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対戦へ向かう別れ

 皇帝が捕虜の解放令を出した日、独立混成旅団は次期作戦に備え、補給や準備のために一時駐留していた。

 補給や準備と言っても消耗した弾薬や装備を補給するだけで既に終えており、後は出撃命令を待つだけ。そのため兵員達は束の間の休養を楽しんでいた。

 士官達も解っており、毎日一通りの演習を行った後は、自由にさせていた。

 そんな戦闘の合間の穏やかな時間にブラウナーは一つの決意を持って向かった。


「やあ、戚」


「これはブラウナー様」


 ブラウナーはマルケリウスのテントに入り、戚に会いに来た。


「申し訳ありません。マルケリウス様は今、帝国の大本営へ行っております」


「知っているよ。用があるのは君さ」


「? どういう事です?」


「市民権を買う気はないかい? 帝国の市民権」


「解放奴隷になれと言うことでしょうか?」


「まあ、そんなところだ。帝国へ居住しないか?」


「お断りします」


 きっぱりと戚は答えた。


「私は周の将軍です。代々、武人として国に仕え尽力して参りました。私も女の身とはいえ、戚家の人間。今でこそ奴隷となっておりますが、自由の身となれば再び祖国に戻り戦うのみです」


「考え直す気はないか? このまま、ここにいてマルケリウスの元に居るのはどうだ。あいつ、お前に気があるから解放奴隷にして結婚してくれると思うぞ」


「ありがとうございます。確かに私はマルケリウス様を愛しています。ですが、私は戚家の人間。周の武人として国に戻り戦う事が第一です」


「戻って帝国と戦う意志は変わらないと」


「はい」


 短くも強い意志で戚は答えた。その意志は確実にブラウナーに伝わった。


「……そうか、仕方ないな。おい」


 ブラウナーはテントの影で待機していた兵士を呼び寄せた。


「こいつを監禁しておけ、多少手荒にしても構わない。それと俺以外の誰とも接触させるな」


 そう言って、戚を外に連れ出していった。

 数日後、大本営から返ってきてマルケリウスがブラウナーに尋ねた。


「ブラウナー、王氏を知らないか? 周への捕虜交換が成立したんだ。帰還することになる」


「ああ、少し遅かったな。脱走を試みてな。警告したんだけど止まらず、ガトリングで肉片になるまで撃っちまった。遺体はミンチになって大地の肥やしだ」


「下手な嘘を吐くな」


 一瞬剣呑な表情になったマルケリウスだったが、直ぐに表情を温和な物に変える。


「彼女がそんな事をする訳がない。脱走するにしても必ず成功させるよ。俺たちの為を思ってやってくれているのは解るよ。けど、そんな事は俺たちは望んでいない。嘘を吐かせて申し訳ないが」


「じゃあ、今抱えている戦争捕虜がどうなるか知っているのか?」


「それについて帝国大本営から確実に実施するように命令が下った。全ての戦争捕虜を大本営の元に集め、周へ送還せよ。この部隊に居る戦争捕虜も全てだ。例外はない」


 マルケリウスの態度に今度はブラウナーが怒りを露わにした。


「……このまま解放したらどうなるか解っているのか。彼女の能力は脅威だ。周に戻せば必ず我々の脅威となる。それに何よりお前はリグニア軍人だ。彼女が敵に回ったときお前は彼女を討てるのか」


「帝国に仇為す者なら何者でも殺せる。その覚悟は帝国軍に入ったときから出来ている。だが、彼女に対する愛情も本物だ。彼女が彼女らしくいられるのが良い」


「それで戦う事になっても良いのかよ。お前らは愛し合っているんじゃないのか!」


「互いが互いであるから愛し合っているんだ。確かに彼女は僕を愛しているし、僕も彼女を愛している。けど、互いに忠誠を誓うのはそれぞれの母国だ。母国のために尽力するのがお互いの存在意義だ。それ故に、いや、そのためにお互いが死力を持って戦う事になるのであれば望む所だ」


