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マラーターの商人 王都篇

「ようやく着いたわ」


 翌日、王都に到着したサラは大きく背伸びした。

 大分時間がかかったように言っているが、船や馬車より大幅に速い。


「ごっつう便利や」


 サラは、駅の事務所を見つけると駅員に尋ねた。


「すみませんわ。貨物の倉庫を借りるには何処にいけばいいんやろ」


「それでしたら、貨物駅行きの列車がまもなく参りますので、案内します」


「おおきに」


 旅客駅に貨物駅行きの列車が止まるのは少し奇異かもしれないが、ダイヤの調整などのため、止まることがある。また、流通の要であるため、貨物駅へ行く労働者や取引に訪れる商人が居るため、彼らのために客車を繋いだ貨物列車が引かれる事が多々あった。

 そうしたこともあって、サラは簡単に貨物駅に到着した。


「さて、どないしようか」


 幾つもの引き込み線と倉庫、埠頭が建設され活気に満ちている。

 それも雑然とでは無く、きちんと規則に従って効率的に配置されている。

 後から、次々付け足して言って発展し雑然とした港町とは違った。


「解りやすいわ。これなら使いやすうて、ええわ」


 荷物の積み出し、載せ替えは流通の基本だ。手間がかかるのもそこなので、商人としては重要視している。


「さて、何処で手続きすればいいんやろ」


 その時、近くの黒髪の青年を見つけた。


「一寸ええやろか?」


「は、はい」


 自分が尋ねられたとは思わず、少しビックリしたようだったが、手元に持っていたメモをしまってサラの方向を向いた。


「倉庫の手続きをするにはどうすればええの?」


「あちらに事務所と受付があるのでどうぞ」


「あっちやね。おおきに」


「どんな荷物をどこから運び込む予定ですか?」


 事務所へ向かおうとしたサラを青年は呼び止めた。


「交易品やね。オスティアの新しい港から運んでくる予定や」


「何処で売るつもりですか?」


「王都がメインやね。出来たら帝国へも売り込みたいわ」


「売るあては有るんですか」


「それはこれからや。市場は新規開拓せな店は小さくなっていく一方や。少しで

も増やす必要があるんや」


「荷物の量は?」


「大型船一杯や。貨車なら貨物列車一本分とか言われたわ」


「継続的に行う予定ですか」


「ずっと続けていくつもりや」


「なら、保管できる倉庫が良いですね。長期にわたって保管したい場所が必要なら倉庫の方が安いですよ。小出しに出すことが出来ますしね。あと、線路が引かれていて直接倉庫に貨車を引き込めるタイプがおすすめです。ただ、帝国へ運ぶ量が多くなったらそのまま貨車で運ぶことをお勧めしますよ。貨車を一台丸ごと借りたり購入したりするほうが安いですから」


「そうかいな。おおきに。てか、詳しいやね。あんた鉄道会社の人か?」


「ええ」


「みんな、そんなに詳しいの?」


「専門が幾つもありますので全員とはいきませんが、貨物に関わる人はこれぐらいは知っていますよ」


「ほうかいな。じゃあ、また宜しくな。うちはサラ・バトゥータや」


「玉川昭弥です。またよろしくお願いします」


 そう言って青年はその場を離れた。


「はて、玉川昭弥。どっかで聞いた名前やね」


 響きからして、東方の国扶桑の出身ののようだが、何処で聞いたのだろうか。


「まあ、ええわ。それより早、手続きせな」


 サラは早速教えて貰ったとおり、受付に向かい倉庫の購入手続きを行った。

 言われたとおり、線路が引かれたタイプの倉庫を購入し受け入れ準備を整える。


「さて、これで受け入れ準備と整うたし商品を呼び込みますか。でも荷物をどうやって求めればええんかな」


「サラ・バトゥータ様ですか」


 サラが思案していると鉄道会社の社員から声を掛けられた。


「はいな。あたいがサラや。何の用や?」


「初めまして、私は鉄道会社の者です。実は社長がお会いしたいと申しておりまして、案内するよう承っております」


「社長って?」


「王国鉄道社長です」


「何でや!」


 驚いて大声を上げてしまった。

 はしたないし動揺を見られるのは商人としてまずいと思い、直ぐ手で口を塞いだが、社員は苦笑したまま話を続けた。


「さあ、興味を持たれたようで、それと大きな商談をしたいとの事です」


「商談かいな」


「はい」


「……わかったわ。案内してや」


 少し考えてから受けることにした。

 危ない橋の可能性もあるが、商売は多かれ少なかれリスクがある。だがそれを恐れていては商売は成功しない。まして今、大きく躍進している鉄道会社の社長にパイプをもてる大きなチャンスをフイにすることはない。

