司令官交代
「ヴィルヘルミナ元帥負傷!」
講和推進の筆頭を期待されたヴィルヘルミナ元帥の負傷にルテティア王国の一同は戦慄した。
「元帥は今どうしているの?」
「近隣の軍病院へ行き、治療を受けています」
「直ぐに連れていって」
ユリアが直接聞くと直ぐに席を立って向かった。
怪我が軽ければ良いのだが、もし重傷で指揮不能なら、絶望的だ。
昭弥もラザフォードもユリアに続いて元帥の下に向かう。
馬車を全速力で走らせ、飛び込むように軍病院玄関に入るなり、病院側の迎えが来る前にユリアは叫んだ。
「元帥は何処!」
「特別室にて治療中です」
ユリアの勢いに押されて、反射的に軍医が答え場所が伝えられるとユリアはすぐさま向かう。昭弥もラザフォードも後に続いて、特別室に入った。
「元帥! 無事ですか!」
勢いよく特別室に入ると、ベットの上にいたのは。
病人服を着た赤目赤髪の肌の白い小さい女の子だった。
『……え?』
病室に入ったユリア、昭弥、ラザフォードの三人が揃って、眼を点にした。
よくよく見ると顔のパーツが元帥によく似ている。
孫娘かと思ったが、元帥には孫どころか娘、息子さえいなかったはず。
血縁者なのだろうか。探偵物でよくある、名探偵、名刑事の甥や姪とか。
「来てくれたのは嬉しいのじゃが、余り見て欲しくない姿ので下がって欲しいのじゃが」
恥ずかしそうに顔を赤らめて伝える口調と恥じらいながらも威厳のある態度、何より周囲を圧する雰囲気。
間違いなく元帥だった。
「あの、元帥ですよね?」
疑問に思いつつも昭弥が尋ねた。
「うむ。よく分かったの。このような姿になっても解るとは流石じゃな。玉川大臣」
「げ、元帥……どうして……」
絶句気味にユリアが尋ねる。憧れの相手が自分よりも小さな女の子になってしまったことが信じられないようだ。
「実は、これには事情がありまして」
そう言って説明を始めたのは元帥の女性副官だった。
「演習場でジャネット魔術師の新兵器の視察があったのですが、それが魔道ガス、ガスに触れた人間を幼児化するガスでした」
「何でそんな物を?」
思わず反射的に尋ねた昭弥に副官は答えた。
「塩素ガスなどの毒ガスだと、敵を負傷させてしまい捕虜を奴隷として売ることが出来ません」
確かに塩素ガスとかだと、眼や呼吸器系が爛れて失明したり呼吸困難となる。
ろくな医療がない今だと、重傷な上回復はほぼ不可能。治癒魔法で上手く行くかどうかだ。まして売り飛ばす奴隷にそんな治療をしても売値はそれほど上がらないだろう。
「そこで、傷つけずに捕まえる毒ガスは無いかと言うことで開発していた中で、もっとも有力で早く出来たのがジャネット魔術師の魔道ガスでした。敵兵を幼児化することで、抵抗力を無くし捕らえやすくした上に、少年少女だと奴隷として高く売れるので」
「碌でもない目的のために碌でもない物作ったな」
目的を聞いて昭弥は呆れて思わず言ってしまった。
「で? どうして負傷したんだ」
「突然風向きが変わって、魔道ガスが観覧席の方へ。私は離れた場所に控えていたので無事でしたが、近くで見学していた皇帝陛下と一緒にいた元帥が」
「フロリアヌス、いえ皇帝陛下も一緒にいたの?」
嬉しそうにユリアが尋ねた。
もしフロリアヌスが同じように幼児化していたら虐めることが出来ると喜んでいた。
「元帥、大丈夫か」
だが、その予想は外れ、元気いっぱいの青年皇帝フロリアヌスが病室に入ってきた。
「陛下……ご無事でしたか」
笑顔でユリアが尋ねるが内心残念そうにしていた。
「うむ、ジャネット魔術師の魔道ガスが失敗作でな。男性に殆ど効力が無く、女性のみだった。丁度いた女性がヴィクトリア元帥のみだったので被害は最小限だった」
不幸中の幸いといった感じで皇帝が言うが、元帥に期待してユリア達にとっては最悪だった。
「ああ、元帥。それと伝えなければならない」
「何でしょうか陛下」
