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総動員1

 碌でもない事、やりたくない事、なのにやらなきゃならない事。

 昭弥の場合、前の世界で嫌と言うほどやってきた。

 だが、それらは昭弥にとっては個人的な事であり、極論すれば自らの責任に帰するだろう。断れない状況で押しつけられ、その結果の責任を押しつけられるのは頭に来るが。

 しかし、今回はそれを他の人、見ず知らずの人に押しつけなければならないのは、その人の人生が狂わされることを実体験として知っているだけに憂鬱になる。

 それでも戦争の準備に突入するしか無かった。

 早く終わらせて約束を守らないと、いけない。

 昭弥はそう考えていた。

 連絡などで本社より王城内でのほうが仕事がやりやすいだろうと言うこともあり、王城内に執務室を設けて仕事を始めている。


「って、出来るかーっ!」


 しかし執務に入って、ものの数秒で絶叫することになったが。


「どうしたんですか」


 恐れおののいてオーレリーが尋ねてきた。

 彼は元々昭弥の元で秘書をしていてくれたのだが、後にユリアの元に移った。

 ただ、戦争前の準備で忙しいだろうと言うことで昭弥の元に一時的にだが戻ってきてくれた。


「帝国からの発注書、というより命令書だろうな。増産しろと言ってきていやがる」


 戦争の準備で武器弾薬を増産しろと言っているのだ。

 特に、鉄道兵器製造では後装銃を作っている。他では出来ない製品で注文が殺到している。他にも新型の大砲などを大量に注文している。


「普通では?」


「三〇〇万の兵員に行き渡るようにだぞ」


「え……」


 王国軍の一部にようやく行き渡るようになった新兵器だ。

 王国軍への配備を目指して月間三万挺の生産がようやく始まったのだが


「帝国軍は来春の開戦までに用意しろと言っている。半年もないのに」


「……出来ますか」


「ライン増やしても無理だ」


 で、ラインが出来ても春になれば受注は激減。作ったライン分の遊休施設が出来て会社が損をする。


「まあ、何とかラインの増設分の予算を分捕るけど、他にも大砲を生産しろとか、装備品作れとか、無茶苦茶だ。でもってそれで機関車や客車を増産しろと言うんだからたまったものではないよ」


 他にも被服、個人への支給品、日用品など生産するものは山ほど有る。

 それらの生産も求められてきていた。

 一部は倉庫を改造すればどうにかなるが、大型の装備品だとそうもいかない。


「出来る訳無いだろう」


「何故ですか?」


「どこで生産するんだよ。工場が限られているのに」


 いつもより声を荒らげつつも昭弥は説明した。

 工作機械もそうだが、それを設置する場所、建物も問題だ。

 工場は機械配置を容易にするため極力柱を立てないように建設されるので、作りにくい。工作機械は精密だから屋外に置く訳にも行かないし、雨の中作業しろというのも酷だ。


「機関車工場や客車工場の機械を置き換えて生産するしかないか」


「それでは機関車や客車の生産が出来ないのでは?」


「……しゃあない非常手段をとるか」


「どうするんです?」


「機関車と客車の組み立て工場を止めて他で組み立てる。部品に関しては倉庫とかで分散すれば大丈夫だろう」


「そうですけど、組み立てはどうするんですか?」


 部品の生産に関しては意外と簡単だ。

 何しろ部品の一つ一つは小さいので、作るのが簡単だ。

 だが、それを組み上げるのは結構広い空間が必要になる。大勢の人が集まり、部品を組み上げて行くためだ。

 ケネディー宇宙センターにあるロケット組み立て棟が世界最大級の建物になったのも、巨大なサターンⅤ型ロケットを組み立てる必要があるから、あの大きさになった。

 それと同じで、巨大な機関車を作るにはそれなりの大きな工場が必要になる。


「それに関しては、出来る場所があるから大丈夫。さて組み立て担当者である彼らをそこへ転属させよう。それといくつか指示を出さないと」




 数日後昭弥はその成果を確認するべく、検修区に向かった。

 検修区とは簡単に言えば車両の整備工場だ。

 鉄道車両は車検と同じく、一定期間か距離を走らせたりすると検査を受ける。その検査を行うのが検修区だ。

 昭弥も同じ仕組みを作りだし、検査を行っている。


「あのここで生産しているんですか」


「そうだ」


 付いてきたオーレリーに説明しながら昭弥は中に入っていった。


「皆さん検査を真面目に行っているように見えますけど」


 中では入って来た機関車が何人もの検修員が取り付いて部品を外して行く。そして、クレーンの綱を車体に取り付けて、持ち上げている。

 車両から装備を外して行き、完全にバラバラにして部品一つ一つを検査する。

 これが検査の内容だ。


「何処で生産しているんですか?」


「入り口と出口を見比べてみてくれ」


「?」


 言われてオーレリーは入り口と出口を見ると、奇妙なことに気が付いた。


「……車両の数が違いませんか?」


 入ってくる機関車の数と、出て行く機関車の数が合わない。出て行く機関車の数が多かった。


「その通り、検査済み機関車組み立て作業の間に新品の部品を入れて新しい機関車を作っているんだ」


 検査が終わった部品は、合格すれば送り出され、不合格なら交換されたり修理されてから戻され、再び組み立てられる。

 昭弥は最後の組み立てに目を付けて、検査を受ける機関車と機関車の間に新品の部品を入れて、全く新しい機関車を作り出していたのだ。

 完成後の検査も、研修後の最終検査と同じようにやれば良いので、その意味でも効率的だった。


「検査した部品を組み立てるのも、新品を使って組み立てるのも同じだからね」


「なるほど、凄いですね」


 実は、整備工場での生産は第一次世界大戦と第二次世界大戦の時に日本の鉄道院と鉄道省が行っていた。

 第一次大戦では戦争による機関車輸入途絶と好景気によるSL増備に対応するため、第二次大戦でも民間が軍需に振り向けられたため、自らの工場で二二六両の機関車を新造している。

