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最終決定

 ヴィルヘルミナ元帥が到着してから続々と帝国軍の高級軍人が王都ルテティア引いては九龍王国に入って来た。

 全員、今春に始まる開戦に備えて移動している。

 部隊の移動に関しては、昭弥率いる王国鉄道の活躍によって各地に続々と配備されつつある。

 旅客で一編成当たり二千人近い乗客を輸送出来る寝台車を大量に動員して運び込んでいるので、移動は楽だ。

 装備や物資も最大三〇〇〇トン以上を牽引出来るH九型機関車をはじめする王国鉄道の大重量機関車によって運ばれていた。

 王国鉄道は旧九龍王国の西龍までの担当でそこからはハレック元帥率いる鉄道軍の役割だ。

 昭弥の鉄道会社を軍の管理下に移そうと目論んでいた仇敵だが、鉄道の運用に関しては独力で体得する努力家でもあり、その成果は出ている。

 雪の降る冬期でありながら、作業現場に潤沢な物資と装備を渡す事で、確実に線路を建設させ、各地にある軍隊の集結地へ物資や部隊を運び、国境へ向かわせる準備を整えていた。

 雪解けも進む頃になると、部隊の移動はより多くなる。

 そして、予想外の事が起き始めた。

 その一、予定より部隊の数が多くなっている。

 近年の不況により兵員志願者が増えたのと諸侯が新たな領地獲得のために動員数を増やしたのが原因だった。

 そのため運ぶ人の数が増えている。総兵力は四〇〇万を超しそうだ。

 その二、そのために運ぶ物資の量が増えている。

 列車の増発などで対応しているが、絶対数、特に積み替え時の労働力が不足しつつある。車両は何とか確保出来ているが、荷物を積み込めなければ意味が無い。ただ、予定量に達するのが遅れるだけで、作戦発動までには間に合いそうだ。

 その三、鉄道軍の為に王国鉄道からも人員と車両を徴用されている。

 ただ、新設の線路は建設が難しい場所に通していたため小さな列車しか運用出来ない。第二次大戦のバルバロッサ作戦の時、ドイツ鉄道は本国なら最大一五〇〇トンの貨物を運べる列車を運用できたが、ソ連(現ロシア)国内はレールが弱い上、枕木が少ない事もあり四三〇トンしか輸送出来なかった。

 鉄道軍でも同じ事が起きており、急造のためにレールはともかく地盤が弱い路線があり、重い列車を走らせる事が出来ない。

 大重量編成の列車や機関車、貨車が奪われずに済んで昭弥は安心したが、今後の補給活動が難しくなることに頭を悩ませた。

 その四、軍需品の生産で通常の生産、特に機関車や車両の生産に影響が出ていた。

 銃や大砲などの武器の他にも、背嚢や荷車などの備品を生産しなければならない。それらを生産する場所を確保するために機関車と客車の生産工場を軍需品の生産にあてがうことになってしまった。車検区の組み立て過程を利用して新造車を作っているのだが、機関車や車両の生産と整備に支障が出ている。