 マルケリウスが言うとブラウナーは折れて倒れるように叫んだ。


「お前らは底抜けのバカだ!」




「マルケリウス!」


「王氏!」


 憲兵隊の移動牢屋の扉が開くと中にいた戚が飛び出してマルケリウスに抱きついた。


「時間が無い。直ぐにすませたいことがある」


「え」


「早く来るんだ。時間が無いぞ!」


 そう言ってブラウナーは二人を連れ出して、大テントの一つに入れた。

 そしてマルケリウスは戚に向かい跪くと懐から指輪を取り出して申し入れた。


「王氏、君を今から解放奴隷とする。そして、私、マルケリウスは戚王氏に対して結婚を申し込む」


「え?」


 いきなり行われたプロポーズに戚は戸惑うばかりだった。


「突然で済まない。捕虜解放が成立して、直ぐに移動しなければならない」


「戦争が終わったの?」


「一時休戦だ。たぶん長くても一月ほどで再開するだろう」


「そう」


「だから、結婚してくれ。先延ばしはもうやめだ。出来れば受け取ってくれ」


 マルケリウスの言葉を聞いて、戚は黙って指輪を受け取った。


「はい、受け取ります」


「ありがとう、最後に一つ我が儘を聞いてくれ」




「汝達は私、ブラウナーの仲介の元、互いを伴侶と認め共に互いに最上の愛を与える事を神に誓いますか?」


「私、マルケリウスは戚王氏を妻とし最上の愛を終生捧げ続けることを誓います」


「私、戚王氏はマルケリウスを夫とし最上の愛を終生捧げ続けることを誓います」


「今二人の婚姻の誓いの言葉を神の代理人ブラウナーは確かに聞き入れた事を認め、二人の結婚の証人となり二人が夫婦となった事を宣言する」


 下士官時代、従軍神官がいないとき兵士達の結婚の証人として、ブラウナーは幾度も行っており略式ながら文言は全て覚えていた。


「以上で終了だ。二人は夫婦だ。おめでとう、幸せにな、と言えるものかどうか」


「いや、無理を聞いてくれてありがとう。それだけでも感謝するよ」


「はい、普通なら絶対に出来ませんでしたから」


「そろそろ時間だね」


「あっという間ね」


「それだけ幸せと言うことだろう」


 ただ、この先に幸せがあるかどうか甚だ疑問だったが。


「死ぬなよ王氏」


「あなたもね」




 数日後、戚は多くの解放された捕虜と共に周の国に戻ることとなる。

 離れる前日、リグニア帝国皇帝フロリアヌスによる壮行会がルテティアにおいて行われた。一〇万にも及ぶ親衛隊の儀仗に、展示演習、更に鉄道によって輸送されてきた大量の食品による宴会が昼から夜遅くまで途切れること無く行われた。

 その前には、土産話にルテティアの工業地帯を見学させていた。

 捕虜達にリグニアの力を見せつけ、早期講和に傾かせるためだ。


「さあ、遠慮無く食べたまえ」


 最後に行われた宴も食料が豊富にある事を示し、帝国の国力をそれとなく知らしめるためだった。あえてルテティアの王城の一角にある庭園を使い、無数のテーブルを並べその上に、テーブルクロスが見えなくなるほどの帝国各地の珍味、美味を使った料理の数々を出した。


「我がリグニアは世界に冠たる豊かな国だ。史上最も栄えなお発展して行く。君らはそのことを故郷に伝えるのだ」


 宴の始まりの際にフロリアヌスが傲岸に言って聞かせた。

 北の海で採れるウニに南国のレモンの汁で作ったソースを和えた料理など、その際たるものだろう。南北に広い領土で数日の内に大量に運び込む事が出来る国でなければ出せない料理。

 ただ美味しい料理でも、そこには無数の技術とインフラの上に成り立っている事を知恵のあるもに分からせる代物だった。

 単純な方法だったが、戦地においても豊かなリグニアの姿を見た彼らの多くはその勢いに飲まれたが、一部は冷静にその様子を見ていた。


「今我々が有利なのは、ただ交通の利器を利用して勢いに乗じているだけだ。決して優秀だからでは無い」


 たまたま視察と鉄道運転の調整のためにルテティアに戻り、参加することとなった昭弥は、会場で毒づいた。


「私たちが周の人と変わらないと言うことですか?」


 皇帝の命令で宴に参加していたユリアが小声で尋ねた。昭弥がいなければ仮病を使って欠席していただろう。


「鉄道によって国が栄え、戦争を有利にしていますが、それはあくまで鉄道の利便性を使ったからこそ。鉄道が通っていない場所。鉄道が利用出来なくなれば必ずや敗北することになるでしょう」


 昭弥は確信を持って断言した。


「今後、周と講和もしくは休戦の機会があるのならすぐさま手に入れるべきです」


 そんな昭弥を温かい眼で見たあと、フロリアヌスに目を向けた。

 帰国する女将軍に色目を使っている。どうせ後宮にでも入れるつもりなのだろうが、玉なしで大丈夫なのかと、ゴミを見るような目で見つめた。

 案の定、皇帝は戚に袖にされて、すごすごと引き下がっていた。

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