昭弥の恩師
「しかし、君は本当に凄いな」
一通り打ち合わせが終わった後、ラザフォードは昭弥に話しかけた。
「? 何がですか?」
「鉄道の知識だけで無く、経済や軍事の知識も豊富だ」
「鉄道は単独では成り立ちませんからね」
鉄道は膨大な資金が必要であり、強靱な経済基盤、豊かな経済状況でないと建設出来ない。その後の経営でも、利用者の経済状況に左右される。
故に鉄道に関わる経済に関して強くなった。
軍事に関しても大量輸送に関しては他の交通機関より優れている面が多く、軍事利用されたため、鉄道の歴史の中でも軍事の記録が多く、自然と覚えていた。
「それにしてはかなり膨大で有効な知識が多いな。生まれた世界では、そういうことを教えるのかい?」
ラザフォードは王国宰相であり昭弥の義父という事もあり、昭弥が異世界からの転移者である事を知っていた。
「まあ、先生が良かったんでしょうね」
昭弥は苦笑しながら答えた。
昭弥には何人か恩師とも呼べる先生がいる。
暴言を与え続けた塾のオーナー教師も、こういうクズが世の中にいるという事実を与えてくれた意味では恩師だが、反面教師だ。
実際の恩師と言える存在は、何人かいる。
まずは中学時代の担任で、英語の教師だったがストレートに物事を言う教師だった。
不登校気味になったとき、下手に登校しろ言わず、興味のある事で良いから新聞や本を読むように言った。
「漫画やアニメを見ても良いけど気になったことは必ず調べるんだ。好きな事があるなら、本心から好きになるようにキチンと調べて、理解して上げよう。それと短所を見つけても嫌いにならず、どうしたら短所が現れず長所を活かせるか考えよう」
徒に否定せず、寧ろ長所を伸ばすような言葉だった。
お陰である程度、勉強が出来、知識も増えていった。学力も直ぐに追いつき学校へも通いやすくなった。
授業も分かるところを集中的に強化して試験の点数も赤点回避も出来、高校への進学も出来た。ただ高校選びに失敗して、再び虐めに遭い今度は完全に不登校と転校となった。
だが、転校先が単位制総合高校だったことが昭弥には良かった。
不登校の生徒を受け入れる高校で興味を持てるように様々な授業、それも大学レベルの講義さえ行っていた。
その中で科学技術史を教えていた教師が凄かった。
物理学の博士号を取っている人なのだが、何故高校で講義しているかというとミリオタだったからだ。
物理学というと非常に難しく、それこそ新元素の発見やノーベル賞級の研究を行っているように見えるが、研究の幅が広く科学技術史も範疇に入る。
その教師は変わっていると言うより、真剣すぎた。
「軍事はその時代の最新の科学と技術の結晶であり、これを調べれば、その時代の科学技術のレベルが分かる」
そう言って、徹底的に軍事史を調べまくって論文に纏められたが、認められなかった。
平和主義、戦争アレルギーの強い日本で軍事関連の研究などタブーに近かった。憲法の学問の自由、公共に害を与えない、刑法に反する様な事を行わない限り自由に研究できる権利など適用外なのだ。
そのため、うちの高校に来てしまったのだが、教条的な授業、机上の空論的な授業ではない、データや記録に裏付けされた実戦的な授業だったので昭弥には役に立った。
特に鉄道は近代以降の戦争で欠かせないので、良く教わった。
それどころか、昭弥が鉄道マニアと知って、軍用鉄道の事を教えると共に、鉄道の運用方法について昭弥の元に質問に来るほどだ。
お陰で軍事に関してもマニアレベルの知識を得ることが出来た。
歴史の先生も凄かった。
本職の歴史学の先生だが、日本の歴史学は政治史が中心で政治的な出来事を中心に研究することが多く、政治的な面からしか見ない。そのため、一部の事件や現象について理解が難しい部分がある。
だが、その先生は経済的な理由で事件が起きることが多いと考え、経済学的な面からの解析を行い論文を書いたが、やはり認められず、うちの高校で歴史を教えた。
お陰で経済面について、よく勉強出来た。
他にも実習的な事業が多かったこともあり昭弥には、最高の高校だった。
だが故に突きつけられた。
自分が何になりたいのかだ。
思春期だけで無く、一生ものの悩みだが、通うにつれて自分の興味があることで身を立てる方法が無い事に気がつき始めた。
確かに授業は面白くやりがいもあったが、それが自分の将来にどのように繋がるか見えず、申し訳ないという気持ちから、後半に入ってやはり不登校気味になった。
鉄道会社に入っても、自分の知識を活かせる職種が無い事に気がつき始めた。
鉄道が好きで、技術と経済、歴史に詳しくそれを活かせるとしたら総合職くらいだが、現業職と違って大学を出る必要があり、あちらこちらの部署を回って一人で動かせるようになるには十年単位で時間が掛かる。
社会的な経験がないので仕方ない面もあるが昭弥にはその時間が煩わしかった。
鉄道関連の研究者という道もあるが、昨今の不況で研究費が削減されているため、研究員の登用は少なく、あっても期限付のフェロー、非正規雇用研究員のみだ。
だが、運良くこの世界に転移してその知識を活かせたのは本当に良かった。
「恩師から貰った、その知識を生かしてこれからもどうか頼む。戦争が終わってからだが陛下とも結婚するんだし」
「……そうですね」
