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開戦

「いよいよね」


 残雪が残る九龍山脈の峠。狭い峠道の真ん中で張り切って声を上げるのはルテティア王国独立混成第一旅団長ノエル・スコット准将だった。


「腕が鳴るわ」


「あまり、張り切りすて走りすぎないで下さいよ」


 彼女をたしなめるのは、参謀長のブラウナー大佐だ。

 去年十月に旅団が編成されてからずっとコンビを組まされている。新設部隊と言うことで色々と事務仕事があり東奔西走した。

 しかも最初からこの開戦を見越して先鋒部隊にしようと考えていたせいか、やたらと指示が来る。配属される部隊は多いし、物資が潤沢なのは良かったが、その受領やら受け入れやらで大変だった。


「何言っているのよ。誉れある先陣を命じられたのよ。張り切らなくてどうするの」


「そうですけど」


 彼女たちの部隊に下された命令は、遠征軍に加わったルテティア王国第一軍の先陣として最初に国境を突破。

 敵の抵抗を排除して山脈を突破し西原平原に入り、後続の進出を援護することだ。

 先陣は誉れだが、同時に敵が待ち受けている可能性が高い。

 特に山岳部だと進撃路が制限される事もあり、待ち伏せにはもってこいだ。


「大丈夫よ。私たちなら完遂出来る」


「……大丈夫だろうか」


 張り切るノエルにブラウナーは心配になった。


「大丈夫ですよ」


 帝国軍から派遣されてきた軍監、事実上の監視者であるマルケリウス大佐が二人に話しかけた。


「作戦はよく考えてありますし、兵力も十分です」


「けどよお、連中が俺たちの所に一点集中で兵力を集めていることも十分に考えられるんだぜ」


 軽々しい口調でブラウナーが話しかけた。

 マルケリウスとブラウナーは帝国軍の遠征で何度か一緒になったことがあり、そして相性が良く階級差、当時ブラウナーは新任下士官でマルケリウスは新米士官だったのだが友情が芽生えた。


「心配しすぎるのは部下を信じていないのと同じだよ」


「死んで欲しくないから心配するんだよ」


「もお、不吉なこと言わないでよ。ソロソロ出発よ」


 二人の会話をノエルが遮った。


「失礼しました旅団長。ご命令を」


「うん」


 時計を見て時間を確認したブラウナーに促され、ノエルは馬に跨がると、指揮下の部隊に命じた。


「ルテティア王国独立混成第一旅団! 前進!」


 サーベルを抜いて振り下ろすと、指揮下にいる八〇〇〇名以上の兵員が一斉に前進を開始し国境を越えた。




 ノエル達だけでなく一五〇〇キロを越える周との国境線を帝国軍は各所で突破、進入していった。

 周軍は国境警備の軍隊を配置していたが、帝国軍の攻撃に持ちこたえるだけの兵力は、置いていなかった。

 雪解け直後、雪で輸送が困難であり、準備不足だろうという考えから、この時期の帝国軍の攻撃は無いだろうと判断していたからだ。

 故に、寡兵ながらも抵抗したが、押しとどめることは出来なかった。

 その後も軽微な抵抗を排除しつつ、帝国軍は進軍を続けて行き西原平原へ進入していった。




「敵の抵抗はなさそうです」


 騎兵連隊からの報告を纏めたブラウナーがノエルに報告した。

 九龍山脈を脱して平原に入った独立混成第一旅団は、周囲に偵察の騎兵を送り出した。

 同時に後続の部隊を収用し、進撃の拠点、進撃路の出口確保の為の陣営を設営作業を行っていた。


「良かったわ。全軍の中で一番に西原平原に到達したのよ」


「はい、アクスム軽歩兵の連中がやってくれましたから」


 先の大戦でルテティア領になったアクスムには獣人が多く住んでいた。彼らは身体能力に優れており、人間よりも肉体的に優れている。

 そこで、彼らの能力を生かすべく、彼らを兵隊として集めて遊撃戦の兵力に使うのが、アクスム軽歩兵連隊だった。

 第一旅団にも配備されており、山脈を突破する際、峠道を迂回し時には切り立った崖を上り敵の砦の背後に回り込んで攻め落としたことさえあった。

 迅速に山脈を突破出来たのは、彼らアクスム軽歩兵の能力あってこそだ。


「是非彼らの戦功を認めて下さい」


「ふーん」


 ブラウナーの進言にノエルはジト目で答えた。


「……あのなにか」


「やけに持ち上げるわね。連隊長のティアナに良いとこ見せたいから?」


「な、なにを」


「惚けないで、あの娘と仲良く会っているんでしょう?」


「軍務上必要な打ち合わせです」


 普段は色々任せてくるのに、何故か突っかかってくる事があり、ブラウナーはウンザリしていた。


「それより、後方との連絡と、後続の到着ですが、予定通りです。ただ鉄道建設は遅れ気味です」


「どういうこと?」


「建設に難しい場所が出たそうです」


「何とかならないの?」


「現在、鉄道旅団が全力で作業中です」




「ここは架橋で行く。資材を持ってこい!」


 ルテティア王国鉄道工兵第一旅団旅団長アレック・ニコルソン准将が叫ぶ。

 アクスムでの鉄道建設の功績により、昇進していたが、彼に課せられた任務に比べればささやかなものだった。


「あそこの街道に敷設出来たら楽なんですけどね」


「あの状況で作れるか?」


 ぼやく部下にニコルソンは、尋ねた。

 ニコルソンが指を指した先の街道は、兵士で溢れていた。

 ルテティア王国第一軍の将兵が西原平原に向かって進軍しているのだ。兵隊だけでは無い騎兵に、砲兵とそれが牽いて行く大砲、補給物資を積み込んだ馬車を連れて行く補給段列。

 総勢二〇万の軍勢が、狭い峠道を歩いて行くのだ。

 如何に早く部隊を西原平原へ進させるかが、グラディウス作戦の根幹である。

 補給に重要な鉄道とはいえ、その進軍を阻害するような場所に建設する訳にはいかなかった。


「それに道は意外と高低差があるしカーブもキツい。建設には向かない」


 列車は、一寸した勾配や段差でも乗り越えることが出来ないと言う欠点がある。

 街道をそのまま線路にするのは、得策ではなかった。


「だからといって斜面の中腹に支柱を立てて線路を支えるのは、無茶では?」


「他に方法はない」


 山間地での建設を研究していた王国鉄道と、戦時急造の臨時線敷設を研究していたルテティア王国軍が共同開発した組み立て式高架。

 鋼鉄を使いバラバラにして運び現地で組み立て可能。土台さえしっかりしていれば、半永久的に使用することも可能だ。

 だが、急斜面での建設の為、気を緩めると滑落の恐れがある現場での作業は困難だ。


「気を付けろ! 滑落するなよ! その分作業が遅れる」


「ひええええっ」


 こうした彼らの苦労により鉄道が建設されていった。

 彼らだけでは無く、他の軍でも配備された鉄道旅団が建設を行っており、補給線確保の為に尽力している。

 鉄道が今回の作戦の要であるため、各旅団は全力で建設を進めていた。

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