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着弾下の交渉

「な、何だ」


 突如聞いたことの無い爆発音が皇極殿に響いてきた。


「左京の一角から爆煙が上がっています!」


 思わず昭弥が振り返ると、空に向かって黒い煙が立ち上っていた。


「敵の攻撃か」


「ペガサスや龍は少数だけです。爆発地点にはいませんでした」


「では大砲か」


「まさか、敵は百里(一〇〇キロ)も先だぞ」


 動揺する周の廷臣達と違って昭弥は落ち着いていた。


「アガーテの遠距離砲か……」


 アガーテが提出したプランの中に超長距離砲があった。

 陸上移動には時間の掛かる重い重砲に変わって鉄道の線路上から射程の長い大砲を撃てば、移動の手間が省けるというコンセプトだ。

 パリ砲を元に作らせたのだが、帝京を狙っているので帝京砲と呼ぶべきものか。

 時間が掛かると思っていたが、こんなに早く実戦投入されるとは想定外だ。


「おや、爆発ですな。何やらお取り込みのご様子なので、一旦帰らせて貰います」


「ま、待て」


 昭弥が帰ろうとすると、周の皇帝が止めようとした。


「これは、その方らの攻撃か?」


「はい。我らの大砲です。一二〇キロ先から砲弾を放ち命中させることが出来ます。この皇極殿へも命中させることが出来ます」


 淡々と事実と嘘を盛り込んで昭弥は話した。


「……脅迫か」


「我らに臣従するよう強要してきたのは誰でしょうか」


「無礼だぞ!」


 皇帝は唯一絶対の存在であり、他は従う。対等に振る舞うこと自体が不敬であるという考えが強い。


「では、無礼な私はこの場から下がらせて貰います。私はルテティア女王の代理として女王の代わりとしてきたのですから頭を下げる訳にはいきません。しかし、皇帝に対して非礼というのであれば、去るしか有りません」


 本来なら王は皇帝に頭を下げる物だが昭弥は強気に出た。

 そして、皇帝に背を向けて出て行こうとしたとき、再び爆発が起こった。


「今度は宰相様の屋敷で爆発が起きました!」


「何だと」


「ま、待つんだ」


 昭弥達を引き留める声がしたが、昭弥は止まること無く皇極殿を離れていった。




「弾着観測班より報告。砲撃は目標の北東五〇〇メートルに命中したとの事です」


 魔術師を乗せたペガサスから送られてきた弾着データを受信した重砲兵大隊付の魔術師が報告した。


「何で逸れるんだよ」


 苛立ち気味にアガーテは言った。

 先ほどから連続して砲撃しているが、全て目標の東に落ちている。

 最初の砲弾は一五〇〇メートルも離れた場所に命中した。

 初弾でズレが大きいと判断してもう一度同じように撃ったが変わらず、修正していったが、なおも東にずれている。


「次の弾を装填しろ!」


「は、はい」


「おい! 順番を間違えるなよ! 間違えたら発砲不能、最悪筒内で暴発して全部吹き飛ぶぞ!」


「は、はいいいっ」


 アガーテの言葉に装填手達は震え上がって、番号を確認して次の弾を装填する。


「一発一発打つ順番が決まっているんですか?」


「ああ、一発一発少しずつ口径を大きくしている」


「この大砲の特徴なんですか?」


「ああ、ライフリングに食い込ませるために、弾を少し大きくしているんだ。装薬の爆発力も逃げないように封じる意味もあってね。だから高く遠くまで飛ばせるんだけどね。食い込みすぎて砲身を削ってしまうんだ。なので、砲身内部が削れて行くので、それに合わせて砲弾を大きい物にしていくんだ」


 通常のライフル銃もライフリングに銃弾が食い込み弾に回転を与える。その食い込みの度合いを更に強くしたのが、この大砲だった。


「打てば打つほど、出て行く中身が大きく重たくなっていく……うん、いいぞ、いいぞ!」


 別に砲弾の方を強くしなくても良いだろう、砲弾を小さめに作って鉛か銅の弾帯、弾に柔らかい金属の帯を着けてライフルに食い込ませて密封させれば砲身を余り傷つけずに済むのでは、と昭弥に言われてアガーテは卒倒したが、それは後の事だ。