「その姿では、指揮は執れそうにない。よって南方軍集団総司令官を解任し、国内総軍総司令官に任命する。これまでベリサリウスが務めていたが、大本営の総参謀長としても活躍していたから激務で大変だった。そこで元帥が交代し専念してもらいたい。ただ手続き上問題がある上、南方軍集団は前線部隊の為直ちに後任に指揮権を移譲。国内総軍の司令官は引き継ぎが終わり次第とする」
「な!」
驚きの声を上げたのはユリアだったが、昭弥もラザフォードも絶句してた。
簡単に言うと、今すぐ南方軍集団司令官を解任するけど次の職務である国内総軍総司令官は、大本営会議の後に就任する。
だから次の大本営会議に参加する必要は無いよ、と言外に皇帝は言っている。
ビクトリア元帥の活躍に期待してたユリア達には最悪の結果だ。
「ま、待つのじゃ。それはあまりにもご無体な。うわ」
慌てて止めようとベットから立ち上がろうとするが、身体が小さくなって思うように動かず、ヴィクトリア元帥はベットの上で転がり落ちてしまった。
「くぎゅううううっ」
床に落ちた、元帥はそのまま正面から倒れてしまった。
「げ、元帥、大丈夫ですか」
思わずユリアが駆け寄る。
「す、済まないのじゃ。どうも身体が小さくて思うように動かせぬ。特に上半身のバランスが悪くて転びやすいのじゃ」
幼児の歩き方が不安定なのは身体より頭の方が重いため、重心が上がりやすいからだ。
「こんなものが有るのも負担じゃ」
と言って自分の小さな手では、はみ出る巨大化した胸を鷲掴みしてこねくり回した。
「全く、使いようが無いのに剣を振るうとき邪魔じゃ。いっそ切り落として欲しいわ。若い身体が欲しいと言ったが」
「……」
残念そうに言う元帥にユリアは笑顔のままで黙っていた。
身長低いのに自分より胸が大きいロリ巨乳というのはどういう事だと。
「少しジャネット魔術師に聞くことがあるわね」
「自ら魔道ガスを浴びに行くとか止めてね」
「そ、そんな事する訳無いでしょう」
ユリアは呟きにツッコンだ昭弥に慌てて取り繕った。
「はははははっ、ユリアの奴、項垂れていたな」
会議が終わった後皇帝はガイウスのみを部屋に入れた高笑いしていた。
先ほど終了した大本営会議では、新たな南方軍集団総司令官に自分の腹心を付け、更にヴィルヘルミナを転属させる事を宣言。同時に講和はあり得ず、更に占領地を広げ帝国の以降をあまねく知らしめると宣言した。
「自分の行っていた講和工作が破綻してグウの音も出まい。自分の目論見が筒抜けだとは知るまい」
気分良く話すフロリアヌスは執事に酒を持ってくるように命じるが、なおも上機嫌だった。
「本来なら反対するヴィルヘルミナを会議の場で更迭すると直接言い渡したかったのだが、あの事故のお陰で行わずに済んだ」
ちなみにジャネット魔術師の魔道ガスは不良品と言うことで不採用が決定。更に毒ガスに関しても不名誉だという話しがあちらこちらで持ち上がり、開発計画は止まった。
「まあ、皇帝の威光を見せつける機会を失ったのは痛いが」
「むやみに皇帝の権力を振りかざす物ではありませんぞ」
少し上機嫌すぎる皇帝にガイウスは冷水を浴びせるが、熱に浮かされたフロリアヌスの熱を冷ますには至らなかった。
「そうだな。だが偶には振るわなければ誰が権力者か下々は忘れてしまう」
「しかし、講和工作についてはそろそろ行わなくては」
戦争は片方が仕掛けることで始めることは出来る。だが終わらせるには双方の合意が必要だ。これまで帝国は多くの国と戦い屈服させてきたが、戦況不利となり講和、休戦する事も度々あった。故に講和の難しさを知っている。
「なに、不利となればやがて向こうからやって来る」
だがフロリアヌスはそう言い捨ててワインをあおった。
「残念だったな」
大本営会議に出席し結果を伝えたラザフォードは、昭弥をねぎらった。
「いいえ、まだこれからです。機会は十分ありますし、手段は無くなった訳ではありません。それに今の状況では日々、講和の下地が出来つつあります」
そう言って昭弥は決意を新たにした。




