二人の秘密会見
「そんな事止めろバカ!」
大本営最終会議が終わり、退席したユリアは、帰りの馬車の中で悪態を吐いた。
西龍への移動後、ユリアは駐九龍王国ルテティア王国大使館を拠点にしている。一応、九龍王国はまだ存在しているので大使館のままだ。何時までかは解らないが、そのうち別の建物になるだろう。
そこへ帰る途中にこれまでの事を思い出して爆発した。
「あの玉なし皇帝! 自分が何も出来ないから他人に押しつけるなんて! 散々人の思いを踏みにじりやがって!」
これまで王国に対する妨害行為を一つ一つ思いだし、罵倒を付け足しながら声に出している。
「極めつけに戦争始めやがって! 一人で一〇〇万の大軍を相手しやがれゴミ虫!」
「気が済みましたか?」
同席していた親友でありメイドのエリザベスが全部言い切ったのを見計らって尋ねた。
「声に出せる分は」
「声に出せない分は?」
「引き返して剣を振り回さないと発散出来ない」
「反逆罪で滅ぼされるので止めておきましょう」
本気で皇帝虐殺を行いかねない眼をするユリアをエリザベスは制止した。
「止められないのですか?」
「ここまで来るとね」
エリザベスの問いに、力なくユリアは答えた。
自分は勇者の血を引いていて力もあるが、それは人々を守るために使われるべきだ。人々が戦争を望んでしまったなら、押しとどめることは出来ない。
ある意味、操り人形でしかない。
例え、一人の皇帝、あるいはバカによって扇動され一時の情動により人々が選択したとしてもだ。
「なんで女王なんてやっているんだろう」
その事実にユリアは、力があるのに役に立たない、と意識するより無力感を感じる。
ただ一人置いて行かれて孤立しているように感じる。
「あれ? 大使館じゃ無いの?」
気が付くと馬車が止まっていたが、大使館の玄関ではなかった。王国鉄道の西龍支社だ。
「え?」
ユリアは思わず素っ頓狂な声を上げた。そしてエリザベスに振り返る。
「申し訳ありません。スケジュール確認の際、言い忘れておりました。最終会議の後、王国鉄道へのご視察と、社長とのご会食、そして会見があることをすっかり忘れていました。てっきり大使館に戻ると思い込んでおりました」
殆ど棒読みで伝えるエリザベスの台詞を聞いて、自分が嵌められた事にユリアは気が付いた。
エリザベスがこのような間違いをする事はない。あるとすれば、ユリアを嵌めるためにワザと間違える時だけだ。
このところギクシャクしている昭弥との関係を修繕しようとしている。だが、無理に会わせようとしても拒絶するだろう。
なので公式日程にしてしまった。
戦争には鉄道の活用が必要不可欠である。そのために、王国鉄道に協力を仰ぐべく社長と会談するのは絶好の口実だ。
だが、面と向かって組み込んでしまったら、ユリアはなんだかんだと言って避けるだろう。
そこで伝え忘れた振りをして目の前に送り込めば良い、とエリザベスは考え実行した。
「さあ降りて下さい」
「うっ」
ユリアは躊躇した。
先日の昭弥への聞き取り以来、顔を合わせにくい。問い詰めるつもりは無かったのだが。結果的にそうなってしまった。何というか、止まらない、止まったら終わりという意識が強くなって、結局朝まで問い詰めてしまった。
そのため、昭弥は失神。その後もどう接して良いか解らなくて、会えずにいた。
お茶会に誘おうにも、先の行いが頭を過ぎり招くのが憚られた。
我を忘れて、行った結果なので自分の責任だが、故に後ろめたさから会うのを避けてしまっていた。
「ども」
ユリアが降りるのを躊躇っていると、昭弥の方が馬車の扉の前に出てきて挨拶した。
「お久しぶりです」
「そ、そうですね」
「この度は我が王国鉄道へ御行幸ありがとうございます。開戦前の一時とはいえ、御行幸頂けたことは、我が社の大いなる誉れです」
殆ど棒読みで昭弥は出迎えの言葉を言う。
公式行事の社交辞令で無ければ昭弥も、この前の事が頭を過ぎって無言だっただろう。この場ではこれを言わなければならない。ある種、慣習に従う習性というか本能のある昭弥にとって、今の状態でユリアに言葉をかけるには最高のアシストだった。
義務感から言葉をかけるという無味乾燥なシチュエーションだが、無言より遥かに良い行動だからだ。
最初がぎこちないのは、エリザベスも織り込み済み。来て言っただけでも計画通り。終わりが良ければ、良い。で、終わりをよくするために手は打ってある。
問題はユリアがどうするかだ。
「ええ、この度の戦争において鉄道には多いに活躍して貰わなければ」
そう言って馬車を降りると、ユリアは自分の手を差し出し昭弥のエスコートでユリアは視察に入った。その後ろでエリザベスは小さくガッツポーズした。照れて、馬車を破壊して逃げ出す次悪パターンにならず、計画通りに進んで安堵した。
視察と言っても急遽決まったことであり、主目的が昭弥との関係修復だから、各所を数分見回るだけで終える。
会食も行われて支社の食堂で二人が、大勢の関係者の前で一緒に食事を摂る。
今後の戦争において女王と王国鉄道社長兼鉄道大臣の仲が悪い、という話しが広まるのは不味い。
