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進撃再開

7/26 誤字修正

「進撃を再開せよ」


 昭弥が帝京に到着する直前、皇帝フロリアヌスは九龍において宰相ガイウスに命じた。


「しかし、講和交渉が始まろうとしている時ですが」


 軍隊の補給の為に時間稼ぎとして、運良く講和を結べればそれでよしと考え、皇帝はルテティアに交渉を任せていた。

 それが実行される前に反故にするかのような進撃再開は、交渉相手である周に悪影響を与えるし、送った使節の命も危ない。

 宰相は必死に止めようとするが皇帝は止めなかった。


「連中に交渉する気があるのか疑わしい。結局の所、時間稼ぎを狙っているのではないのか?」


 事実、ここ数週間にわたって前線での交渉が行われていたが、不首尾だった。

 リグニアには魔法と電信、電話を使った通信網があり、その日のうちに上層部、皇帝に報告がもたらされるのに対して周は馬を使った伝令を送るために数日かかる。それから検討、決断、返答をするので余計に時間が掛かる。直ぐに返事が無い事にフロリアヌスは苛立ちを感じていた。


「し、しかしルテティアの大臣が現在極秘に交渉に入っております。間もなく進展するかと」


 昭弥が直接向かったのも、テレパシーによる連絡手段を確立するためであった。直ぐに相手に提案内容を伝え、返答を貰いこちらが検討出来る様にするためだ。

 だが、それもこれで御破算だ。


「連中が勝手に行っていることだろう、帝国に一言も無く身勝手すぎる」


 内通者を通じて勝手に行っていることは知っていたが、止める事も無く黙認、何も言わずにやらせていた。事実上の委任していたよなものだが、フロリアヌスはそのことをすっかり忘れた。


「ユリアのために帝国の行動が掣肘される必要など無い。各軍集団へ進撃再開を命令せよ」


「しかし中央軍集団以外は前線兵力がありませんが」


「進める限りで十分だ。休戦中に補給は十分に受けているはず、戦えないとは言わせん。後方軍を新たに編成して占領維持から解放させてやれ、そのための兵力も増員してやれ。進撃再開だ」


 こうして大本営より全軍に進撃再開が命令され、帝国軍は再び進軍を始めた。




「交渉を求めながら進撃を行うとはだまし討ちでは無いか」


 帝京で周の兵士に囲まれ、問い詰められる昭弥達だったが、槍先を向けられても彼らは冷静であった。


「待て、貴様達は一体誰の命を受けているのだ」


 袁は兵士に尋ねた。


「秦宰相閣下です」


「彼らが来たのは皇帝陛下の威徳によるものであり、それを宰相閣下とはそれを阻害することはいかがな物か。皇帝陛下の顔に泥を塗るようなものではないか」


「で、ですが……」


「宰相の命令を受けて行わなければならないと言うのであれば、彼らを捕らえて行け。だがそれの可否について私は皇帝陛下に尋ねる。貴官らの行動が陛下の御心にそうものであるか」