 その五、連絡事務のために、王都では無く大本営の置かれる西龍に移動させられた。

 大本営が置かれた場所に近い方がより効率的という判断により強制的に移動させられた。

 お陰で面倒な引っ越しをする事になったが、電信と電話のお陰で各地との連絡は確保出来て事務作業に支障が無いのは有り難かった。

 だが、移動の間の空白期間により、事務の混乱が起こったのが腹立たしかった。


「準備はどうですか?」


 そんな時、ラザフォードが西龍支社に置かれた執務室にいる昭弥の元にやって来た。


「私の分は終わりそうです。期日までに全ての物資、部隊を運び込む事が出来ます」


 既に九割方を運び終えた王国鉄道はこれ以降は、補給物資、交代の部隊、後方へ休暇に向かう兵士、等々の輸送になる。

 これも膨大な量だが、四百万にも上る兵員を半年ほどで輸送するより簡単だ。


「とりあえず峠は越えました」


「あとは最終決定を待つだけだな」


 ラザフォードはそう言ったが、実際は開戦が決定したも同然。

 事実上の確認作業でしかない事を昭弥もラザフォードも理解していた。

 そして今、始まろうとしている。


「そういえば、陛下とはどうだ?」


「……言わないで下さい」


 ヴィルヘルミナ元帥の爆弾発言の後、昭弥は追いかけ回され、城壁の一角に追い詰められ秘書との間柄を詳細に嘘偽り無く、一昼夜語らされ、一つ一つ説明した。

 下手に言葉を濁そうものなら大剣が脇を通りすぎて行く。

 それが数ミリズレたら昭弥の身体を鉋のようにスライスしてくれただろう。

 ようやくユリアの怒りが解けて解放された後、昭弥は失神して倒れた。


「新たなトラウマものですよ」


「? なんだいそれは?」


「心あるいは記憶の中に刻み込まれる傷とか悪夢とか、思い出すと恐怖を抱く記憶でしょうか」


「……そうだろうね」


 傍らで見ていたラザフォードもその光景を思い出して冷や汗が流れた。

 勇者と魔王は紙一重と言うが、その実例を見るのは恐怖だ。


「嫌いになったかい?」


「いえ、彼女たちと一緒にいるのがユリアは気に入らないようで」


「別れるのかい?」


「いや、彼女たちがいなくなったら仕事になりませんよ。ただでさえ仕事が多いのに」


「だろうね」


 王国、引いてはユリアの為に鉄道を運営しているのだが、規模が大きくなりすぎたので昭弥個人ではどうにもならないレベルになっている。

 昭弥の元に来る報告書は膨大で、それを纏めて重要度を決めて提出し優先度の高い者から解決策を指示して関係各所に通知する。そのためには彼女たちが必要だった。


「理解して欲しいんですけど」


「大丈夫だよ」


「よく言えますね」


「別に不貞を責めている訳では無いからね」




 作戦決行を決める大本営最終会議は、旧九龍王国王宮の一角で行われる。

 この一件だけでも九龍王国が帝国にとってどのような扱いかが解るだろう。


「では、これより大本営会議を始める」


 皇帝の宣言により、会議が始まった。

 集まっているのは幕僚総長、大本営の幕僚、各軍集団及び軍の総司令官、そして諸侯の中でも大公以上の地位を持つ人物だけだったが、部屋の中には数十人の軍服を着た軍人達貴族達が座っていた。

 ユリアもルテティア王国女王として参加しており、軍司令官として参加するスコット元帥と共に着席していた。


「帝国軍の現状について説明せよ」


 皇帝の指示を受けて、大本営幕僚総長兼国内総軍総司令官ベリサリウス元帥が答えた。

 現在帝国軍で二人しか居ない女性の元帥で切れ者との評判であり、まだ三〇代にもかかわらず元帥杖を持っていることが何よりの証明だった。


「現在、作戦参加兵力四〇〇万全てが集結予定地点に集結し、X日の作戦開始を待っているさあ。作戦命令は既に通達済みで、発令後一日で発動し周への進撃を開始するさあ。国内総軍ですが予備及び交代の兵力として二〇〇万を用意。他にも新規部隊の編成も進めていて兵力の不安は無いさあ」


 すこしぞんざいな口調だが、それが彼女だ。直言癖があり、煙たがられることがあるが、仕事が出来るので重用されていた。


「宜しい。だが、腹が満たなければ戦えん。物資はどうか?」


 補給を担当する後方主任参謀兼後方軍集団総司令官ハレック元帥が起立した。

 その瞬間、ユリアの表情が強ばったが隣に居たスコット元帥が手で制したので惨劇は免れた。


「報告いたします。物資の調達は終了し、作戦開始までに輸送する目処が立ちました。ただ武装に関しては新型銃の生産が追いつかず、武器の交換が完了しておりません。ですが主要部隊への配備は終了しており、問題無いと考えます」


 新型後装銃が高価であるのと新しいため信頼性に問題があると考えて帝国軍内や王国軍の中でも不安視する向きがあり、配備が進んでいない。そのため、積極的な部隊へ優先的に配備することで生産数の低さを補っていた。


「また新型の大砲が手に入り、重砲旅団に纏め軍集団および各軍へに配備を進めています。補給線ですが開戦前に計画した全ての鉄道線を建設完了。進撃開始後の延伸準備も整い、補給に万全の体制を整えております」


 帝国鉄道や王国鉄道から人員を集め作り上げた鉄道建設部隊を用意しており、各軍の進撃に追いつくように延伸する予定だ。


「各軍集団及び軍の準備はどうか? 遅れているところはないか?」


 皇帝が尋ねると誰も発言しなかった。準備は終えていたし、この状況で問題があることを発言しても叱責の対象になるのは目に見えていた。


「では、X日を四月一日に設定する。発令を前日の三月三一日とし、予定通り侵攻するべし。帝国にマルスの加護があらんことを」


 皇帝が宣言すると参加者全員が起立し最敬礼を捧げた。

 ここで正式に開戦が決定した。

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