戚大将軍
例年より一段と厳しい寒さに帝京の人々が震えている頃、より北方の大地では更に厳しい寒さの中、二〇〇万にも及ぶ大軍が集結し、出撃命令を待っていた。
大将軍に任命された戚王氏の命令を。
壕の中に作られた司令部に戚は作戦に参加する全ての将軍を集めて最終会議を始めた。
「皆さん、これまで私の命令の下、粘り強く抵抗して頂きありがとうございます。お陰で反撃準備は整いました」
「大将軍、宜しいでしょうか?」
参加する将軍の一人、兪が尋ねた。
「何でしょうか?」
「勝算はあるのでしょうか? 敵の火力は非常に強力で我らが大軍でも簡単に撃滅されてしまいます。固い壁に卵をぶつけるようなものです」
「良い質問です。確かに勝機のある作戦が無ければ勝てないでしょう」
そう言って戚は自分の作戦を説明した。
「まず全軍を一列に並べます。指定した百里(百キロ)の間に作戦参加の全軍を配置します」
「二〇〇万を全てですか」
「はい。兵力の集中です」
「集めすぎでは?」
一里あたり二万人。
通常でも最大五千人なのに、更に多くの兵力を集中している。
「いえ、今までが少なすぎたのです。兵力を大量投入しなければ勝てません。これまでの敗北は全て敵との兵力集中競争で負けました」
一時的に周が攻勢を仕掛けて勝てることがこの戦争の間にもあった。だが、リグニア帝国軍は鉄道を使ってすぐさま周辺や後方から予備兵力を輸送し、あっという間に倍以上の戦力差にして圧倒的な戦力を叩き付けて勝っていた。
だから兵力が集まってくる前に一挙にこちらの全戦力を投入、いや叩き付けて押し通る作戦にした。
「ですが、敵は連発可能な銃を装備していますし、大砲も発射速度が速く大軍でも短時間で全滅します。特に、この北平平野は、広大で平らなため、砲撃を防ぐための障害物はありません。塹壕を作り隠れなければ大損害を受けます。平野に大軍など殺されに行く様なものです。敵は少数とは言え、陣地を作り守りを固めています」
帝国軍が少数でも、勝てずとも負けないのは、火力を十分に保有していたからだ。
兵力的に負けていても火力を最大限に発揮して周軍を陣地に近寄らせなかったからだ。陣地に侵入されても拳銃などで撃退できた。
またリグニア軍は冬季の到来と共に占領した城市に入り冬営を開始した。それぞれの城市に配備された兵は少数だが、大砲やガトリングで守備を固めており、兵の大軍で攻めても撃退される、いや、死体の山を残すだけだ。
「ええ、接近するまでに大砲で全滅します。そこで敵の陣地近くまで塹壕を掘って、安全に接近させます。突撃距離まで近づいたら突撃させます」
「しかし、壕を飛び出したら身を守る物はありません。敵の火力で殲滅されます」
「はい、その通りです。ですが、それも人が操作するもの。操る人が操作出来ない状況を作りだし使用不能にします」
「どうやってですか」
「火力によってです」
「無理です。敵の大砲の火力は我々より強力で、優れております」
周の大砲は鉄製の前装砲で、鋼鉄で作られたルテティア王国製駐退機付後装砲を装備するリグニア帝国軍の大砲より性能が劣っていた。
そのため、城市を攻略するにも敵の大砲の反撃により大砲を破壊されるだけだった。
「他にも連発銃を装備しており、大軍を幾ら動員しても虐殺されるのみです」
「そこで火力を発揮するために、こちらを利用します」
そう言って見せたのは、打ち上げ花火、昭弥の世界で言うロケット花火の大型版だった。
「これは町でお祝い事に使う花火ですよね」
「はい。ですが頭部に火薬や樟脳、油などを詰め込み炸裂するように改造しています。私はこれを火龍と名付け、これを前線に持ち込みます」
「ですが、一発や二発では意味が」
「はい、意味がありません。でも一〇〇〇万発でしたらどうでしょう?」
「え……」
途方も無い数字に兪は愕然とした。
「……想像出来ません」
普通の打ち上げ花火でもそれだけの爆発が起こったら部隊は大混乱に陥る。しかも爆発力と延焼力を高めており、どれほどの被害が出るか解らない。
「しかも、板の上に並べる、あるいは敵に向かって斜めに岩や壕に並べるだけで発射出来ます」
「それでは命中率が」
「その分、数で勝負します。この火龍は持って見ると解りますが、非常に軽いです。完全武装の兵でも一発、手ぶらなら数発持ち込めます。正面に向かって一里あたり一万から二万発の火龍を発射すれば、敵の陣地やその後方の大砲陣地を制圧することが出来ます。その隙に歩兵は突撃し、敵の拠点を占領します」
「確かに歩兵を陣地に突入させることが出来ます。しかし、膨大な犠牲が出そうですね」
リグニア帝国軍の力は火力だ。接近戦でも膨大な火力を浴びせてきており、倍以上の兵力を跳ね返している。陣地に倍以上で突入しても返り討ちに遭った事も多い。
リボルバーという拳銃を大量に装備して連射するため、一発しか撃てない我々より遥かに火力を発揮する。
「そこで、こちらを使います」
そう言って戚が見せたのは、火縄の付いた素焼きの容器だった。
「これは割れやすい素焼きの入れ物に火薬を詰めたものです。これを突入部隊の歩兵に持たせます。そして敵の陣地に入る前に火縄に火を付けて放り込みます。容器を陣地の中で爆発させ、リグニア兵士を死傷させます。一発しか撃てず直線上しか威力を発揮しない銃より、広範囲に被害を及ぼすこの爆弾ならリボルバーを持つ敵も制圧できます」
