取引される。
それが、目の前で大量生産されているのだ。これを売らない手は無い。
昭弥は、鋼の生産を機関車やレールの製造に関心があって鋼そのものを売ることは考えていなかった。
そこで、サラの意見を取り入れて、鋼自体をインゴットにしたり、製造の際に出来た切れ端や失敗品を販売した。そうしたら、予想以上に非常に高価な金額で売れ、重要な収入になっている。東方にも売れはじめ、東方への金の流出が止まったほどだ。むしろ、金がルテティアに入ってくるほどになっている。
「生産量が足りなくなるくらい売れていますよ」
「あんなええ品質の奴、出した途端に売れるで。量も多いから、既存の鉄製品を駆逐しつつあるわ。みんなルテティア鋼と名付けて求める人がドンドン増えとるわ」
「これ以上の販売は、レールや機関車の製造に支障が出るんで難しいですが、もうすぐ専用の鉄道工場ができるので余裕が出るでしょう。そこは、レールと機関車のそれぞれ専用の製鋼施設を設けますので、製鉄所に余裕が出てくるはずです。まあインゴットだけでは物足りなくなるでしょうから、鋼材や鉄板をはじめ包丁や鍬、鎌、お釜などの加工品を作る予定です。」
「そらええわ。皆、欲しがるわ。でもやっぱり、癪に触るわ。全部昭弥はんの事業のおまけみたいなもんや。ガラスだって板ガラスだけで十分やっていけるわ」
実は、客車用に板ガラスを既に大量生産していた。しかし昭弥は輸出にはガラスのコップや瓶が売れると思い、専門のガラス工房を立ち上げようとしていた。
だが、これもサラの指摘で板ガラスのまま売ることになった。
当時平らな板ガラスは製造が非常に難しかった。片面ならともかく、両面が平らな板ガラスは、無い。何故なら、下になる方は砂地や型の上に流し込んだりして、平らにするのだが、その砂地や型が平らにするのが難しい。横浜、神戸、長崎の洋館を見ると古いガラスは向こう側が歪んで見えるのはそのため。現代のように真っ平らなガラスは作れなかった。
しかし、昭弥は板ガラスの作り方を知っており作らせた。
昭弥は、巨大な炉を作りその中に溶けた錫で満杯にした池を作り、その上にガラスを流し込む。溶けた錫は液体だから、水面の様に真っ平ら、しかも錫はガラスより融点が低いので、流し込んだガラスを平らなまま固めることが出来る。こうして、両面が真っ平らなガラスを生産した。
巨大な一枚の板ガラスはそれだけで稀少なので、飛ぶように売れた。
ガラスが出来ると言うことは、裏に水銀を吹くなどして鏡にも出来る。ゆがみの無い等身大の姿見も製造できるため、貴族や富裕層にも評判は良かった。
「やっぱり怒っているでしょう」
「まあ、認めるわ。ただし昭弥はんで無くてウチ自身にや。これまでこれぐらいの手際の良さで新事業を起こしてきたんか、ってな」
バトゥータ商会の手代に任命された時、サラは新しいことをやってバトゥータ商会を大きくしようと決意していた。
だが、心で決意していただけで何をすれば良いのか解らず、唯々商会の前例に従った貿易を行ってきた。それまでの経験も交渉術もバトゥータ商会が代々、積み上げてきた商売のネットワークによるものであり、サラもその上に乗っかっていただけだ。
それだけでも大した事だが、用意されていた物を使っただけという、若者特有の罪悪感と劣等感から、心の中に澱のようなものが溜まっていた。
そんなとき、ルテティアで鉄道が新たに開通したと聞いて、何か上手い商売になるのではないかと考えた。
その後の急速な発展を聞いて確信にいたり、自分で直接乗り込み、結果今の地位に就いている。
「確固たる考えがあったわけでのうて、ただ商売の種があるかもしれへん、と思い込んだだけやった。成功させるべくあらゆる手を打っとる昭弥はんに負けとる自分が情けのうてな」
「でもそんなサラさんに感謝していますよ」
「なんでや!」
「そう思って来てくれなかったら、私はサラさんに会えず、こうして一緒に商売をする事も出来ませんでしたから」
「……もうちょい言葉を選んでくれへんか」
「え?」
「何でも無いわ」
サラはそう言うと、文書を書いてバトゥータ商会に送るように書記に頼んだ。
「しっかし、不便やな」
「何がですか?」
「商会とのやりとりが文書のみで、人を送らなあかんことや」
この時代、手紙は下っ端の小間使いなどに持たせて相手へ渡して来るのが殆どだ。遠くの場合は行商人やキャラバンに手間賃を払って渡して貰う。飛脚や早馬もいたが、料金が高く、貴族や大商人が利用しているに過ぎなかった。
「もう少し、安くて使いやすい方法あらへんかな。鉄道のお陰で届く時間は早うなったけど、その分早う届けなあかん用件がごっつう増えたわ」
「他の商会も似たようなものですか?」
「多分な。この分やと連絡の遅れで商売の勢いが落ちるで」
その時、昭弥の目が輝いた。
「よし、ソロソロ郵便事業を始めるか」
「何やそれ」
「簡単に言うと、そういう文書を運ぶ専門の機関です。一定料金を払って、相手に届けてくれるんです」
「そりゃ便利や。何処まで運んでくれるんや」
