昭弥の一手
「弾着今!」
連続した砲撃が敵の陣地に降り注ぐ。ルテティア軍の重砲旅団が一二センチ砲や一五センチ砲で雨あられと砲撃を仕掛けていた。
最初の一斉射撃の後で、全体に疎らに砲撃が行われている。
「よし、前進開始」
その様子を見たミード大佐は部下に前進を命じた。味方の砲撃により敵は塹壕から頭を出せずにいる。その間に敵の塹壕近くに移動する。
再び、激しい砲撃が目の前の陣地に集中する。
「一斉射……」
砲撃の轟音の中、ミードは冷静に砲撃の回数を数える
「二斉射……」
再びの砲撃が敵の陣地を猛打する。同時にミードはいつでも駆け出せるように身体の父を調整する。
そして、再びの砲撃。激しい弾着の爆音が響くと同時に、ミードがそれを上回る声で命じた。
「突撃!」
ミードが飛び出すと横一線に待機していた部下達が続き、敵の塹壕に向かって突撃して行く。
後方から再びの砲撃、だが今度は敵の塹壕の後方に着弾する。敵が増援を出せないように砲撃で黙らせるためだ。
手前側の塹壕を攻撃しても、後ろにある塹壕から妨害を受けたり、逆撃を受けて撃退される事が多かった。そこで、突撃の間、砲撃の着弾点を後ろの塹壕へ変更し黙らせる。
着弾点を絞り込める性能と速射による間断無い砲撃。この二点が出来るルテティア製最新大砲の威力だ。
だが砲撃が降り注ぐ間に敵を撃破しなければならないため、素早く敵を掃討しなければならない。
ミードは幾つもぶら下げたリボルバーを乱射、撃ち尽くすとその場に捨てて新たな一丁を出して更に乱射するという戦いを行い塹壕を掃討していった。
「塹壕を占拠しました」
「よし」
その時、後続の部隊がやって来た。敵の後方にある塹壕を占領するためにやって来た。砲撃はまだ続いている。だが、再び猛烈な砲撃に変わり、敵が頭を出せないようにしている。その隙に後続の部隊は敵の塹壕に向かって接近していった。
そんな事を繰り返して最終的に天水を占領した。
「西原制圧が現実味を帯びてきたね」
ルテティア第一軍から天水を占領、更なる進撃の準備を進めている、との連絡が王城にいたラザフォードの執務室にもたらされた。
「有り難い事です」
執務室を訪れていた昭弥が言った。
進撃速度が鈍ってきているが、戦いに勝っていることに昭弥は喜んだ。
帝国大本営が九龍に置かれたため、諸侯をはじめルテティアの首脳も九龍へ移動していた。
現在、九龍が物資の集積、部隊の集積地になっており、指示も出しやすい。
だが、各種装備の生産、特に精密な工業製品の生産はルテティアで行われるし、内政について打ち合わせを行う必要があるため、ラザフォードと昭弥は時折、王都ルテティアの王城に戻ってくることがあった。
電話を使っての指示も出来るが、どうしても顔を合わせたり視察して改善しなければならない場所もあるため九龍との間を行き来している。
寝台列車に乗って一晩で移動出来るので、このような頻繁な移動も問題無かった。何より、昭弥の鉄オタとしての魂が、鉄道に乗ることでリフレッシュされ、戦争の嫌なストレスを軽減する効果を与えていた。
「何でも砲撃で撃破したそうだ」
「重砲ですか?」
「いや、通常の大砲だ。周りの敵が襲いかからないように着弾点を時間毎に移動させた」
「移動弾幕射撃ですね」
第一次大戦で使われた方法で、手前側の塹壕を取るためにその奥にある塹壕を砲撃して、黙らせ、味方が最初の塹壕を占領したと思われる頃合いに更に奥の塹壕を砲撃して黙らせ、次の塹壕を取りに行く。
「時間調整が難しいのですが、成功させるとは流石ブラウナー大佐」
「ただ、砲弾の量が馬鹿げた量になっている」