「し、失礼いたしました!」


 袁の一喝で兵士達は、向けていた槍先を戻し、姿勢を正した。


「今日は一旦帰りましょう。このまま会うことは出来そうにありません」


「はい……」


 昭弥としては、いきなり交渉が頓挫し落ち込んだが、まだ帝京にいる限り機会はあると思って交渉を続けようと考えた。

 だが、後日皇帝より命令が届き、昭弥達は袁の屋敷において軟禁される事が命じられた。

 そのため昭弥は、何の行動も出来なくなってしまった。

 袁が何とか各所への交渉を行っていたが、具体的な成果を上げることは出来なかった。




「さあ、進撃再開よ」


 帝国軍大本営からの進撃命令を受けたルテティア王国独立混成第一旅団は、ノエルの命令の下、進撃を再開した。

 帝京を占領すれば周は降伏し、併合することが出来る。

 前線の将兵達はそう信じていた。


「攻撃開始!」


 休戦期間の間に、鉄道が延伸され交通事情は劇的に改善。大量の物資を積載した標準軌鉄道が何本も往復し補給は十分に受けていた。

 その分、思う存分に砲撃を浴びせて敵の陣地へ切り込むことが出来る。

 だが帝京近くとなり、城市の密度も上がっており、城市と城市の間に塹壕が掘られて進撃がしにくくなっていた。

 進撃方向の大地には幾筋もの弾着による土煙が上がる。だがこれまでと違い、集中豪雨のような砲撃は直ぐに止んで、静まったが敵陣地から幾つもの銃撃音が響いた。

 強襲歩兵連隊が密かに接近し、敵の塹壕の隙間を通り侵入していた。彼らは陣地に作られた掩蔽壕や砲台を襲撃し次々と制圧して行く。

 砲撃では、中々命中しない壕や陣地でも歩兵なら襲撃で確実に攻撃出来る。

 敵の陣地の拠点を集中砲撃で制圧し動けないようにして歩兵の侵入を助け、敵の陣地奥にまで行き、砲撃停止と共に襲撃する。

 昭弥が浸透戦術と知る作戦だった。

 砲弾が少ない事を危惧したブラウナーが知恵を絞って作り出した作戦だった。

 十数分後、陣地を制圧したことを証明するルテティア王国旗が敵の陣地だった場所に翻った。その翻った旗を見て騎兵連隊が突撃を開始する。

 敵の塹壕陣地を超越し、後方へ回り込んで暴れる。これで城市と城市の間を分断し、孤立させることが出来た。あとは進軍を続ければ良い。

 孤立した城市は他の部隊に任せることになる。


「あまり激しくやって欲しくないんだけどな」


 先ほどの攻撃で行われた砲撃を思い出して、呆れ気味にブラウナーは呟いた。


「何か問題でもあるのか?」


 帝国からの軍監であり、ブラウナーの友人であるマルケリウスが尋ねた。


「補給線が伸びて効率が悪くなっているらしい」


「五〇〇トンもの物資を運んできているのに?」


「確かに馬車だったら一トンか二トンが限界だろうから凄い量だ。けど鉄道本来の能力に比べたら少ない。それにスピードも落ちている」


「どうしてだ?」


「突貫工事でやったために、軸重、列車の重量を十分に支えることが出来ない様だ。お陰で輸送出来る量も少ないし、スピードも上がらない」


「スピードが上がらないとはどういう事だ?」


「そのままの意味だよ。レールが沈み込んだりして歪んで列車のスピードが出せないらしい。そのせいで輸送も遅れている」


 列車のスピードが遅くなると言うことは、必要とする列車の本数が多く必要となる。

 一日一本必要とされるところへ三日かかるとすると、往復を含めて六本の列車が必要になる。

 それがスピードが半減したら、倍の一二本が必要になる。積み卸しに時間が掛かれば、もっと必要になる。

 機関車や貨車が各所で引く手あまたで足りない状況では非常に大きい負担だ。


「それに破壊工作や妨害も行われている。線路の安全を確認しながら移動するので、どうしても遅れる」


 破壊工作や妨害は、単純な物が多かった。

 最初は石や丸太をレールの上に置くだけの物が多かったが、やがて爆薬を仕掛けて吹き飛ばす事が行われ始めた。

 ただレールは重いし、その基盤となる土台を吹き飛ばすには黒色火薬では不充分だった。

 だが、安全か否か、点検しなければならないのでその手間が掛かった。

 更に、移動中の列車の前で爆破することも行われた。

 タイミングが合わず、通過前か通過後に爆発することも多かったし、量が少ないので真下で爆発しても、被害は殆ど無い。

 しかし、線路上に異常があれば、車両に異常があれば停止しなければならない。

 特に黒色火薬は爆発力が小さいが大きな黒煙を上げる。そのため遠くにいても直ぐに停止出来るが、爆発の煙が派手なために確認しやすい。故に現場に行き被害が無いか確認しなければならず、その作業に時間が掛かった。

 それが一番時間が掛かる。

 特に夜間に爆弾を仕掛けられて翌朝爆発して確認作業に行くと、列車の出発が昼頃になってしまうという例が多い。事実上、昼から夕方までの間しか運転出来ないような状態だ。


「保線で時間を取られている。何とか補給は出来ているが、補給線への対応で兵力を取られている。鉄道は俺たちの生命線だ。これを寸断されたら、俺たちはおしまいだ」


「後方の確保はしているよ」


「その分前線の兵力も少なくなる」


 そもそも、進撃すれば占領地も増え、補給線も伸びる。鉄道を守る兵力も必要となり前線兵力、突破力が小さくなって行く。

 城市も多くなり、塹壕などの防御設備を増やしつつあり、敵の抵抗も激しくなっている。


「玉川総督、どうにかして欲しいですよ」


 秘密会談のため帝京へ赴いていることを、前線にいるブラウナー達は知らなかった。

 それに進撃となれば攻撃を指揮しなければならず、ブラウナーはノエルと共に攻撃の指揮を取っていた。


「ヒャン!」


「どうしました」


 突然、ノエルが悲鳴を上げた。


「いえ、何か首筋に冷たい物が」


 ブラウナーは空を見上げてみた。

 鉛色の雲が空を覆い、そこへ白い物が舞っている。

 小さな白い物がブラウナーの鼻先に触れると冷気を残して消え去った。


「……雪だ。冬がやって来たんだ」

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