「王国全土どこからどこへでも」
「そりゃええわ。ってチョイ待ちや、それどんだけ人がいるんや。何万でも足りへんで」
「だから今まで実行しなかったんですよ。人手不足ですから」
「なるほどな。けど、いきなりで上手くいくんか?」
「いきなり全土は無理でしょう。それは最終目標にして、とりあえず鉄道沿線だけで始めてみます」
「まあ、それやったら上手く行くわな。それで届けるのはどないするんや?」
「それも人が足りないと思うから、最初は一部の契約した商家のみ届けることにして手紙や文章を受ける郵便局を設けて、そこに私書箱を置いて貰う」
「私書箱?」
「手紙を受ける箱で、そこに行けば自分宛の手紙を受けることが出来ます。まあ、無くても局留めにしてやってきた人に渡そうと思っていますけど。周知できないから無理かな」
「それだけでも便利やな。早速始めればええで。けど、本格的に始めると赤字になりそうやな。何しろ全土に広げるんやから。あと料金がどこから何処までと決めるのがめんどいな。地域差があるし」
「それほど酷くはならないと思います。手紙を出す相手は、同じ町とか隣町ぐらいで遠くの町はそんなに無いと思います。相手は近距離の人が殆どですから。それに料金は距離では無く、重さによって決めようと思います」
「? なんでや。遠くのほうが経費かかるから高こうするのが当たり前やとおもうで」
「いえ、同一料金にした方が、そういうことを調べる手間が省けて経費が安くなります。それに先ほども言いましたが、遠距離に出す人は少なく、近距離に出す人は多いので遠距離を基準にして同一料金にした方が、収入は多くなります。重量を基準にするのはやっぱり重いと運ぶ手間がかかるので、なるべく軽くするためです。それに、この事業が始まれば、遠距離は鉄道で運ぶことになりますから鉄道会社の収入になります」
実際、初期の鉄道にとって郵便は重要な安定収入源だった。始まった郵便事業にとっても安定的に大量の郵便物を遠方に運ぶのは鉄道が有利だった。今も、大きな鉄道駅の近くに郵便局があるのは、鉄道で郵便物を運ぶため、駅に近い方が有利だからだ。
現に東京駅には、東京郵便局の間に郵便物を運ぶトンネルが用意されていた。
これらの郵便は列車に繋がれた郵便車で運ばれ、全国に運ばれた。現在は、トラック輸送に取って代わっているが、それまでは郵便はほぼ全て鉄道で運ばれた。
「そらええわ! ……けど一寸、セコかないか」
「今まで無かったんですから、料金設定は自由自在です。先駆者の特権を行使させて貰います。それでも今までよりも安くて使いやすくなりますよ。なるべく割安な料金で運びますよ」
「そらそうか。確かに無いよりましやね」
「さてと、早速準備のための計画書を書かないと」
そう言うと部屋のソファーに座って懐から紙を取り出して書こうとした。
「って、ここはウチの部屋やで」
「おっと失礼」
そう言って昭弥は、部屋から出ようとした。が、サラに止められた。
「昭弥はんは、いつも手元に計画が有るんやね。一体幾つ持っているんや」
「百ほどですかね」
昭弥はおどけたようね答えてドアを開こうとしたが、その前にドアが開いてしまった。
「あーっ、やっぱりここにいたのです」
ドアから現れたのは、昭弥の胸ほどしか身長のない、小さな女の子だった。しかも完全フル装備のメイド服を着ている。
「なんやその子は?」
「今度私のメイドとしてやってきたロザリンド・レイビーさんです」
「そんなのが趣味なん?」
「違いますよ。忙しいだろうから身の回りの世話をする人間が必要だろう、と送ってきてくれたんですよ」
「身の回りって、夜の?」
「普段のお茶くみや掃除です」
声を荒げながら昭弥は答えた。
「でもセバスチャンはどうしたんや?」
「身の回りの事は頼んでいたんですが、他の仕事を頼むようになったので彼にはそちらに専念して貰う事にしました。そしたら、ユリアさんから送られてきたんですよ」
「へー、ユリアさんから。大丈夫なん? 部外者入れても」
「一応貴族の身分です。エリザベスさんの遠縁にあたるそうで、信頼できます。王城に行儀見習いとして来たんですが、僕の所に配属になったそうです」
「なるほどな」
サラは、どうしてユリアがこんな子を送り込んできたか察した。
「どんなことをしろと女王陛下に言われたん?」
「女性の所に入り浸って仕事を疎かにしないよう監視しろと言われました」
「そんな事しないよ」
サラは苦笑しながら、その光景を見た。
ライバル視されるのは光栄だが、残念なことにどちらかというと目標にすべき相手なのだ。
もっとも、魅力的で心が動いていることは確かだが。
「さあ早く部屋に戻って仕事をするのです。書類が来ています」
「分かったよ」
ロザリンドに背中を押されて昭弥はサラの部屋を出て行った。
「……見せつけんでくれへんかな。こっちも煽られて火が着くで」
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