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西原会戦 中編

「それで、三万もの兵を失って逃げ帰ってきた訳か」


 本隊を率いてやって来た護南将軍岳雲が、報告に来た呂に皮肉を言う。

 怯えた様子で呂は報告を行った。


「し、しかし、敵の火力は絶大であり、突破するのは不可能です」


 怯えながら報告する呂を岳は見下していた。実力では無く中央とのパイプで自らを昇進させてきたからだ。


「まあ、連中の火力を知ることが出来たのは、成果だな。ともかく敵を撃破して、敵本隊と決戦を行う。明日に備えて再編成を行え。籠もって敵の村を排除したあと、敵と決戦だ」


「それより偵察の報告では敵の本隊が接近してきます。ここは一旦後退し陣営を守るべきでは?」


「必要なし。南軍総兵力一〇〇万がやって来る。聞けば敵は二〇万。ここで始末しなければ周皇帝の威光が陰ってしまう」


 周の南は南蛮という地方がある。

 南蛮というのは周が付けた名前で、南の未開地という意味だ。周にとっては文化的に劣る無数の部族の集合体だが、時折略奪のためにやって来る蛮族で周の民を守り皇帝の意向を蛮族に知らすためにために、護南将軍をはじめとする南軍が存在する。

 攻めてきた南蛮の部族を撃退し、時折攻めて周の皇帝の威光を示し、朝貢国を増やすのが任務だ。

 ここで南軍が敗北すると南蛮の民が勢いづき、朝貢から外れる国も出てくる可能性がある。

 だからこそ、岳はリグニア帝国との決戦を企図していた。


「出撃する。敵の右翼を儂が左翼を率いて攻める。第二陣が到着次第、共に攻撃を仕掛ける。戚、貴様は後続を纏め予備となり適宜兵力を投入しろ。采配は任せる」


「わ、私は?」


 呂が怯え気味に尋ねた。


「本日攻めた敵の陣地に向かって攻撃を行え。ただし増援はなし、直属の部隊のみで攻めよ」


 岳の命令で呂は顔面蒼白となり、固まったままで返事も出来なかった。




「予想外だの」


 翌日、軍を前進させていたスコット元帥は、自分の予想と外れた敵の動きに顔をしかめた。敵は第一旅団の村落を完全包囲しつつ我が第一軍の右翼に兵力を集めている。

 スコットが周の指揮官なら北の第八軍との連絡を分断しようと、第一軍の左翼に攻撃を集中させ撃破し返す刀で北に行く作戦を行う。

 だから、事実上先鋒となる左翼に防御に定評のあるミードに任せていたのだが、裏目に出てしまった。


「怖じ気づきましたか?」


 皮肉な口調で言うのは帝国軍からルテティア王国第一軍に配属された軍監ウァロ少将だった。


「敵は我々より少数でしょう」


「現状はな。だが全軍で迎撃出来ぬ状況、右翼に敵が集中する状況では少数で戦うも同然だ」


 内心苛立ったが、スコット元帥は声を荒げずに伝えた。


「つまり自軍を不利に追い込んだご自分の責任だと?」


「!」


 見下すようなウァロの言葉にスコット元帥は頭に血が上ったが、激発は抑えた。階級は下でも帝国軍の軍監であり、下手をすれば王国が不利になる。


「少将、帝国元帥に向かって言葉が過ぎるのでは?」


「失礼いたしました」


 常識的な対応、無礼を咎めるに程度に収めて作戦を考えた。


「当面の目的は第一旅団の救援じゃ。敵が我が右翼に集中するなら、中央を前面に出し敵の側面を脅かしつつ、第一旅団の村落を中心に防衛を行う」


「逃げるのですか?」


「不利な状況に飛び込む必要はあるまい。それとも敗北に向かって前進するのが昨今の帝国軍の戦争か」


 一瞬ウァロがスコット元帥を睨み付けたが、元帥は素知らぬ顔で受け流し、配下の部隊に命令を下した。


「じゃが、敵の行動が読めん」


 一応、東方方面の司令官として周の事情に詳しいつもりだがここ最近はルテティア王国の軍トップとしての仕事が多かった。だから周の動きが読みにくい。


「おい、トラクス」


 と、言ったとき、自分の参謀長が王都で統帥本部総長をしていることを思い出した。


「儂も呆けたか」


 その時、一つ思いだし司令部要員に尋ねた。


「おい、電話線は通じているか」


「はい、開設出来ています」


「直ぐにルテティア王国の統帥本部総長と東方軍総司令官、トラクス大将とアグリッパ大将に繋いでくれ」


「は、はい、お待ちを」


 数分後二台の電話機が前に置かれた。それぞれトラクス大将とアグリッパ大将に繋がっている。


「というのが現状じゃ。どうして周軍がこのような行動を取ったか話しを聞きたい」


 状況を説明し自分の見解を伝えたスコット元帥へ、最初にスピーカー越しに答えたのはトラクス大将だった。


『恐らく、南蛮の行動を恐れてのことでしょう。あそこは周の朝貢国ですが周の武力が弱まると直ぐに手のひらを返して略奪に走りますから。侵攻してきたルテティア王国の撃退を南蛮に見せつけようとしているのでしょう』


『本官も同意します。また、ルテティア第一軍が最南端に位置して他の帝国軍の援護が届きにくいという戦術的な理由もあるでしょう。しかし、何処か弱点、あるいは弱点と思われるところを徹底的に攻撃してくるのが周軍の特徴であります。戦況と損害に応じて敵の攻撃目標が変化することにご注意を』