「おかしいなキチンと右周りライフリングによるズレも考慮しているんだけどな。上空に強い風でも吹いているのか。けど、空気密度が薄いんで影響は殆ど無いハズなんだけどな」


「試射の時は大丈夫だったんですか?」


「ああ、キチンと目標に命中したよ」


「ズレに合わせて修正したらどうです?」


「レールの曲線具合が丁度限界だから、これ以上無理」


 左右に砲身を動かすことが出来ないため、レールを曲線に作り上げ、列車砲ごと目標へ向け直していた。

 だが予想以上の変動に作っておいたレールでは修正出来る限度を超えていた。

 最初からターンテーブルを作っていれば良かったのだが後の祭りだ。


「また新たにレールを作り直すしか無いか」


 諦め気味にアガーテは呟いた。


「まあいい、そろそろライフリングを削り直す頃合いだ。その間に建設するか」


「え? ライフリングを施し直すんですか?」


「ああ、消耗が早いからね。一々後ろに運ぶよりこの場で済ませた方が早い。そのための機械も持ってきてある。直ぐに終わる」


 砲身を二つ作って片方が消耗してライフリングを切り直している間に、もう一方で砲撃を続ける方が良いのだが、アガーテは一つ一つ作ることに熱中して思いつかなかった。


「さあ、準備しようか」




「派手に破壊してくれたな」


 皇極殿から出てきて大通りから左京の方を見るとかなり荒れ果てていた。

 砲撃による被害が集中し、酷く壊れている。

 既に町の人々の多くは荷物を纏めて逃げだそうとしていた。荷車に積めるだけの荷物を積み込み逃げだそうと大通りに人々が殺到し、大渋滞となっている。

 本来なら彼らを整理する官憲も何時再び砲弾が降ってくるか解らず怯えている。大半が命惜しさに逃げ出した事を考えれば彼はまだマシか、いや役に立たないという意味では五十歩百歩か。


「我々がいるのに砲撃するとは帝国大本営は何を考えているんだ」


「解っていて撃ったんだろうね」


 セバスチャンの言葉に昭弥は、冷静に返す。

 皇帝のことだから短気を起こして砲撃を始めたに違いない。


「何時こちらに落ちてくるかも解りませんよ」


「大丈夫だと思うよ。東に逸れているようだから右京は今のところ安全。修正するためのコリオリの力を計算に入れていないようだし」


 頭を捻るセバスチャンだったが、理解出来なかった

 コリオリ力とは、緯度の違いによる慣性力の差で起きる見かけ上の力だ。

 突然の質問だが、今読者の皆様は時速何キロで移動しているだろうか?

 パソコンの前にいるから〇キロ、歩きスマホ中で時速三キロ、電車に乗っているので時速四〇キロぐらい、飛行機の中なので九〇〇キロぐらい。

 だが、もし私が日本周辺だったら時速一二〇〇キロで移動していると言われたら信じるだろうか。

 頭がおかしいと思う前に、一寸話しを聞いて欲しい。地球の円周は約四万キロだ。それが二四時間で一回転する。四万割る二四で約一五〇〇、つまり赤道上では地球の中心から見ると常に時速一五〇〇キロ以上で進んでいるように見える。

 日本周辺でも時速一二〇〇キロくらいの移動速度になる。

 さてここでお気づきだろうが緯度が上がるにつれて一日に回る距離が短くなっていく。で、その差によって南北方向に移動すると東西方向にズレが生じてくる。

 時速四〇キロと時速四一キロだと、毎時一キロずつズレるのだから当然だろう。

 ほんの数メートルなら殆ど速度差は無いが、南北方向の距離が大きくなるにつれて見かけ上のズレ、コリオリの力の影響は大きくなり射程二〇キロ以上だと、コリオリの考慮が必要だ。