間に亀裂が入って鉄道関係が混乱する可能性を考えて必要な依頼を躊躇する武門や人間が出てきてもおかしく無い。非効率でも鉄道以外の方法を考えようとしたり、最悪の場合昭弥以外の人間を鉄道の責任者にするという話しも出かねない。
例え事実でも、二人の仲が悪いと言う事は否定しないといけないし、実際に修復しなければならなかった。
会食が終わると二人だけで今後の鉄道について話し合う会見に入った。
なお、鉄道の運用は軍事機密にあたる部分が多いので、給仕役のエリザベスを除いて、他はシャットアウトされる
扉が閉じて、三人、事実上二人となって話し合いが行われた。
「無理に笑顔を作らなければならないというのは辛いですね」
「ええ、全く」
ウンザリした表情で二人は同意した。
「私に笑顔を向けるのは嫌?」
言ってしまってユリアは、心の中で舌打ちした。仲直りしようとしているのに、どうして棘のある言葉を投げかけるのだ。
「作り笑いは嫌だね。ありのままを見て欲しい」
ウンザリした表情のまま、昭弥は機嫌を悪くすることも無く話し始めた。
「自分の本心と違う事を言わされるのはもうこりごりでね。思っても無い事を言わされるのは嫌だし、表情を作るのもゴメンだ」
全人格労働
ネットから引用するなら、労働者の全人生や全人格を職業に投入する働き方、仕事に振り回される人生と定義される。
昭弥は前の世界で就職したことが無いが、似たような状況に陥っていた。
良い高校に入るために、週の大半を塾通い、残りも英会話などの習い事に使っていた。本当は嫌だったが、高校に入るためと言って母親はやらせる。辞めたいと言おうものなら、とんでもない、受験に落ちたいの、と言ってなじる。本当は行きたくないのに、良い塾だから通い続ける、と言わされる。
塾では暴言、学校では虐めだったが、家の中もそうした全人格教育が行われて昭弥にとっては生き地獄、産まれてきた意味が全くなかった。
「……社長と大臣を辞めたいのですか」
「とんでもない!」
ユリアの言葉に昭弥は反射的に答えた。
「こんなにやりたいことが思いっきり出来る地位も役職もありませんよ。思う存分、いや思ったことを即実行出来る素晴らしい地位に就けて貰って本当に良かった。特に全部任せてくれたユリアには感謝している」
「沢山の秘書に囲まれて?」
「いや」
一瞬言葉に詰まったが応えた。
「いや、鉄道が大きくなって僕一人だと全部を扱うことは出来なくなって人でが必要で」
「規模を小さく出来ないのですか?」
「いや、ユリアの国は大きいから、ユリアが支えている分を支えられるようになるには、会社も大きくする必要があったし、それを維持するには彼女たちの支援が必要で」
「私の助けは必要ないと」
「一番必要」
昭弥は断言した。
ユリアに会わなければ、全てを任せて貰わなければ今の自分は無かった。そして自由に好き勝手に殆ど横槍もせず、寧ろ火の粉を払ってくれた事に感謝している。
もしユリアがいなければ、昭弥は何ら功績を残すこと無く、無意味に生きて野垂れ死にしただろう。それを自分自身が確信していただけに、救ってくれたユリアには感謝しきれない。
故に万感の思いを込めて言った。
昭弥が言うと、ユリアは昭弥を抱き寄せた。
自分自身が不要な存在、お払い箱で無い事を昭弥は言ってくれた。
ただ一言だけだが虚飾の無い、純粋な気持ちを込めた、いや、込めきれず感情が溢れて響く言葉がユリアを捉えた。
どこか遠くへものすごい勢いで進んでしまっている昭弥が自分を必要としてくれていた。それが何よりも嬉しくて、ただ抱き寄せた。
身長差があるので腰を屈めるような形になり不格好だったが二人は抱き合った。
あー、ようやく一緒になったよ。
その光景を見ていたエリザベスは、心の中で悪態を吐くと共にホッとした。
この二人、不器用だったり自分の道を進みがちと言う共通の性格を持っているから、仲の進展が遅い。
しかも、相手を気遣って距離を取ろうとするから余計にめんどい。
それでいて相手に必要とされたいという思いもあって、離れている相手に焦がれる。
複雑怪奇な心情を持っていて面倒くさい二人だ。
「自分の為にやっていると言われても信じないからね二人とも。行動で示さないと納得しないよ」
父であるラザフォードは二人をからかって遊んでいるが、その分洞察は正しく、今回の件を計画し娘であるエリザベスを巻き込んだ。
勿論、ユリアの親友であり、出来の悪い義弟である昭弥の為にも助力した。
結果は、上手く行った。下手に口で言っても無理だろうから、二人を公式日程で近づけさせ、接触回数を多くして、最後にくっつけるように仕向けた。
こんなにもお膳立てが必要では、二人きりだとどうなっていたことか
エリザベスは呆れた。
「ねえ、今回の戦争のことどう思う?」
暫くしてユリアが昭弥に話しかけた。
「無意味だね。まだ、鉄道を作る余地があるのに戦争を仕掛ける必要は無い」
「鉄道が作りたいだけでしょう」
「うん、国も発展するし」
「そうね」
「止められない?」
「もう無理ね。けど終わらせる事は出来るはず」
戦争は始まっても終わらせる必要がある。それを早める事は出来るはずだ。
「協力してもらえます?」
ユリアが上目遣いに尋ねると、昭弥は頷いた。
「勿論。少しずつ、前から進めていたんだ」