 アグリッパ大将も同意してトラクス大将の意見を補強する。


「わかったありがとう」


 そう言ってスコット元帥は電話を切った。


「それなら方法はある。第九軍団に全力迎撃を命令。近衛軍団には前進を命じ、第二軍団は後退させろ」




「何という火力だ」


 攻撃を開始した岳将軍の軍勢はルテティア王国軍の右翼第九軍団と戦っていたが、新型後装銃による射撃で前進出来ずにいた。


「報告します。わが右翼に新たな敵軍団が接近してきます」


「不味い、全軍に撤退命令。陣営まで下がるぞ」


 相手は二個軍団一〇万ほど。こちらは十五万ほどの兵力だが、敵の火力は大きく損害が大きくなりかねない。

 自分の不利を悟った岳将軍は後退して立て直す決断を下した。




「姉御、敵が後退していくよ」


「よし、警戒しつつ。第一旅団と合流しろ」


 救援任務を受けたユンガー中将率いる近衛第一軍団は、岳将軍の側面へ進軍した。突撃に見せかけて圧迫し退かせるのが目的だ。

 幸いクリスタの報告から敵の後退を確認し、第一旅団と合流するべく包囲している敵に対して攻撃を加えた。

 背後からの攻撃に呂将軍の部隊は支離滅裂となり逃げ帰り、第一軍団は第一旅団との連絡に成功した。


「よし、何とか合流出来たな。連絡線の方はどうだ?」


「現在、軍所属の鉄道連隊が軽便鉄道を延伸中で間もなく通じるそうです。標準軌は現在準備中で暫く掛かるそうです」


「わかった。まあ、軽便でも補給が来るのは有り難い。弾薬を結構消耗するからな」


 新型の後装銃にしたため、発射速度が速く弾を多く消費している。一部の部隊は既に弾薬の半分を使った部隊がいるという報告も来ている。連絡線の確保は死活問題だ。

 補給馬車では到底追いつかない量の弾薬を消耗する。軽便とは言え鉄道で大量輸送出来るのはありがたい。

 だがその直後、敵の陣営から新たな軍勢一〇万以上がユンガーの左翼に接近してきた。


「敵の増援か!」


 それ以上に戦慄したのは敵が後方へ回り込もうとする機動を行っていたことだ。

 後方は陣営があるが、後方連絡線もある。特に鉄道線は補給と援軍を呼び込む命綱。切断されると、危険だ。


「直ちに迎撃に出ろ!」


 その時、ユンガーの軍団左に居たミード中将の軍団が前進し、周の部隊の迎撃態勢に入った。

 更に連絡線の途絶を危険視したスコット元帥がフッカーの軍団にも救援を命じ、向かわせる。




「不愉快な事だが、敵の火力は絶大だ」


 岳将軍は苦々しい思いで言った。先日逃げ帰った呂を馬鹿にしていたが、自分も猛烈な火力に圧倒されて逃げ帰ってきたようなものであり、無様な姿に意気消沈していた。

 しかし戚は自軍の損害に怯むこと無く分析を行いルテティア軍の弱点を見つけていた。


「ですが、敵の弱点は分かりました」


「なに? どこだ?」


「敵左翼、我々の右翼方向です。私が牽制攻撃を仕掛けたら、ほぼ全軍で迎撃に来ました。恐らく、敵の重要な場所なのでしょう。幸い後続も来ており、総兵力は現時点で四〇万、更に到着する部隊もおり、合計で六〇万に達しようとしています。牽制の部隊を各地に出し主力を右翼に集中させましょう」