 一二〇キロはものすごくコリオリ力の影響をうける。

 帝京砲試射の時は一三〇キロ以上離れた目標に前後のズレはあるものの確かに命中させた。

 だが、幸か不幸か試験場に設定された射線は東西方向だったため、コリオリの影響を受けず、命中させることが出来てしまった。


「そのうち、ズレを見込んで砲撃してくるだろうけど、その前にやる事がある」


 その時、皇極殿からすがるように使者がやって来た。


「御使者殿、どうか帝京への砲撃を中止して下さい。このままでは民が恐れおののきます」


 昭弥は悠然と言った。


「解りました。では講和交渉を対等な立場で行えるように伝えて下さい」


「で、ですが」


「なら、止めませんよ」


 その時、再び右京の一角で爆発が起きた。


「た、直ちに上奏いたします!」


 逃げ出すように皇帝からの使者は逃げだした。


「本当に中止出来ますか?」


 疑わしげにセバスチャンが尋ねた。


「ケルスス君に頑張って貰うしかないけどね。前線部隊にアガーテがいるはずだから彼女に頼もう。弾着観測の部隊もいるから、彼らが連絡を取れるように魔術師がいる。彼らに連絡はとれる」


「時間が掛かりませんか?」


「まあ掛かるけど、大丈夫だろう。砲撃はもうすぐ止むよ」


「どうしてですか?」


「帝京砲、超長距離砲は射耗が早いからね。アガーテの設計計画を見てこりゃ百発も撃つと交換の必要があるなと思ったよ。まあ彼女も知っていてやっていたし、ライフリングの削り直しを行うと書いていたけど」


「止めなかったんですか?」


「届いたときには既に砲身の製造を始めていたからね。戦争中で決済の書類が多かった上に彼女には独自の権限を与えていたからね。届いたときには手遅れだったよ」


「……この後どうするんですか?」


「まあ、砲身交換の間は交渉出来るだろうから、問題無いよ。その間に講和交渉を行おう。周はもう講和を呑む以外に方法はない。帝国も講和する以外に方法が無いから終わるはずだよ」


 互いに千日手の状態であり、負けはしないが勝ちも出来ない状態になっていると昭弥は、考えていた。

 故にこの冬の間に交渉が成立すると考えていた。


「しかし、社長はへこたれませんね」


「何が?」


「普通ならこんな状況で交渉しようなんて思いません。何時砲弾が降ってくるか解らない状況で怯えるだけですよ」


「まあ、そうなんだろうね」


「怖くないんですか?」


「まあ、死ぬかも知れないと感じるほどはあるけど怯えると言うほどでは無いかな」


「どうして、そんな気分になれるんです?」


 昭弥は数瞬考えてからセバスチャンに答えた。


「昔の僕はね、やりたいことが出来ず、やりたくないことを強いられてきた。しかもキチンとやらないと怒られる。そして、そのこと自体に何らの価値も意味も無かった」


 中学時代受験勉強で無理矢理問題集を渡され、ただ教科書の言葉を語ったあとで自力で演習を解く、間違っていたら罵声、やってこなくても罵声、言っていること解らないと言えば、知能障害、バカと言われる。そんな地獄の様な状況だった。

 だが、この世界生きてからは違った。

 確かに命の危険は多いし不便な事は多い。だが、好きな様にやらせてくれる。それも信頼してだ。

 ここまでやってくれるのであれば、昭弥は頑張れた。自分の為にやっているが、その結果が皆の力になる。それが嬉しかった。

 この砲弾の雨の中交渉を纏めようと思うのも、鉄道を広げるため、もっと便利に使える平和な時代にするためだ。


「折角、思う存分やらせてくれるんだし、平和を望んでいる。だから交渉を諦めない。自分の為だけど、皆の為になるから頑張っているんだ」


「本当に社長らしい言葉ですね」


「それ以外に、何をしろと言うんだい?」


 茶化すように昭弥が言った後、昭弥は砲弾が降り注ぐ中、連絡手段の確立に務めると共に交渉チャンネルの確保に入った。

 脅しすかしを行い、相手を不安にさせつつ、遂に砲撃中止を約束。

 暫くして、帝京への砲撃はなくなった。

 連絡は取れなかったが、砲身の交換時期がやって来たことを着弾数から読み取り、交換のために砲撃中止した事を、自分が命じて中止したように見せかけた。

 だが、これが束の間の余裕であり、この後、何とか講和交渉を纏める必要が出てきており、一挙に進めようと考えていた。


 だが、この直後に事態はまたも急変する。

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