からかい混じりにラザフォードは言ったが、予想外に昭弥が言葉を濁すように受け流したことに疑問を抱いた。
執務室を辞した昭弥は鉄道の仕事を片付けるべく、本社に戻っていった。
社長室で一通り必要な処理を終えて休憩していると、訪問者が来た。
「やあ、昭弥」
「ティーベ」
昭弥の友人であり、帝都支社を任せているティーベだ。
「会議が終わってこっちに戻ったって聞いて、来たんだ。疲れているだろう? お茶にしないか? ケーキを買ってきたんだけど」
「ありがとう」
そう言って昭弥は本心から感謝を述べお茶にした。
暫くティーベと歓談してから、彼は話しを切り出した。
「そういえば、遂に結婚するんだって?」
「ぶっ」
ティベリウスに尋ねられて咽せた。
「何処から聞いたんだい?」
「結構、噂というのは入ってくるものだよ」
「……帝都まで知られているの?」
「そうだよ。というのは冗談でここに来る前に王城に行って女王様から事情を聞いたんだよ」
嬉しすぎて、踊りながら話していたことをティーベは隠していた。そしてラザフォード公爵に言われて昭弥の元に来ていることも隠していた。
「そっか」
「なんだか気乗りしないね。結婚したくないの?」
「結婚はしてもいいけど。その後が嫌なんだよ」
「何?」
「親業だよ」
心底、嫌そう、嫌悪を隠すこと無く、まるで仇敵に出会ったような殺意を剥き出しにした感情を込めて昭弥は言った。
あまりの迫力にティベリウスは一瞬、息を呑みこんだ。
だが直ぐに気持ちを立て直し昭弥に話しかけた。
「……子供が欲しくないのか。子供嫌い?」
「いや、子供はいいよ」
昭弥は意外かも知れないが子供は好きだ。特に鉄道好きの子供が好きだ。
彼らが電車を見ている横で説明をして上げると目を輝かせて喜んでくれる。だから昭弥は子供に対して嫌悪感は抱いていない。
「ただ、親というのがどうもね」
昭弥は話しをはぐらかした。親友とはいえ家の事情を話すのを躊躇っているのだとティベリウスは判断しそれ以上聞かなかった。
昭弥がはぐらかしたのは、それもあるが異世界出身であり、親友でも言うべきでは無いと判断したからだ。
「向こうの世界で何か有ったのかい」
「!」
ティーベの口から放たれた言葉に昭弥は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。
そして直ぐにティーベに視線を向ける。
「ああ、落ち着いて。別に君が漏らした訳ではないよ。ラザフォード公爵から聞いたんだよ」
それは本当だった。ティベリウスの人柄と昭弥との関係を見て、話し相手になれる同性の友人が必要とラザフォードは判断したのだ。
「だから、話して大丈夫だよ。勿論、話したくないなら、話さなくて良いし、どんなことを話されても、話さなくても僕は親友だよ」
ティーベの言葉は一寸した嘘だ。
本当は昭弥に話して貰おうと思っている。だが、お人好しに見えて意外と頑固で口が硬い昭弥から無理矢理聞き出そうとすると、かえって意固地になり話してくれない可能性が高い。だから昭弥から話すかどうか選択肢を与えてみた。
少なくとも昭弥はティーベの事を親友と思っているしティーベも親友以上に思っているので昭弥の事を聞いて悪いようにはしない。
そんな信頼感から昭弥はポツリポツリと話し始めた。
「母親が知る限り酷かったからだよ」
元いた世界の親、自らを生んだ親というのは昭弥にとってクズとも言える存在だった。
かつての昭弥は鉄道をそれほど愛していなかった。普通の子供より少し好きで、時折貰う小遣いやお年玉で、グッズを買ったり乗りに行くくらいだった。
だが、中学校になると状況が変わる。
進学に不必要な鉄道趣味を母親が不要と考え始めたのだ。
「将来のために頑張って勉強しなさい。そのままで将来失敗したらどうするの。良い塾に行かせてあげるから」
そう言って鉄道関係の時間を減らし習い事や塾に充ててきた。それならまだ我慢出来たが、鉄道旅行用に貯めていた昭弥の貯金を勝手に塾の追加講習の費用に充てると宣言した。これには昭弥は反対し勝手に引き出さないようにと懇願するが、
「あんたのために塾に行かせて上げているんだから。折角の講習なのに受けないなんてダメよ」
と言って勝手に引き出し申し込んだ。
結局その塾のオーナー講師とウマが合わない上に、昭弥の人格を否定するような言葉ばかり言うので音鉄の知り合いに録音機材を借りて録音して警察に相談に行き暴行罪で告訴して貰って塾を辞めた。
で母親は何と言ったかというと
「あんな酷い先生だとは思わなかった」
更に自己弁護を行って仕方の無いことだと身を守るような事ばかり言う。
流石にこれには昭弥も怒り、母親の行動を全否定し人格を中傷する言葉を投げつけた。
それ以来、母親との関係は冷戦状態となり、最小限を除いて不干渉という形になった。昭弥は塾での精神的疲労もあって学校関係も悪化して不登校気味となり、ますます鉄道趣味にのめり込んでいった。
「僕には親という立場、職業が詐欺師や泥棒と同意義で、嫌悪すべき存在なんだよ。だから、そんな地位に就きたくないんだ」
何があったか、ティーベには理解出来ないような部分を省いて昭弥が語り終えて、最後に自分の気持ちを載せて伝えた。
「……なるほどね。じゃあ、いっその事結婚止めるかい? 独り身でも親友の僕がいるし」
「ありがとう。けど、ユリアとは一緒にいたいんだ……」