「ならばこの呂にお任せを」


 そう言ってしゃしゃり出てきたのは、村を攻め落とすのに失敗し、打ち破られた鎮南将軍呂だった。ここ二日の汚名を雪ぐために志願した。


「……呂、攻撃の先鋒は任せる。兎に角、真っ直ぐ進み突破せよ。戚、一〇万ほど渡すから敵軍を牽制せよ。私は陣営において指揮をとる」


「はい、お任せあれ」


「ご命令承りました」


 呂に突撃を命じたのは、無能でも突撃することだけは出来るだろう。一方、牽制攻撃は駆け引きが必要であり、機微に聡い戚以外に命じられる将軍がいない。

 そして自分は二人を纏め後続の兵を編成するのに後方にいなければならない。

 以上から岳は二人に命じた。


「直ちに行動を開始せよ。攻撃開始は翌日だ」




 翌日、周の軍勢は、ルテティア王国第一軍左翼ミード中将の軍団に攻撃を仕掛けた。

 ミード中将の軍団の後ろには、第八軍との連絡線、鉄道がありこれを奪われる訳にはいかなかった。

 更に他の軍団への攻撃も確認され、総兵力が六〇万以上を確認。

 スコット元帥は事実上の主力と判断し後方のヴィルヘルミナの司令部へ通達した。


「ふむ敵主力が来たようじゃな」


 九龍山脈の西側に司令部を置いていたヴィルヘルミナ元帥がスコット元帥からの報告を見て呟いた。


「敵の主力がルテティア王国軍の元に来ておる。南方軍集団主力をもって撃滅する必要があるようじゃな」


「しかし、敵主力とは限りません。第七軍、第八軍からも敵主力と遭遇と報告しております」


 ヴィルヘルミナ元帥に配属された参謀の一人が自分の見解を伝えた。ヴィルヘルミナ元帥を補佐するのが役目だが、事実上、皇帝によるお目付役で掣肘するのが役目だ。


「無視じゃ」


 だが、ヴィルヘルミナは簡単に却下した。


「しかし、他の軍への攻撃も激しいようです」


「第七軍も第八軍も双方実戦経験が少なく、敵を過大に見積もっているのじゃ。敵の行動は牽制ばかりじゃ」


「そうでしょうか」


「その証拠に第七軍も第八軍も大軍相手のわりに損害や後送されてくる負傷者が少ないのじゃ。双方合わせてもルテティア軍の半分以下じゃ」


 事実を突きつけられて参謀は黙り込んだ。


「直ぐに救援に向かう帝国第七軍団の出撃用意じゃ。移動にはどれくらい掛かる?」


「列車一本当たり一個大隊一〇〇〇名程ですから、五万の兵員だと五十本。一時間に四本

として出発に半日、移動に一日。合計一日半です」


 既に積み込みを完了しておりいつでも移動出来る準備を整えていた。


「宜しい、東方総軍司令部にも敵主力発見を伝えよ」


 そう言ってヴィルヘルミナは司令部を後にして前線に向かった。




 一方、東方総軍司令部では混乱が起きていた。各軍集団から敵主力発見の報告が届き、その処理に混乱していた。

 更に軍集団の下の軍からの報告も纏めていると膨大な数になるため混乱が続いている。


「早く処理しろ」


 総司令官であるフロリアヌス皇帝は叫ぶが、無理だった。

 魔法のテレパシーと電信によって情報が即時手に入るようになっているが、情報が入る速度と量が大きすぎて、総司令部の人員では処理出来なかった。

 新しい方式のため、必要な人員の人数の見当が付かず、最小限の人員で編成したため、いたずらに混乱するばかりだった。


「ええい、鎮まれ!」


 このようなときこそ総司令官が指示して解決方針を示すべきだった。その意味で一度黙らせたのは良かったが、彼には解決するべき方策が浮かばなかった。

