総動員2
「次の車両を持って行くぞ!」
西龍郊外の操車場で怒号が響いた。
一本の貨物列車が機関車に押されてハンプ、操車場内に設けられた小高い丘へ登って行く。頂点に到達すると、連結を外された貨車が一台一台離れて行き坂を下る。
貨車は進んで行き、分岐を通過して、それぞれの目的別の路線へ別れる。
一本が終わると直ぐに次の貨物列車がやって来て、同じように分配を行って行く。
ここ数ヶ月、この操車場ではずっと同じ光景が続いていた。
「きりが無いな」
見学に来た昭弥が呟いた。
「遠征軍が必要とする物資は膨大ですから」
共に見学に来たアグリッパ大将が答えた。彼は、九龍西部を担当する第四後方軍司令官に帝国から正式に認められ、各部隊への補給を担当している。
「部隊輸送はともかく、補給品だとこうなるからな……」
補給品は一旦、後方軍集団で纏められ、そこから各部隊へ分配される。
例えば小麦なら各地の駐屯地や補給所などで購入され集積所に運ばれそこから、後方軍集団の補給所に運ばれる。そして、各部隊からの注文を受けて発送する。
通常は小麦が積み込まれている貨車をそのまま運んで行けば良いのだが、その宛先の仕分けが大変で操車場を使って行っている。
他にも補給品があるので、それらを積んだ貨車も繋げて運んで行く。そのため仕分けと連結作業が大変だ。
「こういう手間があるから、貨物輸送は大変なんだよな」
だが必要な事だった。
「部隊輸送が簡単な分いいけど」
軍隊輸送の場合、少数の部隊に別れて一本の列車に乗って移動して貰っている。
ただ、高速線や幹線なら大きな貨車を使えるが、支線レベルになると小さな貨車しか使えないために載せ替えが必要になる。あるいは運ぶ量が減るのを承知で最初から小さな車両を使って運ぶ。小さいと本数が多くなるため本線の運転本数を圧迫するし、機関車が多く必要になり走行距離が多くなって整備が必要になる。
それらのバランス調整が昭弥の仕事だった。
「人員は足りていますか?」
「軍属が増えておりますからな。現在の所は、問題無く進んでおります」
「治安の方はどうですか? 線路を破壊されると輸送出来ないんですが」
鉄道というのはテロや破壊活動の対象としては非常に簡単な目標だ。
数千キロも路線長があるのに、何処か一箇所でも破壊されると通行不可能になる。最も、破壊出来るのはレールと枕木くらいで、数時間で交換して通行再開出来る。土台となる土盛り部分は非常に強固に出来ており、少量の爆薬では破壊出来ないし、出来たとしても埋めれば直ぐに使える。
それでも運転ダイヤが乱されるのは非常に困る。
特に九龍地域は旧九龍王国軍の脱走兵が暴れている。
「ご心配なく。現在各地で掃討作戦が行われており、間もなく終わるでしょう。特に冬になると寒さで家屋、村落に入る必要があり、それらの村々を重点的に巡察し発見に努めています。春までに掃討出来ます」
ヴィンランドサーガで、主人公が属する一団がイングランド南東部で冬に遭遇して身動きが出来なくなって、ある村を襲撃して乗っ取るシーンがある。それと同じような事を脱走兵達は行っていた。
アグリッパはそのような村を発見し攻撃、掃討している。
荒野をあてども無く捜索するより、地図に記載されている村を一つ一つ潰して行き、現地で家屋の位置を聞き出して捜索に行く。
これらを冬の間に行っておけば山賊化するのを防げる。春になって食い物を求めて村々を襲撃するのを防ぐことが出来るのだ。
そのために、既に配置された部隊を展開して掃討作戦を進めていた。
「物品の補給はどうですか?」
昭弥は気になっていることを尋ねた。
実は、九龍王国より先の線路は鉄道軍の管轄になっている。これまでは管理運営を王国鉄道がやっていたが、戦闘地域になるという理由で鉄道軍へ移っていた。
王国鉄道がやるのは、九龍までの輸送と車両の仕分け、あとは鉄道軍から依頼される仕事、ようは下請けだ。
一部の機関車や車両を取られたが貸与という形であり賃貸料が入ってくる。正直、強制徴用で王国鉄道全てを奪われることも覚悟していたが、そうならなかったことに昭弥は安堵していた。
だが、自分の手から離れていても、その鉄道がキチンと使用されているか昭弥は気になっていた。
「大丈夫です。軍の移動も、物品の受領も問題ありません」
「そうですか」
昭弥は安堵した。
鉄道軍の総司令官であるハレック帝国元帥、あの元ルテティア王国軍務大臣は昭弥から鉄道を奪おうとしていて、何度も対立したが、手中にするべく熱心に運用を学んでおりその点を昭弥は認めていた。先のルテティア大戦で鉄道の効用を知っているとはいえ、自らの能力を高め実戦している姿は好感が持てる。