そう言って、砲弾の消費量を見せる。部隊の一定数分と言ったところか。砲弾一つ一つが軽いため馬車に積み込んで運べるが、重砲だったらどうなっていたことか。
「しかし今回のことで、周もかなり焦っているようですね。極秘ながら会談を求めてきています」
ラーンサーン王国にいるサラが報告してきたことを昭弥は報告した。
「敵が降伏してくれるか」
「それは難しそうですね。ですが、停戦くらいは出来るでしょう」
「そうか、こちらも進撃速度が鈍り始めている」
最初は快進撃を続けていたが、ここのところその速度が遅くなっている。特に城市を落とすときに時間が掛かっている。重砲があれば一発なのだが、その重砲を移動させるのに時間が掛かっている。
「敵の城市を遠距離から破壊するための新兵器を作ってくれと帝国軍が要求してきています。一応アガーテに開発するように命じています。直ぐに出来るでしょう」
伝えたら、いつもの調子で高笑いしながら卑猥な言葉遣いで真面目に開発を始めた。
次はどんなビックリドッキリ大砲を作り出すことか。
「一つ聞いていいか?」
「何でしょう?」
ラザフォードは言葉を選びながら尋ねた。
「新兵器を開発していたが大砲ばかりだな」
「そうですね」
「……わざと重い大砲、鉄道でしか運べないような重い物を開発して鉄道から遠ざかることが出来ない様にしているのか?」
「はい」
昭弥は素直に認めた。
「鉄道の外は、昔と変わりませんからね」
鉄道以外の乗り物は自動車の実用化が始まりつつあったとはいえ、台数が少ないため、物資の輸送は相変わらず補給馬車だ。
鉄道の末端駅から馬車に乗せ替えて前線に運び込むので、歩兵相手でも精々末端駅から三〇〇キロが限界だ。大量に弾薬を消費する大砲を装備している砲兵場合、運び込む必要量が多いので更に補給出来る範囲が短く最悪八〇キロ以内となる。
「下手に征服を成功させても我々の負担が大きくなりますからね。鉄道より遠くへ行くことが出来ない様にしてみました」
「……とりあえず、黙っておくことにしよう」
成果を上げた新兵器を開発をしているが、その目的はリグニア軍を勝たせないようにするための利敵行為。それを告白したことは重い反逆罪にあたり、極刑、絞首刑という生やさしいものでは無く、四裂き、四肢をそれぞれ馬に繋いで引っ張られ生きたままバラバラにされ、そのまま火にくべられる処刑法が行われる。
全うに死ぬことも、遺体が残されることもない。死後の復活を唱え安らかに大地に葬られることを良しとする、リグニアの宗教観では火葬は埋葬する余裕が無いか、憎悪を持て行う呪いの意味がある。
そのような処刑を昭弥に向かうのを避けるためにラザフォードは黙っておくことにした。
「そのお陰か、他の軍との間に距離が開いているがな」
「? どういう事です?」
「ルテティア王国軍と他の帝国軍や諸侯連合軍の間に進撃速度の違いがある」
「突出して危険と言うことですか?」
「いや、他の帝国軍や諸侯の軍が我々に遅れを取っていると感じている。論功で与えられる領地が減らされると考えているんだろう。占領地が戦後の統治領に認められるのが普通だからな」
「それで、焦っていると」
「鉄道より遠くへ行くのは困難で補給が滞りがちだからな。進撃路自体、鉄道を敷くことを考えていないから、軟弱地を進み、延伸に遅れが出て、結局進撃速度が遅くなっている」
その点ルテティア軍は鉄道について知っている士官や将軍が多いので、比較的上手く行っていた。
「それで、講和の方は大丈夫か?」
「交渉が始まったと言ったところですね。向こうは抵抗出来ず、こちらは進撃出来無くなりつつあるのでソロソロ頃合いかと」
そのような打ち合わせを暫くしていたが、数日後戦場で重大な事態が起きた。