 全員が皇帝の方向を見ている。

 そのためフロリアヌスは思いついたことを口に出した。


「敵の兵力が大きい中央軍集団と北方軍集団の間の敵を敵主力と見なし撃滅する」


「ちょいと待つさね」


 ぞんざいな口調で言ったのは総参謀長を兼任するベリサリウス元帥だった。


「敵の動員兵力が少し多すぎるさ。各軍の誤認が多く含まれていたり重複している可能性があらあ。不確かな情報で大軍を動かすのは危険すぎさ。もう少し確認してから動かしても遅くはねえさ」


 一度大軍を動かすと、他の戦線へ移動するのは困難だ。鉄道があるとはいえ積み込み積み卸しの時間や列車の手配が必要なので軽々しく移動するのは危険だ。


「黙れ! それでは戦機が失われるでは無いか!」


 だが動かなければ欲しいものが手に入らないのも事実である。


「直ちに決戦軍集団及び東方総軍予備を投入して撃滅する。移動命令を」


「南方軍集団はどうするのさ?」


 仕方なくベリサリウスは命令に従ったが、危機的状況と思われる南方軍集団への対処を尋ねた。


「数が少ない、敵の牽制だ。ルテティアの連中に任せろ」




 実際、各軍集団の前にいる周軍は、ほぼ同数。それぞれ百万規模の兵力集団三つが各帝国軍軍集団の前に展開していた。

 周の軍は中央軍である国軍、近衛軍に当たる禁衛軍の他に東西南北にそれぞれ同規模の地方軍があり、征、鎮、護の三将軍が率いている。

 このうち北、西、南の三つの軍が迎撃に当たっておりそれぞれ一〇〇万もの軍勢がぶつかっていた。

 ただ帝国軍はヴィルヘルミナ元帥の予想通り兵力を過大評価し過剰に報告していた。南方軍集団が報告し他敵の数が少ないのは、ルテティア王国軍が実数、他の部隊より低い数しか報告していなかったためだ。他は十万程度を三〇万とか、中には一〇〇万とか報告していた。

 そのため相対的に低くなってしまった。




「ヴィルヘルミナ元帥閣下の援軍がやって来るのか」


 総軍からの増援が無いと知ってもスコット元帥は嬉しかった。下手に帝国軍の援軍が来ると混乱するが戦上手のヴィルヘルミナ元帥なら、的確に指示を出してくれる。


「ユンガーの近衛軍団は後退。フッカーの軍団は左翼に伸ばしその穴を埋めよ」


「攻撃しないのですか?」


「お主より戦には慣れ取るよ」


 ウァロ少将の皮肉を跳ね返しスコット元帥は、指示を続けた。


「ヴィルヘルミナ元帥閣下には北方より移動し攻撃するよう要請するのだ」




「何しているのよ。早く攻め落としてよ」


 攻撃を任された呂は配属された三〇万の軍勢をミード中将率いる五万の軍団にぶつけていたが、攻め落とすことは出来なかった。


「薄く伸びた敵を撃破するなんて簡単でしょう」


「しかし、敵の火力が膨大で接近も難しく」


「出鱈目な言い訳考えて弱音吐いて怠けるんじゃ無いよ。早く突破しちゃって」


 だが、新型後装銃の銃撃の前に周軍は前進出来ずにいた。

 前装銃で立って装弾しなければならず、横隊を編成して命中率を上げるしか無い周軍では、塹壕に入り安全を確保した上、装填速度が速く射程の長い後送ライフル銃の前には的でしか無かった。しかも鉄条網が展開し塹壕への接近を阻んでいる。

 そうして、攻撃を続行しているときに新たな軍団が右側、北の方からやってきた。

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