幾つも無理難題がやって来ても、突っぱねず解決策を提示して協力するのも、ハレックの鉄道に関する知識と運用能力、それを獲得しようとする熱意にに敬意を持っているからだ。
「嬉しそうですな」
「ええ、同じような人が出てきてくれるのは」
ハレックの能力が更に高まっていることを昭弥は素直に喜んだ。
「建設の方は大丈夫ですか」
「はい。計画通り、護衛を付けて行っております」
各地の駐屯地や進撃路に線路を敷設するべく王国鉄道の建設部門を派遣している。彼らの手によって線路が作られている。
「運転は大丈夫でしょうか」
「はい、今のところ事故の報告は少ないですね」
軍用路線のため、よほどの幹線でない限り今後の利用が期待出来ないので単線での建設を行っている。
今後辺境での運用の為にタブレット式の閉塞区間を開発して、導入しており今のところ上手く行っているようだ。
タブレット式の閉塞区間とは、単線を安全に運転するために開発された物で、待避線のある場所と場所、通常は駅間を閉塞区間に設定して、進入する列車を一つだけに限定する方法だ。発行されたタブレットを持って閉塞区間が終わる駅に持って行かない限り、ポイントを切り替える事も信号を青にすることも出来ない様になっていて逆方向からの列車の進入を防いでいる。
勿論、緊急時には解除出来るようになっているが警告が発信されるようにしている。
本来なら全ての区間を複線で建設したいが、利用状況を考えると単線で作らざるを得ない箇所も多く、今後の利用が期待出来た。
「兎に角、鉄道に関しては問題無く運用されております。御安心を」
「そのようですね」
「早く乗ってくれ、発車まで時間が無いんだ」
西龍駅で駅員が叫んでいる。
これから駐屯地へ運ばれる部隊の輸送の為に乗り込んで貰っているのだが、遅れ気味だ。
馬が乗り物の一つであるこの世界では馬と共に旅行する人が多いので、馬も運べるように鉄道が設計されていた。専用の搬入口もあり、そこから馬を連れ込んできている。
「おい、馬が隣の馬を噛んでいる。もう少し間隔を空けてくれ」
「馬は去勢しておいてくれと言ったでしょう。でないと載せられませんよ」
普通軍馬は力のあるオスが使われるのだが、去勢しておかないと気性が荒い。
特に鉄道輸送では狭い貨車に何頭も乗せるので、種馬を除いて去勢しておかないと隣の馬に噛み付いてしまう。
一九〇〇年頃の中国義和団の乱でも各国が鉄道で馬を輸送するのだが、日本は馬の去勢を行っていなかったために間隔を広げざるを得なく、他国に比べて運べる馬の数が少なかった。
その後、去勢法が広がり輸送可能頭数が増えたとのことである。
昭弥はそのことを知っており、去勢するように指示を出して置いたが、馬の力を削ぎたくない貴族や騎兵達が守ってくれない。
「流石に兵員への指導は難しいか」
その光景を見ていた昭弥は、呟いた。
視察が終わり、王都に帰ろうとしてホームに上った時、偶然見てしまった。
「初期の乗客へのマナー啓発を思い出すな。まだ鉄道を利用したことのない人が多いからな」
列車に乗ったことのある人は多くなっているようだが、大規模な軍隊移動は初めてという軍人や貴族が多い。自分の行動がどのように影響をもたらすか知らないようだ。
「そのへんでお止めになっては。一度、乗るのを諦め去勢して次の列車に乗られては?」
見るに見かねて昭弥は話しかけた。
「何だ。私を連隊長、帝国子爵と知っての狼藉か」
階級を傘に脅しかけてきた。そう言ってこちらにやって来たのだろうか。昭弥は落ち着いて答えた。
「それは失礼いたしました。ですが、より良かったと思います」
「どういう意味だ」
「帝国軍の軍令が下っており、それに反しておりますよ」
「なに?」
「先ほど大軍令第四号が下りました。鉄道輸送に関する規則です。鉄道を利用する際に必ず軍馬は去勢するべしと書かれておりますが」
「そ、それが何だと言うんだ」
「いえ、こちらは帝国元帥ハレック閣下の発議によるもので、大佐殿が破ると今後に支障が出るかと思いまして、ご注進を」
そうへりくだりながら昭弥は大佐の肩章を持つ連隊長殿に伝えた。
「そ、そうか、ご忠告感謝する」
そうして彼は、馬を連れて駅の構内から出て行った。
「やれやれ、ハレック元帥の名を借りて注意するとは私も権力の犬になったかな」
ただ敬意は持っていても、連日の無理難題にストレスを溜め込んでいた昭弥は、このようにストレスを解消していた。




