帝京脱出
「北方軍集団が壊滅だって……」
帝京においてケルススから報告を受けた昭弥は絶句した。
攻撃力が小さくなっているとは言え、総兵力数十万の軍隊が壊滅。東方総軍前方兵力の三分の一近くが喪失したと言うことだ。
「不味い」
直ぐに状況が変わったことを昭弥は悟った。
講和の兆しがあったのは互いに相手に勝てる手段が無い状況だったからだ。
先ほどまでは帝国軍の攻撃力が勝っているが補給状況が悪くなりつつあり進撃困難で勝ちきれない。周は、まだ軍勢を保有しているが、防衛線が苦しい上に勝つ手段が無い。
そのような状況では講和以外に方法は無いはずだった。
しかし、周はリグニア帝国軍を撃滅できる方法を得てしまった。
それも魔法も特別な技術も動物も必要としない誰でも出来る方法で。
つまり、帝国軍が勝つことが難しくなっている。
情報を聞く限り、周の作戦は平原での戦いでしか使えないようだが、西原平原を奪回され、九龍山脈まで押し返される可能性が高い。
このままでは昭弥たちは敵中に孤立する。
これまで昭弥が曲がりなりにも帝京で生きて来られたのは、リグニア帝国軍が接近してきており、講和の可能性を残すためだ。
勿論、戦争を終結させるには講和が必要だが、国際法が未発達でろくに外交儀礼がない状況では使節といえど、簡単に処刑する可能性も捨てきれない。
先日まで長距離砲の攻撃を受けていただけに仕返しと称して暴徒に襲われる可能性も有る。
袁は昭弥を守ってくれるだろうが、血気にはやった連中を止められるか。
「直ぐに脱出する」
不可能と判断して昭弥は決断した。
「今すぐにですか」
「これ以上ここにいるのは危険だ。襲撃される可能性も有る」
昭弥も周の力を見くびっていたこともある。ならば付き従ってくれた三人の安全を確保しなければならない。
「袁さんに話しておいて出て行くしか無いね」
「何処へ?」
「近くにリグニア帝国軍がいるはずだ。帝京を出て近くにいる部隊に飛び込んで脱出する。上手く行けば撤退する部隊と一緒に後方に送ってくれるはずだ」
「上手く行きますかね」
「他に方法が有るのかい?」
「いいえ」
そう言ってセバスチャンは箱から衣装を出して他の三人に投げ渡した。
予め用意しておいた帝京の町の住民の服だ。
「着替えて下さい、直ぐに出ますよ。そこの壁を乗り越えて隣の屋敷の裏口から抜けましょう」
「流石だね」
脱出ルートを予め抑えておくとは、流石元盗賊、いや鉄道会社の情報収集担当。
昭弥は帰国する旨の手紙を書き終え、机の上に置くと、着替えて部屋を出た。
ティナとケルススの二人もそれぞれ服を着替えて外に出て行く。
帝京の町に出ると、既に周の勝利が布告されたのか、民衆が出てきて口々に喜びの声を上げていた。
一部が暴徒化してルテティアの使節がいる袁の屋敷に行き暴行を働こうとする一団とすれ違い、危ないところだったと安堵の息をなで下ろした。裏口にも殺到しており、そのまま出て行ったらどうなっていたことか。
セバスチャンを先頭に四人は暫く帝京の町を歩く。そして町を出て行き、最初の橋にたどり着くと、セバスチャンは土手を滑り降りる。そして橋のたもとを掘り起こして、埋めてあった箱を掘り出して開ける。
入っていたのは、朝貢国の兵士の服装だった。
「この辺りにやって来た南蛮の兵士の服です。どうぞ」
「着替えるのか?」
「はい、周の兵士の方が良いのですが、ティナさんとか、ばれないようにするには、見かけない国の服装が良いと思いまして」
「確かにね」
そう言って彼らは着替える。
周は人間中心で獣人のティナは目立つ。だが朝貢国の中には獣人中心の国もあり、最近は兵力増強のために朝貢国からも兵士を募っている。ばれずに行くには良いかもしれない。
「結構寒いな」
「冬の装備なんて有りませんからね」
冬に作戦行動をするなどこれ前は考えられておらず精々、盗賊退治だけだ。他の朝貢国も似たようなもので防寒着など少数でしか無い。
