墨谷関
連続する砲撃音の中、指揮所から顔を出して敵の陣地を見ていたノエルはブラウナーに尋ねた。
「突破出来そう?」
「ダメです。反撃が止まりません」
こちらは結構撃ち込んだはずなのに敵の抵抗は止まない。
敵は城市を抵抗拠点にして、その周りを何重にも塹壕を作って守っている。
動けない敵は無視して進軍したいが、そうなると後方に敵を抱えることとなり問題だ。昔なら現地調達で後方に敵がいても不自由はしなかったが、今は鉄道による補給線が構築されている。そして部隊は大量の補給物資を必要としているため、大量輸送出来る鉄道線の安全確保は死活問題。絶対に敵を後方に残す訳にはいかない。
敵は城市に籠もるため大多数の兵力を詰めている。残すと、出撃してきて鉄道線を破壊したり、砲撃で吹き飛ばす事も出来る。なので抵抗する敵は撃破しないと進撃出来ない。
「折角の先鋒だというのに」
天水の戦いの後、それまでの疲労が溜まっているだろうと言うことで、後方へ下げられて休養と再編成を行った独立混成第一旅団。
その休養と再編成が終わった後、配属されたのは新たに編成されたルテティア第二軍だった。
新たに編成されたルテティア第二軍はフッカー大将を司令官として編成され中央軍集団へ配属される。
中央軍集団に命じられた任務は中原平野へ突入し、敵の首都である帝京の占領だった。
そのため、突入口となる西原平原の端、墨谷関への攻撃を命令されていた。平原と行っても台地のようなもので、その端は急激に落ち込んでいる谷のようなもの。そのため、通行出来る場所は極端に少なく、墨谷関は数少ない通行可能な場所だ。
同時に鉄道建設が可能なルートでもある。
「このままだと帝京へ一番乗り出来ないわね」
「しかし、我々ルテティア第二軍は南翼。軍集団の南側を守るような感じですけど」
中央軍集団には、決戦軍集団から配属された第九軍が北側に、元から中央軍集団に属していた第五軍が中央、そしてルテティア第二軍が南側を守り、帝京へ向かう。
「一番元気な軍上位三つの中で最初に到達すれば良いのよ」
こうなったのは、度重なる戦闘で他の軍の消耗が激しかったからだ。
弾薬の消耗もそうだが、武器も撃てばライフリングが削れて弾の命中率が下がったりする。
更に兵員の疲弊もある。
鉄道輸送出来ても、後方のみであり、前線の兵士は歩いて前進する必要がある。しかも最近は性能が良いが重い大砲を装備しているため、移動するだけで疲れる。
そうして疲労した部隊を後方へ下げて休養を行っていた。
その中で回復の早かった部隊や比較的疲れの少ない部隊を集めて帝京へ向かわせ、占領させるのが今回の作戦だ。
「知っている? 一番前線兵力が多いの私たちの軍集団なのよ」
「占領地の維持のために兵力が必要ですからね。減らされていきますから」
他の軍集団で兵力が少なくなっているのは進撃で占領した土地の管理も必要だったからだ。
一般に一平方キロメートルあたり兵士一人が占領統治に必要と言われている。
国境が一五〇〇キロ、進撃距離が平均三〇〇キロとして四五万平方キロメートルなので四五万の兵士、二個軍以上の兵力が必要だ。
これを下回ると、統治が難しくなり、盗賊や襲撃が多発すると言われている。
昭弥なら、アフガニスタンやイラクのアメリカ軍の二の舞を演じる、と表現するだろう。
決戦には勝てても、その後勝利の果実をもぎ取るには、更に実力が必要と言うことだ。
更に鉄道の管理や操車場の建設の為の工兵、運転するための要員に、積み替えの人員など、人手が大量に必要で、新たな軍集団を一つ以上作る必要があるくらいだ。
東方総軍四〇〇万の他に予備の兵力が二〇〇万あると皇帝陛下は豪語していたが、交代と占領統治を考えると更に必要だ。
「鉄道の方はどう?」
「我々に資材を優先的に投入してくれていますけど、修理や拡張のために後方で使われているようです」
鉄道旅団が各軍に配備されていて、進撃する三つの軍の旅団にはかなりの資材があてがわれていたが、後方の路線建設と拡張にも使われており、割り当てが少なくなっている。
もっと増やせと鉄道軍に抗議しているが、後方の峠を改良しないと補給物資を増大させられない、それに敵に分断されても直ぐに迂回出来るように接続線の建設もしなければ、いざというときに進撃中の貴官達が困るぞ。
と言われては文句も言えなかったが、余計に腹立たしい。言ってきたのがハレックだったのも更に腹立たしい。
だが正論なので反論出来なかった。
「そういえば、彼女はどうなの?」
「ああ、彼女ね」
「ふう、何とか開城してくれた」
自分のテントに戻ってきた戚は椅子に深く座り込んだ。
元周の女将軍で戦いに敗れ捕らえられ、マルケリウスの奴隷という立場の戚の現在の仕事は、抵抗する城市の降伏勧告だった。
