冬の到来
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冬は行動を制限される。
初めのうちは雪が少なくても、少し溶けると地面は泥濘となる。
速く歩けば滑り、慎重に歩こうとすれば遅くなる。
馬車は地面に車輪が嵌まり、進むことが出来なくなる。
そのため冬に作戦行動を取ることはせず、何処か暖の採れる場所へ集まり冬営し、翌年の進撃に備える。これが今までの戦いだった。
だが、鉄道の開通により、前線への補給が容易になった。
鉄道は雪に強い。
強固な土台の上に作るため、泥濘とは関係ない。
ある程度積もっても、硬いレールの上を走るので嵌まることもない。
しかし、それは線路の上だけだ。
線路のない場所では、相変わらず馬車が必要で、末端への補給に苦労があった。
何より、冬季の鉄道建設は困難を極める。
泥濘の上に強固な地盤を作るなど、豆腐の上に家を建てるようなものだ。
進軍は一時中断し、各軍は冬営の準備に入った。
「戦況は膠着状態になったようです」
「だろうね」
ケルススは王都からのテレパシーによる連絡を昭弥に伝えた。
「冬季は部隊行動が難しいからね」
今年は冬が来るのが早かったために、予想より早く進軍停止となった。
どこかで火山が噴火して噴煙で太陽光が阻害されているのだろうか。昭弥の居た世界でも浅間山の大噴火により、舞い上がった噴煙によって世界的な冷害を引きおこしたという話もある。
帝国内での噴火は聞いていないが、他の地域で起こった可能性もある。しかし、これだけの規模で影響を及ぼすのであれば、しばらくは悪影響が続きそうだ。
「今戻りました」
ボロ布を纏ったセバスチャンが入って来た。昭弥の命令を受けて帝京の城市で情報収集を行っていた。
「言われたとおり、市場の価格とかを見てきました」
「で、どうだった?」
「米や小麦が高くなっています。やはり不作と戦争による徴用で少なくなっているんでしょう」
「そうだろうね。他には?」
「あと、豚肉や鶏肉が結構売られていました。値段も安かったですよ。町の人々は米や小麦より肉の方が安いと結構買いますね」
「……そうか」
昭弥は、周が逼迫していると感じた。
肉の方が高級なので、それが豊富と言う事は裕福という証明に見えるが、実際には逆だ。
原料になる豚や鶏に与える食料が無いので早めに捌いて売ってしまおうという、考えの農民が多く彼らが売りつけた肉が市場に溢れていた。
牛肉の場合、肉一キロを得るために七キロの穀物が必要とされる。豚や鶏もそれほどではないにしても、穀物を多く食べる。自分たちの食料も足りない状況で、家畜に与える餌などない。
大量の家畜が処分されると言うことは、穀物が少なくなっているからだ。家畜の全体量が減るので今後、周では豚肉や鶏肉が不足する。下手をすれば更に飢えることになる。
周の国内も逼迫しつつあるし、リグニア帝国もその可能性が高い。
「これでリグニア帝国も交渉に出て来なければならないだろう」
真相はどうであれ、進撃が中止されて交渉する余裕が出来たのは良かった。
冬の間に補給を整えるという方法もあるが、難しいだろう。
「そろそろ交渉の時期だね」
しかし、昭弥の予想外の事態が起き始めた。
冬の始まりが早かったが、寒さの厳しさも例年以上だった。
泥濘化した大地だったが、あっという間に凍り付いて、真っ平らな氷の大地となった。
そのため、凍った大地の上にレールを敷いて、迅速に延伸することが出来た。
進軍速度が速くなり、特に素早く移動したルテティア王国第二軍は帝京まで南西百キロの位置まで進撃することが出来た。
だが、進軍もそこまでだった。
凍結した大地を利用して、周は馬車を使って大軍を動員したり、陣地構築を行い、ルテティア軍を押しとどめた。
「全く、とんでもない連中だ」
先ほどようやく制圧した陣地を見てブラウナーはウンザリした。
簡単な覆いを作ってその上に土を被せて、水を掛ければ一日で強力な掩蔽壕が完成する。
驚くほど簡単にできるのに、旅団が保有する大砲による砲撃では撃ち抜けない強固な防御力を持っている。
「二八センチ砲で攻撃しないと破壊出来ないか」