「とりあえず手に入った奴だけでお願いします」
「どうやって手に入れたんだ?」
「脱走兵が多いですからね。特に王国軍相手に戦闘をしかける部隊は確実に戦死ですから。逃げ出した奴らに路銀と引き替えに手に入れました」
北方軍集団が壊滅するまでは、リグニア軍へ攻撃を仕掛ければ砲撃と銃撃で死ぬしか無かった。ただ死ぬだけというのなら逃げることを考えるだろう。
で、脱走する訳だが、セバスチャンはそうした兵士を見つけて路銀や服と引き替えに軍服を調達した。
お陰で無事に変装できた。
「問題なのはどうやって足を手に入れるかだな」
少なくとも前線まで百キロある。そこまで歩くのは骨だし、リグニア軍も撤退する可能性が高い。何か足が必要だ。
「大丈夫ですよ方法はあります」
そう言って近くにあった柵を橋の上に置いた。そして柵の周りに立哨し、いかにも検問を行っているように見せた。
すると暫くして馬に乗った周の兵士三騎が西の方向からやって来た。
「止まれ!」
「何事だ! 我らを周の兵士と知っての狼藉か!」
「我らは周の勅命に従って参陣した。今はこの橋の検問を任されている。直ちに降りよ」
「くっ、急げよ」
そう言って一人が降りた瞬間、セバスチャンは小刀で一人の脇腹を刺して暗殺。
続いて馬上に乗った一人に飛びかかり、首に一刺しした。
「所詮蛮族か!」
残った一人は剣を抜いて戦おうとしたが、背後からジャンプしてきたティナが同じようにナイフで背中を刺して仕留めた。
一分足らずの間に、三人の周兵を殺害し、馬を三頭手に入れた。
「さあ、乗って下さい。このまま前線まで走りましょう」
「あ、ああ」
少々引き気味に昭弥が答える。
ティナもセバスチャンも手慣れすぎている。セバスチャンはともかく、ティナは何をしてきたんだろうか。獣人の身体能力が高いだけと信じたかった。
四人は馬に乗ったが、ケルススと昭弥は馬にそれほどなれていないため、ケルススはセバスチャンの後ろに、昭弥はティナの後ろに乗って、駆けだした。
「飛ばすからもっとしっかり密着して社長」
「まて、余り早すぎると怪しまれるぞ」
嬉しそうに飛ばして行くティナを押しとどめつつ、昭弥は周辺を観察する。
走っている間も次々と周の兵士が集結してくる様子が見て取れた。
「ここでも反撃の準備中のようだね」
「そのようです」
途中で止められる事もあったが、重要任務中という態度をとって無理矢理突破して行く。
多くの兵士は新たに集められたようで、訓練が不足気味で取り調べは適当だ。
一応憲兵らしき兵士が検問をあちらこちらに作っていたが、脱走兵対策らしく、西からやって来る兵士は止めるが東から来た昭弥達は、そのまま通していた。
お陰で前線まで突破して行くことが出来た。
「さて、次の問題はどうやって味方と合流するかだよね」
前線まで来て、昭弥は考えた。
北方軍集団が壊滅した今、次は自分たちでは無いか、と気が立っている。下手をすれば近づいただけで銃撃される可能性がある。
「どうやって味方だと知らせるか」
そう考えていると前に乗っていたティナがいきなり、昭弥を引き倒して大地に伏せた。
「何を」
と言った瞬間、ひゅーんという音が響いた。弾が上空を通過した音だ。
隣にいたセバスチャンもケルススを引き倒して大地に伏せさせる。
続いて、銃弾がやって来た方向をティアが睨み付ける。発砲者が出す発射煙を見つけると獲物を狙う虎のように眼を細めて大地を駆けだした。
普段は昭弥に甘えるティナだが虎人族は、人間より身体能力に優れる。あっという間に距離を詰めて相手に襲いかかったが、長くは続かなかった。それどころか、接触した瞬間お互い立ち上がり、抱き合っていた。
「どうしたんでしょう」
「多分知り合いだったんだろう」
昭弥は安堵の溜息を付いた。
予想通り、ティナと同じ虎人族のルテティア兵士だった。