西の軍に配属されていたこともあり、この辺りの城市の事情に詳しいため、降伏の使者として派遣され無血開城させる事が多かった。
「お疲れ様です」
戻ってきた戚にワインを注いで渡してねぎらったのはマルケリウスだった。
「ありがとうございます」
グラスを受け取った戚はそれを一口含んだ。
「あなたのお陰で、無駄な血が流れずに済みました」
「無意味に砲弾も使わずに済みましたね。鉄道が無いと砲弾を集める事も難しいでしょう。けど、弾薬が無くても進撃する術を考えているのでは?」
「……どうしてそう思うんですか?」
「大砲の撃ち方が変わってきました。それまでより短時間で猛烈な砲撃をしますが、総発射数は少ないようです」
「どんな戦法だと思います?」
「塹壕に籠もった周軍が銃撃出来ないように砲撃を浴びせて引っ込めて、その間に接近。塹壕に突撃した後、周りの塹壕を砲撃して奪回出来ないようにする。けど、それも難しくなっているようですね。射程外の場所にも塹壕があって、そこから反撃を受けやすくなっている」
「どうして、そう思います?」
「猛砲撃と猛砲撃の間が空いています。大砲の移動に時間が掛かっているのでは」
「やはりあなたは、凄い将軍だ」
大砲の音だけで真実を言い当てていることにマルケリウスは素直に尊敬した。
「止して下さい。私はただの敗残の将軍。今はあなたの奴隷です」
「確かに、けど、あなたに対する感情はそんなのじゃ無い」
「え?」
そう言って二人は見つめ合った。そして、そのまま近づき、唇を合わせようとした。
パーン
テントの外から大きな音が響いてきた。
そして二人は我に返った。
「敵襲か」
「花火のようです。竹や木と紙で作った筒に火薬を積めて打ち上げる花火でお祝い事に使います」
「そうですか。しかし、結構量が多いな」
連続して爆発音、と言うより花火のような破裂音が続く。
「硝石は沢山とれますから。周は人口も多いですし家畜もいますから」
照れつつ、その場をごまかすように言っていたマルケリウスと戚だったが、テントの外に誰かいるのに気が付いた。
「ブラウナー?」
「あーゴメン、邪魔するつもり無かったんだが」
「お気遣いありがとう。と言うよりどうしたんだ?」
「皇帝から命令でね。直ぐに突破しろとのお達しだ」
そう言ってブラウナーは通信文を渡した。
「出来るのかい?」
「今の兵力だと無理だ」
「何か新兵器でも手に入れたのか? まさか毒ガスか?」
「いやいや、そんなんじゃ無いよ。度肝は抜かれるがな」
「何とか役に立ちそうだな」
墨谷関の防衛司令官に任命された兪は、敵の攻撃を撃退したことにホッとした。
南での防衛で負けて逃げ帰ったため処刑されると思ったが、墨谷関の防衛司令官に任命されたのは驚いた。西の軍が壊滅し、将官の数が足りず、名誉回復を名目に強制的に将軍に任命されたのだ。
つまり、罰を与えるが死刑では無く、前線で戦うこと。
事実上の懲罰部隊だ。
集められたのも、貧民などを集めて作った寄せ集めだが、塹壕に籠もって銃撃をする分にはかなり役に立つ、と言うよりあてに出来るのが他にいない。彼らを上手く活用することを兪は心に決めていた。
何より敵が通れる場所が限られており、防衛には非常に向いている。地形と塹壕を利用して守り切ると兪は考えていた。
敵の大砲の射程は長いが無限では無い。そこで、関に届くより前に塹壕を掘って敵を足止めする。
敵は砲撃してくるが塹壕の中なら被害は少ない。塹壕を奪取しようと攻め込んできても間には何も無いから前装銃でも十分対応出来る。上を覆う掩体から撃てば砲撃の嵐の中でも反撃出来る。
万が一入り込まれても、狭い塹壕の中なら敵は長射程の銃も無意味だ。連発出来る拳銃は驚異だが、こちらは火薬が豊富にあり、手近な壺に詰め込んで点火した火縄と一緒に投げ込んで爆発させて敵を撃退出来る。
そのための支援用の塹壕も掘っており、一部の塹壕が取られても直ぐに奪回出来た。
大規模な工事が必要だったが、敵の進撃路が限定されるので、何とか防衛工事を施すことが出来ている。
結構上手く行っており、一進一退の攻防戦に持ち込んだ。
敵に時間を浪費させて、冬になったら食糧不足で弱らせることが出来ることを願っての作戦だった。
だが、これでは勝てない。
これは負けを先延ばしする作戦で、連中を撃退出来る作戦では無かった。
何としても撃退出来る方法を知りたかったが、兪には思いつかなかった。
避難民の話では戚将軍は捕らえられ、城市の降伏勧告の使者となっているそうだ。宰相などは利敵行為だと言って非難しているが民草に無用な被害を出さないための行動だろう。
頭が良くて、力強く、情に篤い。
女性のため昇進が遅かったが、周の中で最高の将軍だった。
「戚将軍……あなたなら何とかなるでしょうね」
そう呟いたとき、前方から巨大な爆発音が響いた。