全てがそうではないが、分厚い土壁に水を掛けて一晩おいたら、ガチゴチに硬い鉄板のような壁になる。
通常の砲撃でも絶え間ない砲撃で敵の視界を遮り、死傷を避けようと塹壕の奥に閉じ込めることで、味方を敵陣地に突入させているが、時間が掛かる。
おまけに、この寒さでは兵士の疲労や消耗も激しく、攻勢は無理に近い。
補給が間に合って、防寒着などを手に入れることが出来たが、下手に進軍しようとすると突如吹雪に襲われ数日間、立ち往生する能性も有り、無闇に移動する事が出来なかった。
特に突撃のため、長時間待機する歩兵の疲労は激しい。輸送部隊も寒さで震えている。
「しかも後ろが大変なのにな」
凍結したのは大地だけでは無く、川や沼も凍り付いていた。それも人や馬が通れるほどの硬さに。
だから、敵は容易に後ろへの攻撃を行う事が出来た。
凍結前は、通行不能で防御が必要なかった川や沼が凍結したため、進撃可能なルートが出来てしまい警戒守備の兵力を割く必要が出てきた。
つまり前線兵力が低下する状況になっている。
「この状況で帝京占領なんて無理だな」
ブラウナーは、全体の状況を俯瞰して思った。
「参謀長」
ノエルが声を掛けてきた。
「帝国大本営から命令が届いたわ、帝京攻撃命令よ」
「そんな馬鹿な」
状況はルテティア軍の参謀本部だけで無く大本営にも現状を伝えている。
この状況で進軍など不可能だ。
「増援とかはあるんですか?」
「独立砲兵大隊を一個」
「そんな馬鹿な」
大砲十数門程度で解決出来るよな状況では無い。陣地攻略時に突入出来る定数完備の歩兵大隊が一個欲しいところだ。でなければ、占領維持に予備役上がりの一個歩兵師団と言ったところか。兎に角人手が欲しかった。
「いや、それほど悲観する事はないわ。凄い大砲だそうよ」
「どれくらい?」
「一門しか装備していないけど、とんでもないそうよ」
「へー……え?」
一門しか装備していないのに大隊規模?
普通大砲は四門一組で一個中隊を編成し、更に三個から四個の中隊プラス支援部隊で大隊を編成するのが普通だ。それなのにたった一門だけで大隊編成されるなんて、どんな大砲なのだ。
「寒いい」
弱々しい声でティナが呟く。虎人族である彼女は人型だが、性格や生態が文字通り虎、猫科の大型動物に近いため寒さに弱いようだ。もっともシベリアトラのように北に住んでいて寒さに強い種族もいるので一概には言えない。
「解るけどあまりひっつかないでくれないかな?」
胸に顔を埋めてくるティアに昭弥は懇願した。このような事をされたら絶対に誤解される。
「毛布渡したよね」
「一人だと寒いの」
全然離れる様子がない。昭弥は半ば諦めた。
だが、直ぐに来客があり中断した。
「お邪魔でしたか?」
「いえ、お構いなく」
やって来たのは昭弥を止めてくれている周の高官袁だった。
これ幸いと昭弥はティナを引き離し袁に頭を下げた。
「色々と迷惑を掛けた上に我々のためにお部屋を用意して頂きありがとうございます」
心から昭弥は言った。
実際に迷惑をかけているのだから。
その一つが、周の朝廷より袁の家を引っ越すように言われて左京から右京へ移ったことだ。
周では、皇帝から見て左側、東側は太陽が昇るため上位とされている。故に帝京の東側は左京と呼ばれ有力な諸侯や臣下に屋敷を与えられる。一方の右京は格下の臣下に与えられる事となっており、左京から右京へ移ることを左から遷る、左遷と言って一種の懲罰となっていた。
今回袁は昭弥を屋敷に勝手に入れたと言うことで、右京へ屋敷を移るように命令された。
「いえいえ、私もかなりお世話になっておりますし」
袁の言うことは正しかった。
確かに右京へ左遷されたのは痛かったが、ルテティアから奴隷という戦争捕虜が入って来ており、家族との交渉でかなりの仲介料を貰っている上、人脈を築く事が出来ている。
戦争が続いている間はずっと続ける事が出来、決して誰にも昭弥達を渡すまいと誓っていた。だからこそ、昭弥達を屋敷に引き留めていた。
「それで、何かご用でしょうか?」
「そのことです。実は、この度皇帝陛下より貴殿に使節としてお招きの話しがありました。直ちに登城いたしましょう」
「はい、直ぐに参ります」




