戚の献策
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壮行会の宴が終わると、解放された一同は再び列車に乗って前線に戻る。ただこれだけのためにリグニアの力を見せつけるために列車に乗せルテティアと前線を往復させたのだ。
そして捕虜達が前線に到着すると一時休戦により作られた周への特別通路を使って周の勢力圏へ送られた。
多くの捕虜は、そこで待機となり、今後の処分を決めることになる。周を大敗させた生き残りをどうするか上層部ではまだ意見が決まっていないためだ。また、彼らの口からリグニアの事が伝えられ厭戦気分が蔓延するのを避けるためだった。
ただ一人、戚だけはその中から連れ出され、特別便の馬車に乗せられて帝京に行き、そのまま皇帝の前に連れて行かれた。
「征南将軍戚。只今帰国いたしました」
旅装を解く間も無くそのまま、皇帝の前に行かれても戚は恐れること無く、姿勢正しく臣下の礼を取った。
「た、大義である」
皇帝は緊張気味に答えた。そして後を宰相の秦が続けた。
「戚よ。今まで助けずに済まなかったな」
「いいえ、敗北により周、ひいては皇帝の威光に傷を付けてしまいました。この度助けて頂いて感謝しております」
戚は唯々感謝の言葉を伝え、皇帝に対して頭を下げ続け秦の言葉に耐えた。
「では単刀直入に聞こう。我らは勝てるのか?」
「手段を選ばす戦うのなら、勝てます!」
戚は力強く断言した。
「確かに我が周の領土を奪ったリグニア帝国ですが、人口の面から言って、我らの方がまだ多いです。我々は更に多くの兵士を動員することが可能ですが、敵は不可能になりつつあります」
戚の分析は確かだった。
主食とする物が麦と米の違いで人口に差が出てきている。小麦の場合、撒いた三倍の量が採れるに過ぎない。だが米は一粒万倍とまでは行かなくとも、一粒から数倍の量が採れる。無論、堆肥や化学肥料の普及によりリグニアの小麦も単位面積当たりの収穫量が多くなっているが、米の方がまだ収穫量は多い。更に精米と製粉では精米の方が可食部分が多く、更に無駄になる部分も少ない。そのため、米を主食としている周の方が人口が多かった。
「だが、敵は強大な帝国軍だぞ。銃撃により兵士はバタバタと死んでいる」
「私は実際に戦い、知っております。また敗れはしましたが、その後捕まったリグニアの内側から彼らの戦い方を見てきました。今リグニアが活発なのは、ただ交通の利器を利用して勢いに乗じているのみ。決して勝てぬ相手でではありません」
「……それで戚よ。どうすれば勝てるのだ」
皇帝に代わり秦は尋ね続けた。
「まず私を大将軍に任命し東西南北全ての軍の指揮権をお与え下さい。そして新たな軍を作ります。帰国した兵士を中心に新たに募兵した兵を加え大軍を編成します」
「よかろう」
帰国した兵士をどうするか悩んでいたところだった。そのまま前線に行くとなれば、厄介者の処分としても手間が掛からないので秦は同意した。
「更に、エフタルに使者を送り、馬賊を編成させリグニアの後方地域、九龍やルテティアも襲撃させます」
エフタルは北方の草原を拠点にした遊牧民族で部族の集合体だ。馬を利用して九龍山脈の北方を迂回して交易することも出来る。ルテティアや旧九龍王国へ馬賊を送り襲撃する事自体は簡単なはずだ。
「それでは周へ攻撃を行う部隊への反撃にはならないではないか」
「敵は集団では無く本国からの支援を受けて動いています。その支援の源泉である鉄道を襲撃させ、補給を絶ちます」
「上手く行くのか? 何回か襲撃させたが全滅だったぞ」
少しでも成功すれば良いと考えて後方襲撃部隊を編成してリグニア軍の後方へ送り込んでいたがいずれも、リグニア軍の迅速な対応によって全滅していた。
「成功しなくとも構いません。襲撃されるかもしれない、と考えさせることが重要なのです。そうすれば鉄道線防衛の為に兵力を投入しますから、前線に送られてくる兵力が少なくなります。更に義勇軍を編成します」
「義勇軍だと」
「はい、各地に呼びかけ作ります。また、占領地の民衆にも呼びかけ作ります」
