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交渉の季節

 価格統制に失敗し、兵力の増加も緩やかであるため皇帝は焦り始めていた。


「ええい! どうして品が無くなるのだ!」


「価格統制の価格より高く売れると考えている者が多いようです。出し惜しみをしているとしか」


「ならば不当に持っている者を捕まえ没収しろ」


「商品として保有しているため、何処までが適切な物か解りませぬ。効果は少ないかと」


 商人が在庫を抱え込むのは当然だ。だが、倉庫に有る物を全て出してしまったら、翌日からの商品が無くなる。客が求める限り商品を出したら、余計に大変だ。

 客が余った分を転売することを防ぐことは出来ず、買い占めを許す結果になる。

 また下手に商人を処罰したりして店が潰れてしまうと、商品が買える場所が無くなり以降の買い物に支障を来してしまう。

 故に、下手に取り締まることが出来なかった。


「ええい、忌々しい。どうすれば下がるのだ」


「収穫が終われば市場に出てきますが、戦争中であり我が軍が購入すると考え、出し惜しみする者が多いでしょう」


「ではどうすれば下がるのだ」


「戦争を終わらせるしかありませぬ」


 ガイウスの言葉にフロリアヌスは考えた。


「周との講和を行おう」


 状況が不利になりつつある事を悟ったフロリアヌスは言った。


「ですが交渉のチャンネルが」


「捕虜を集めるのだ。纏めて返還すると言って向こうと交渉出来るようにしろ。こちらには周の防衛線を突破出来る手段があるのだ。震え上がっており、和を請うはずだ」


「上手く行く可能性は少ないかと」


「兎に角やれ、講和せざるを得ない状況に追い込むのだ」


「しかし我が国には交渉のチャンネルがありませんが。更に言えば、交渉を行う事によって帝国の威信が」


「そのような事ユリアにやらせれば良かろう。連中が勝手に行った事にしておけば帝国には何ら損はない」


「……解りました」




「身勝手な命令ね」


 ユリアは先ほど届いたフロリアヌスからの書状を見て頭にきていた。

 これまで散々邪魔していた外交交渉を進めるように。しかも、自分の都合の良い条件を相手、周に押しつける。

 現状での即時停戦と膨大な賠償金。

 こんなのを飲むはずがない。


「恐らく部隊への補給を行うための時間稼ぎでしょう。前回の会戦で得た捕虜の解放も敵を脅すと共に、その間に兵力の再編成を行う為のものでしょう」


 ラザフォードが正確に状況を分析して報告した。


「それほど補給状況は悪いの」


「鉄道による輸送が前提ですが、その整備が遅れています。完成した設備も貧弱で、輸送力が低下しており、運び込める量も少なくなっています。何より、列車の本数が少なく、現状維持ならともかく、進撃再開に必要な物資を貯めることが難しいようです」


 鉄道大臣の昭弥がこれまでの情報からの分析を報告した。


「ですが、悪いことでもないでしょう。帝国から交渉のお墨付きを頂いたんですから」


「そう簡単にはいかないわ」


「? どういう事です?」


「帝国が与えたと言うことは直ぐに取り上げることも出来ると言うこと。帝国の都合によってはそれまでの交渉さえ破綻する可能性もあります」


 帝国にとって必要なのは帝国の繁栄であり、その邪魔になるものは自らが結んだ約束さえ破る。下手をすればルテティアが損を追い被ることになりかねない。


「しかし、大っぴらに交渉出来るようになったのは前進です。何とか講和出来ないかどうか調べてみましょう」


 互いに戦争に勝つ決め手を欠いている状況であれば、講和が成立する可能性が有ると昭弥は考えていた。

 帝国が無茶な条件を出しているがいくらかの条件を取り下げることも出来るだろうし、間もなく冬だ。

 冬になれば進撃は難しくなり、双方事実上の停戦となって、なし崩し的に戦争が終わるだろうと昭弥は考えていた。

 しかし、甘い考えであったことを昭弥は思い知る。




 周の首都帝京、その中心にある皇帝が住み政治の中心となる皇宮は、重い空気に包まれていた。

 度重なる敗戦の報告に領土の喪失。

 敵がこの帝京に迫ってくると言う話しに、そこに務める役人、大臣達は口々に今後の事を話していた。

 そこへ、一人の将軍が召喚された。


「兪将軍、命令によりはせ参じました」


「うむ、ご苦労である」


 秦はねぎらうように言う。

 兪は墨谷関の指揮官として戦ったが敵の侵攻を許した。

 これまでならその責任を押しつけられ処刑されるのが普通だったが、それを行いすぎたために高級指揮官が不足し、処分保留となっている。

 代わりに最前線に送られて防衛戦を行う。事実上の懲罰部隊となっていた。

 それでも兪は、最後には撤退してきていたが、兵士の帰還率が高いことと、抵抗の持続時間が他の将軍より高いことが評価されていた。特に塹壕戦術は優れており、他の将軍にも伝えたため、周軍の抵抗力強化に貢献したことで、敗北を重ねながらも昇進していた。


「兪よ、リグニアの蛮人共がこの帝京に迫ってきておる。貴官を大将軍に任命し、全軍の総指揮を行い、蛮人を撃破せよ」


「お断りします」


「何故だ」


「私が指揮を行っても、敗北までの時間を延ばすのが関の山です。撃退するには他に適任者が居ります」


「誰だ」


「戚将軍です」


 兪の言葉に秦は、大きく目を見開き、すぐさま反対した。


「いかん! 捕虜となり多くの城市を寝返らせている奴を許す訳にはいかない」


「将軍以外に適任者は居りません。その知略、行動力、実行力。将軍以上の人材が何処にいるのでしょうか」


 だが兪も狼狽えない。一歩も引かずに戚の復帰を懇願する。


「本当に戚将軍が出来るのか?」


「将軍以外に誰ができましょう」


 それ以降兪は黙った。最早何も言うまいという決意で、これ以上は何もしないと態度で表した。

 秦は反論しようとしたが。


「認める」


 後ろに座っていた皇帝が口を開いた。


「朕は兪将軍の意見を取り入れ戚将軍の復帰を許す」


「し、しかし陛下、いくら何でも降った将を復帰させ最高位に付けるのは」


「最早国は滅亡の瀬戸際にいる。その戦の最前線で戦って来た兪将軍の言葉には真実が含まれている。ならばそれを取り入れ、役立てる事こそ朕の役目だ。故に朕は、戚の復帰を命じる」


 なおも反対論を唱えようとしたが皇帝の決断が下った今では、最早反論は許されない。

 秦は、不承不承で答えた。


「……リグニアが交渉を求めてきている。前提条件として捕虜を解放するようにかけあおう」

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