 サラは用意された馬車に乗って中央駅近くの本社に向かった。




 鉄道会社の本社は中央駅前の広場に面した三階建ての建物だった。発展中の会社らしく人がひっきりなしに入っており、中は活気に包まれていた。


「やっぱり発展中の会社は違うわ」


 バトゥータ商会は、何百年もの伝統を誇る老舗で、インディゴ海周辺で貿易を行っており沿岸国に幾つもの商館を設けている。

 しかし、昔からの慣習が多く残っており、今一新しいことを行おうとする気概が薄れてきている。

 一方こちらは伝統も慣習も無く、むしろこれから作っていかなくてはならないという、危機感とそれ以上の気迫で仕事をしていた。


「面白そうな会社や」


 その光景を見て、これから会う社長との不安をかき消し、社長室の前に立った。


「よし!」


 覚悟を決めて、ドアを開いて中に入った。


「はじめまして、サラ・バトゥータや。よろしゅう頼みます」


「玉川昭弥です。先ほどぶりですね。今後とも宜しく」


 挨拶をかわして、サラの覚悟と心の安定は、一瞬にして吹き飛んだ。


「あ、あんた社長はんやったのか」


「はい、社長を務めさせて頂いております」


「けど、どうしてや。なんで貨物駅に」


「視察の途中でした。仕事が上手く行っているか見る必要があるので」


「何で一人で」


「一人で歩く方が、気楽ですし早いので」


「結構型破りなんやな」


 自分の事は棚に上げてサラは呟いた。


「まあ、それはともかく。座りませんか? お茶くらいは出しますよ」


 昭弥がソファーを勧めるとサラは心を落ち着かせるためにも座ることにした。

 セバスチャンがお茶を入れてきて、それを飲んでから本題を切り出した。


「それでどうして、うちを呼んだんや?」


「商談がしたくて」


 昭弥は簡単に答えた。


「うちから何か買いたい物があるんかいな? 何が欲しいんや?」


「あなた」


 昭弥の答えにサラは紅茶を吹き出した。


「ああ、もったいない」


「気は確かかいな! うちは奴隷でも娼婦でもないで!」


「知っています。バトゥータ商会の手代サラ・バトゥータさんでしょう」


「それでどうして買うとか言うんや!」


「正確にはあなたの商才を買って、事業を拡大しようと思っています」


 昭弥の言葉にサラ驚いた。


「つまり、従業員として雇いたいと」


「もっと上、新たに作る会社の社長にならないかと思いまして」


「どうしてや。他にも居るやろシャイロックとか」


「シャイロック総裁は中央銀行の業務がありますから、貿易に携わるわけにはいけません。銀行に専念して貰いたいですし」


「でも他にも居るやろ。ルテティアは軍事の国やけど交易もいけるで」


「確かに帝国と東方との橋渡しを行っていたので良いでしょう。しかし、中継ぎ貿易では意味が無い。自ら主体的に動かなければ」


「直接東方の交易品を仕入れようというんか?」


 胡散臭そうにサラは見た。バトゥータ商会の庭にやって来るというのか。


「それもありますが、それ以上に新商品を開発したい」


「新商品?」


「王国から東方へ輸出したいのですよ」


 昭弥は自分の意見を開陳した。


「現在は帝国から東方へ金が流れ出る輸出超過の状態なのです。それを是正するために東方が買い求める製品を作ろうと考えていまして。そのためには東方に詳しい方が適任であり、あなたが一番相応しいと考えたんです」


「結構な事やな」


 確かに、帝国からの輸出品は少量の装飾品などを除いて金や銀などが殆どだ。

 新たな、商品が出来て売り出すことが出来るのは嬉しい。


「けど、それが本心やないやろ」


「と言いますと」


「帝国で作るんでなくて、王国で作るんやろ。帝国から流れ出ている金銀を東方でなく王国に入れるために」


 もし、新商品が出来て東方が買えば、代金として帝国から香辛料の代金として貰った金銀を王国に払うことになるだろう。つまり、帝国の金銀が王国に入ってくることになる。


「さすが優秀な商人です。勘が良いですね」


「でもどうして鉄道会社の社長がそんな事を」


「新商品の輸送を行えるようになれば、輸送料の増収になり儲かりますから」


「手下の仕事なのに金取るのか?」


「基本的に独立した会社ですからね。資本金や援助は行いますが、輸送料などは定めた金額で払って貰っています」


「面倒なことやね」


「どんぶり勘定とはいきませんから」


 他にも、株式会社としてきちんと売り上げを上げて、利益を出さなければならないからだ。系列会社とはいえ、支払って貰わないと赤字を計上することになり、昭弥は突き上げを喰らう。


「ええわ、買われてあげるわ」


「ありがとうございます」


「しかし、よく見たら社長はん結構いい男やな。なあ、いっそウチそのものも買ってくれへんか」


「結構です」


 この会見で初めて昭弥が動揺した。




 こうしてサラ・バトゥータは王国鉄道貿易会社社長兼王国鉄道会社貿易担当役員として新商品の開発と主に東方への輸出を担うことになる。

 王国鉄道貿易会社は、バトゥータ商会と王国鉄道会社の合弁会社としてスタートし株式を半分ずつ持つことになり、利益を折半している。

 ただ、この報告を王宮でしたらユリアの機嫌が目に見えて不機嫌になったが、昭弥の居心地が悪くなっただけで経営的には何ら問題無かった。

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