 しかも工作機械が軍需に向けられたため、工作機械を各工場で自作し各種八四六台を送り出しているのだから恐れ入る。


「これなら増産出来ますね」


「そうだな」


 尊敬の眼差しを向けるオーレリーから顔を背けて昭弥は、相づちをうった。

 バツが悪いからだ。

 この方法が採れた理由がある。

 そもそも、どうして最初からやっていないのか。

 元々検修に使う施設なので検修車両のみを組み立てるので、新造機関車は考慮されていないからだ。

 では、どうして今出来るのか。

 今より機関車が増備された状態を想定して、検修能力を高められるように工場を大きめに作っていたことも理由だが、真の理由は検修の車両を少なくしたからだ。

 機関車の数は増えているのに検修を受ける数が何故少なくなったかというと、検査までの期間と走行キロ数を鉄道大臣権限で伸ばしたのだ。

 鉄道というのは機関車や列車が走ってこそ利益になる。しかし検修の間は走れないので経費ばかり出て行く。

 安全の為に必要と分かっていても検修の時間や費用は安くしたい。

 そのため、検修までの期間やキロ数を伸ばす研究、部品の耐久性の向上、整備性の向上、メンテナンスフリー部分の拡大など、は常々行っており、その成果を元に徐々に伸ばしている。

 今回はそれを先取りしたのだ。

 車の車検期間を延ばしたようなものだ

 更に新造列車の検査期間を延ばしている。車の車検が新車なら期間が伸びるのと同じだ。

 お陰で検修にやって来る機関車の数が減っており、増備する機関車の数を増やすことが出来た。

 あまり褒められた手段ではないが、安全係数を大きめにとってあるので事故は起きないはずだ。

 更に念を入れて機関車を走らせないようにしていた。

 部隊や共に運ぶ必要のある装備、必要な物資、直ぐに必要な物は、やむを得ないから直ぐに運んでいる。

 だが、今すぐ必要でない物、予備の装備や食料、備品、物資は船で運ぶようにしていた。

 トラキアからチェニスまではアルプス山脈があり、鉄道以外に運ぶ事は出来ないので全て運ぶがチェニス以降は、インディゴ海があり、予備の物資などは船で運ぶようにしていた。

 こうすることで、機関車や車両の走行距離を減らし、検修の必要な車両が増えないように工夫していた。

 だが、ほぼフル回転で動かしているため、確実に走行距離は大幅に増えていた。


「あー、頭が痛い」


 しかも増備すればするほど、機関車の数は増えて検修が必要な車両も増える。

 悪循環に昭弥はウンザリした。


 ファアアアアアン


 その時、一両の機関車が汽笛を上げて進み出した。

 今までに無く巨大な機関車が蒸気の音を上げてピストンを動かして進んで行く。


「凄い機関車ですね」


「最新型のH九型蒸気機関車だ。軸配置は2-D-D-2。史上最強の機関車だ」


 ビッグボーイという機関車をご存じだろうか。

 アメリカで製造された史上最大の機関車。

 もっと重量があり力の強い機関車もあるのだが、成功を収めた機関車としてはビッグボーイが世界最大だろう。

 先輪の後ろに四つの動輪が前後に並ぶ八輪。動輪が八個というのは今でも殆ど無い。

 国鉄が使っていたSLでも四輪までで、五輪は希。

 JRで使われる電気機関車はEF66をはじめ動輪六輪が多いし、ディーゼルもDD51のように四輪が多い。

 それがH、動輪八個というのは世界的にも少ないだろう。

 ビックボーイは11.4‰のワサッチ山地を三三〇〇トンの貨物車を引いて越え、その後の平坦地を時速一〇〇キロ以上で走るために作られた機関車で、それまで坂道を登るのに補機、補助の機関車が必要だったが、ビッグボーイは不要にした。


「一見マレー式だけど、単式膨張型間接式、全てのピストンに同じ高圧蒸気を送り込むタイプだよ。マレー式は蒸気を高圧ピストンに送り出した後、低圧ピストンに再び入れて使うタイプでそれとは別物なんだ」


 マレー式は、単式に比べて蒸気を有効利用出来、水と燃料を節約することが出来る。

 だが、成功すればの話しだ。

 低圧ピストンと高圧ピストンの比率を厳密に設計しないと効率が悪くなり、かえって燃料と水を無駄にする。

 更に成功しても、低圧と高圧のピストンに必要な部品をそれぞれ用意しないといけない。普通、高圧より低圧の方が蒸気圧が低いため大きなピストンを必要とするため、部品の種類が多くなる。他にも高圧と低圧のピストンを結ぶための配管が必要で、部品が多くなる上に、整備性が悪くなる。


「単式を二つにすれば、同じピストン四つで済んでそれらの部品を共通にすれば、必要な部品の種類を減らすことが出来る。連接棒も左右の二種類で済むし、配管も取り回しが大変だけど、口径は同じ物を使えば大丈夫だ、以上の事からこの方式を採用したんだ。お陰でこの図体にかかわらず、整備性、検修に掛かる時間は短いし、部品の調達が楽で……」


 その後も昭弥はずっと説明を続け、聞き役のオーレリーが居眠りをするまで続けた。

 それだけ帝国からの要求が無茶ぶりだったので、こうして自分の蘊蓄を語って気晴らしをしなければやっていけなかった。

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