「しかし、制圧しても他の陣地から救援の敵が出てくるのでは?」
「それが出来ない様に、百里に渡って攻勢を仕掛けます。救援に向かう陣地も全て制圧し妨害できないようにします。その間に、一挙に後方へ百里以上進出し鉄道線も制圧。敵が反撃できないようにします」
「この冬季に進めますか?」
歩兵の移動力は騎兵より小さい。一日に三〇里から条件が良くて六〇里が最長だ。
更に、この寒さで動きが鈍い。遠くまで行くのに時間が掛かる。
「そこで風力車の出番です。風力車に兵を乗せて開いた穴、いえ崩壊した防衛線から突入し一挙に敵の後方まで、進出します。今の時期は、北からの風がほぼ毎日吹いています。その風を受けながら西に向かうのは容易です」
「確かに上手く行きそうですね」
「纏めます」
1.歩兵は可能な限り敵の防衛線まで、突撃のための前進壕を完成させる。同時に火龍を持ち込み攻撃開始に備える
2.攻撃開始と共に敵の防衛線、拠点に対して火龍を一斉発射。前方から後方まで同時に敵を混乱に陥れる。
3.敵の混乱に乗じて突撃し爆弾を投擲して敵の陣地を占領。突撃した歩兵は後方へ進出せず、ひたすら前進し各部隊の目標占領に努める。
4.崩壊した敵の防衛線へ、風力車に乗り込んだ歩兵が殺到し敵の後方へ一挙に突進する。抵抗する拠点が有った場合、前進せずに制圧に努める。
「この作戦により、周は救われます。皆さん準備を」
「火龍は大丈夫でしょうか? 万単位で揃えるなど難しいのでは」
「心配いりません。火龍は紙と木、そして火薬と油のみで作れるので我が国でも大量に生産することが出来ます。それも町どころか村でも外枠のみなら簡単に出来ます。それらを軍の部隊に送り、火薬や樟脳を詰めて前線に送り出す事が出来ます。周の村や町は何千とあります。そこで一日に何十基、何百基も作ることが出来るので、十分に揃います」
「それは凄い」
純粋に兪は感動した。敵と同じ兵器を揃えることが出来ないのなら、相手を凌駕できる武器を数多く揃える。そのような兵器を作り出し、我が方を優位に出来た。
それ故にやはり、戚将軍は名将だと、感慨を新たにした。
「反撃開始です。皆さん、準備を」
「はい!」
兪をはじめとする諸将が力強く答えた。
これまでずっと絶望的な戦いをしてきただけに、勝利の希望が見えたことにより活力が溢れていた。
「あー寒い」
第二一三師団師団長ウァロ少将は北から吹き寄せる寒風に震えていた。
ルテティアのお守りから解放されて念願の師団長職に補されたが、新たに募兵された新兵、それも解放奴隷が殆どで、ろくに訓練が施されていなかった。訓練するのも師団長の任務だが、時間が無く、新兵器の後装銃や大砲を装備してとりあえず使い物になるよう二ヶ月間訓練を行い、列車でそのまま北方軍集団の最前線に送られた。
与えられた任務は冬に入る前に占領した城市に入り周辺を守ること。攻略した部隊は休養と再編成のために後方に下がっていた。
進撃命令では無いのが不満だったが、占領された土地はそのまま自分の領地になる事が多いのでいずれこの土地が自分の物になると思えば、嬉しくなった。攻略した部隊の指揮官は平民だし、他の城市も占領していたのでそちらが与えられるだろう。
冬になり、雪が降り積もって寒い土地だが、冬の間だけ帝都に行けば良い話だ。最近は鉄道が発達しているので一週間もあれば行き来が出来るだろう。
だから任務は最大限、果たすようにしていた。
四個歩兵連隊の内、二個連隊を前線に送って警戒させる。一個連隊は後方へ送って治安維持に。補給線ひいては生命線である鉄道線を守らなければならないので、守備に兵力を割くのは痛いがしかたない。
最近は、土着の住民や間隙を縫って入ってくるエフタルの盗賊共が鉄道に爆弾を仕掛けたり、列車を襲撃しているので手を抜けない。
そうした不埒な侵入者に対抗するために、残りの一個歩兵連隊と騎馬大隊、砲兵大隊、更に師団の支援部隊を予備部隊、緊急対処部隊として城市の中に駐留させていた。
他にも監視哨を作って見張や警戒を行っている。
各連隊や監視哨には電話若しくは電信を敷いており、敵が侵入してきたときには直ぐに連絡が入るようになっている。
あとは直ぐに部隊を編成して侵入地点に急行させれば良い。実際に、幾度も侵入部隊を撃退してきた。
周が反撃して来ることは考えていなかった。西原以降は大規模な攻撃は仕掛けていなかったし、仕掛けてきたとしても帝国軍の火力によって粉砕出来る。
「来てくれないかね。ルテティアのお守りで戦功が少ないのだ」
その火力を提供しているのがルテティアの兵器工場である事を、彼は意識的に排除していた。
「攻撃してくれないものかな」
そう呟いて、夜明け前に城市の見張り塔に上り前線を見ていた。
払暁の夜襲の可能性を考えて、早めに起きて警戒している。
冬季に作戦行動を行うなど、非常識だがエフタルなどは騎馬に乗って襲撃してくるし、相手がどんな蛮行を行うか解らない。警戒しておいて損は無い。
戦功を上げるために攻撃して欲しいと願っていたが。
そんな彼に答えるように、前線にいくつもの火柱が上がった。




