戦争へ向かう講和交渉
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「出撃命令はまだ?」
「まだ来ていません」
焦るノエルにブラウナーは答えた。
墨谷関を突破して中原平原を進んでいたルテティア独立混成第一旅団だったが、休戦が成立し待機が命令されていた。
「もう秋よ。下手をすれば冬になって進軍が難しくなるわ。今でさえ難しいのに。そもそもこの水浸しの畑を進むなんて無茶よ」
辺り一面、緑の平野だが、それらは全て実を付けつつある稲だった。
水田地帯で夏の間は田に水を入れるため、泥濘になる。
秋になれば収穫のために水抜きを行うがまだ先の話だ。
「しかし、進撃中止のお陰で補給と、進撃路の整備が出来ます」
「上の都合に付き合わされるのは勘弁して欲しいわ。収穫が終わったら冬が来る前に可能な限り前進したいんだけどね。あるいは撤退」
通常遠征では秋が来る頃に引き返す、若しくは適当な宿営地を見つけて冬営を行い翌年の春の再進撃に備える。
そろそろ、どちらにするのかハッキリして欲しかった。
「周との交渉が上手く行っていないんでしょうかね」
「何としても前進出来るところまで前進して帝京を落としたいものね」
「ええ」
その後ノエルと二、三、打ち合わせした後、自分のテントに下がった。
「どうだい? ブラウナー?」
テントにやって来ていたマルケリウスが尋ねた。
「相変わらずだ。補給と休養のために進撃停止で苛立っている」
今までの戦争だと、余計なことが無い限り、歩き続けるのが普通だった。歩きながら敵の村々へ行き、食料を徴発して更に進む。それが、戦争だった。
なのに補給を受けなければ前進出来ない。
現地調達しても大軍故に村を丸裸にしても一日持つかどうかだ。
「補給をしないと進めないなんて」
今までは後方連絡線など無かった。あったとしても伝令が通る道として設定していただけ。後ろから補給が来ることなど無かった。
だが、今は鉄道がある。
後方から大量の物資が来て飢えることは無いが、膨大な補給物資が無ければ進むことが出来ないのも現実だ。
「これじゃあ、ろくに戦争出来なくなるぞ」
ブラウナーは冷や汗が出てきた。
「お前の女房なら、確実に鉄道を襲うだろうな」
「既にやっていると思うけど」
「けど、何だ?」
「もっと、とんでもない規模で反撃してくるだろうね」
「交渉の進展はどうです?」
九龍の庁舎の中で昭弥は少し焦りながらラザフォードに尋ねた。
「現在の所、交渉は難航しているね」
リグニア側が難しい条件を突きつけてくるし、周もごねているためだ。
「実はサラさんから報告があったんですが」
「どうした?」
「何でも大臣クラスの人間が帝京にやって来れば交渉してやると」
交戦中の敵国のど真ん中にそのような重要人物を送り込める訳が無かった。下手をすれば捕まって殺される可能性が高い。
なので志願者がいなかったのだ。
「では私が行きましょう」
「え?」
突然の昭弥の申し出にラザフォードは驚いた。
「危険すぎる」
「ですが、現状はリグニアの有利に進んでいます。自ら呼び寄せた使節に危害を加えることはないでしょう。それに向こうも講和、休戦の機会を狙っているはずです」
「うむ」
ラザフォードは考えあぐねた。
このまま冬に入って、なし崩し的に停戦という事態も考えていた。
だが、現在の補給や諸侯の状況を考えると正式に講和をする必要があるのではないかと考えるようになってきた。
昭弥に危険が及ぶ可能性は大きいが、十分にコントロール出来るのではないか。何よりルテティアもリグニアも講和を必要としている。
「解った。直ちに出立してくれ。向こうと接触する手はずはしておく」
「どうして向かわせたのですか!」
昭弥が帝京へ向かったことを出発後に知ったユリアはラザフォードに詰め寄った。
自分の親代わりのような、彼に対して激しく詰め寄ることは非常に希だ。
「昭弥卿は平和の為に向かったのです。どうして止められましょうか」
「ですが危険すぎです。万が一のことがあったら」
「今親征軍に派遣されているルテティア第一軍と第二軍の将兵も危険にさらされております」
「うぐっ」
正論を言われてユリアは黙った。
このままだとろくな用意が無いまま冬を迎えることになる。鉄道による補給は出来るが、遠征地で冬を越させるのは避けたい。
「彼らの苦境を救うためにも、彼らのこれまでの頑張りを無にしないためにも昭弥卿は向かったのです。どうか、そこの所をお忘れ無く」
「……解りました」
ユリアはこれ以上、追求しないことにした。
自分はルテティアの女王であり、ルテティアの為に必要な事をしないといけない。
戦争が終結するというのであれば、願っても無い事だ。
そのために好きな人が危険な状況に陥ることになろうとも、行く様に命じなければならなかった。
「可能な限りこちらから出来るサポートをお願いします」
「ふはあ。死ぬかと思った」
帝京の近くに降り立った昭弥は、地面に立って安堵の溜息と共に呟いた。
「強行軍にしてもやり過ぎです」
足をがくがく震えさせながら、セバスチャンが言った。
迅速に帝京に行くために昭弥は、鉄道を乗り継ぎ、ラーンサーン王国の首都まで行った。そこでサラとセーターティアラート王の仲介で周使節の袁と出会い、交渉の準備を整えるとそのまま、周の首都帝京へ向かった。
ただ、時間が惜しかったので馬車や歩きだと時間が掛かりすぎる。そのため龍を使って飛んでいった。
通常なら一月は掛かるところを四日で移動したのだから、死にかけてもしょうが無かった。
「時間が無かったから勘弁して、それとティナ。離れてくれないか?」
「寒いからもう少し抱かせて」
そう言ったのは虎人族で昭弥の秘書をしているティナだった。昭弥の身の回りと護衛に人がいるということで選んだ。
だが龍に乗っている間、ずっと昭弥の背中にしがみついていた。
「あの、荷物とかどうしますか?」
尋ねてきたのは随員の一人であるケルススだった。
首席宮廷魔術師ジェイナスの弟子の一人で将来有望な少年だ。今回は護衛兼連絡係として派遣された。
王国との連絡役を務めてくれる。
以上四人が帝京に乗り込んだ交渉団だった。
なるべく短時間で移動出来るように、また継戦派を刺激しないように最小限の人員だけで乗り込んだのだった。
「では、皆様方、こちらへどうぞ」
そう言って一緒に帝京に一緒に来た袁が案内した。
昭弥達は、袁の屋敷の一角を宿舎にして、交渉に臨むことになった。
そして、荷を解いてすぐさま皇城へ挨拶に向かうべく袁を先頭に案内されていると、突然周の兵士に囲まれた。
「どういうことだ。袁の客人と知っての狼藉か!」
袁が詰問すると兵士が答えた。
「只今、前線より報告がありました。リグニア帝国軍が再度進撃を再開しこの帝京に向かって進んでおります」