「ダメだ」
宰相の秦が猛烈に反対した。
「民衆に武器を持たせると反乱を起こして手が付けられなくなる」
平和な周だったが農民の反乱に悩む事が多かった。武器を手にすると、周の正規軍でさえ手を焼くことが多い。戦時とは言え軍に属さない民衆に武器を与えるのは躊躇われた。
「国家存亡の危機です。リグニアに倒されても宜しいのですか? また国家の為に働こうという民衆も多くいます。彼らのために義勇軍を創設するべきです」
「しかし」
「滅んでも良いのですか」
「……わかった」
脅すように戚が問い詰めると、代案の無い秦は渋々認めた。
「ありがとうございます。また一部の朝貢国からも部隊を招集します」
「な……」
流石に秦は絶句した。朝貢国から兵を募るなど周の根幹、皇帝の威光を損なう行為だ。
皇帝の徳に感化された蛮族が朝貢を行い、その褒美をあたえる。そして、彼らが困った時、戦乱が起きたときに周が父のように兵を送り、子のような朝貢国を助ける。
「そのような事認められると思うか!」
その前提を崩すのは周という国を壊すのと同じだ。
「認められなくても構いません。ただ、周が滅びるだけです」
「むぐぐぐ」
流石に先ほどとは違い、頷く訳にも行かず秦は歯がみした。
「構わぬ」
その時、口を開いたのは幼い周の皇帝だった。
「朝貢国へ兵の派遣を求めよう」
「し、しかし、陛下。それでは陛下のご威光が……」
「このままでは周は滅びるだけだ。リグニアという蛮族を撃退するために必要な手段を朕は全て取ることとする。そのためであれば朕の威光など、どうなろうと構わぬ。周の皇帝は周あってのこと。周が滅びればタダの自己満足に過ぎぬ」
「は、はい」
皇帝に言われたら宰相にすぎない秦も黙るしか無かった。
「それと、リグニアに対して休戦交渉をお願いします」
「このまま敵の占領を認める訳には行かんぞ」
「体制を整えるための時間稼ぎです。最終的に決裂しても構いません。一日でも良いですから交渉をお願いします」
「……わかった。せいぜいリグニアに無理難題を吹っ掛けるとしよう」
暗い笑みを浮かべながら秦は呟いたが、戚はそれを無視して新たに命令を伝えた。
「次に兪将軍」
「はっ」
「あなたを驃騎将軍に任命します。この帝京に近づく敵をできる限り遅くして下さい」
「はい! ……ですが、塹壕を作っても城市を最終的には抜いています」
「いいえ、反撃までの時間を稼いで貰えれば良いのです。それと塹壕は、兵の被害を抑える役に立っています。全ての臣民を使って塹壕作りを進めましょう」
「解りました。ですが火力が不足しています」
「可能な限り大砲を配備しますし、銃も配備します。それと、可能な限り火薬を集めて下さい。それと花火の職人を集めて下さい」
「何に使うのですか?」
「反撃のための主力兵器です。また氷上船、風力車の生産をお願いします。反撃に必要になります」
「これで領土を取り返せるのか」
指示を終えたところで秦が尋ねた。
「最終的には。しかし、冬までは無理です。その間は徐々に領土を奪われて行くことになります」
「なんだと! 蛮族に奪われて良いのか!」
「国を滅ぼされるよりマシです。最終的に領土を回復出来ればそれで良しとします」
達観したように無感動とも言える態度で淡々と述べる戚に遂に秦が激昂した。
「陛下! やはりこやつを大将軍にするのは止めるべきです。このままではリグニアの蛮族よりこの小娘ために滅ぼされます」
「戚に全てを任せる」
「なっ」
戚の献策全てを受け入れるという皇帝の宣言に、秦は仰天し、早口にまくし立てた。
「何を仰るのですか。このような愚策を実行すれば敵に滅ぼされるより早く国が滅びます。何より、これではまるで戚が皇帝ではありませぬか」
「我が国は代々民によって栄えた。王の徳が無くなれば民の中から新たな王が出てきて民を救った。だが蛮族によって滅ぼされるのであれば、徳の無い彼らによって支配されれば我が国はの民は永遠に苦しむだろう。何としても追い払わなければならぬ。それこそが皇帝の役割だと考える。よって戚を大将軍とし、全ての献策を認める」




