大軍令
リグニア帝国軍大軍令第三号<周侵攻作戦グラディウス>について
1.本作戦の法的根拠
大軍令第一号<周に対する宣戦布告>に基づき、周への侵攻作戦を発動する。そのための作戦を<グラディウス>と命名。帝国軍は遅滞なくこれを実行せよ
1.本作戦の目的
本作戦は東方の大国周の制圧による東方の安定支配である。参加将兵は帝国の今後を左右作戦である事を肝に銘じよ
1.本作戦の目標
目的達成のための最大の障害となるのが、周軍である。目的達成のため、本作戦目標を周軍殲滅とし、参加部隊はそのために全力を尽くすべし
1.動員について
大軍令第二号<周国への宣戦布告に伴う戦時体制への移行、及び動員>に基づき、参加軍の戦時動員開始、及び物資の調達、輸送、集積を遅滞なく作戦開始日X日に備えて即時実行せよ
1.帝国軍戦時編制
作戦にあたり帝国軍を以下に再編する。
大本営
最高司令官 皇帝フロリアヌス
幕僚総長 帝国元帥ベリサリウス
東方総軍
総司令官 皇帝フロリアヌス(兼任)
国内総軍
総司令官 帝国元帥ベリサリウス(兼任)
他は別紙参照
大本営は全軍の統制にあたり、指揮権は最高司令官である皇帝陛下にある。指揮下の部隊は東方総軍及び国内総軍配下となる
東方総軍は周への侵攻を主任務とし本作戦への主要戦力となる
国内総軍は、帝国本土内における部隊の指揮に責任を持つ。主要任務は治安維持、部隊の新規編成、再編成、訓練、動員、輸送とし東方総軍への支援を行う。
1.東方総軍戦闘序列
作戦実施のため、東方総軍を以下のように編成する。
東方総軍総司令部
総司令官 皇帝フロリアヌス
総参謀長 帝国元帥ベリサリウス
後方主任参謀 帝国元帥ハレック
総軍直轄
帝国近衛第一軍、鉄道軍
北方軍集団
第一軍、第二軍、第三軍、第一鉄道軍団
中央軍集団
第四軍、第五軍、第六軍、第二鉄道軍団
南方軍集団
第七軍、第八軍、ルテティア王国第一軍、第三鉄道軍団
決戦軍集団
帝国近衛第二軍、諸侯連合軍、第九軍、第四鉄道軍団
後方軍集団
第一後方軍、第二後方軍、第三後方軍、第四後方軍、第五後方軍、第五鉄道軍団
各部隊の所属は別紙参照
1.各軍集団の任務
北方軍集団、中央軍集団、南方軍集団は、X日にそれぞれ与えられた進撃路へ侵攻。敵の攻撃を排除しつつ九龍山脈を突破。西原平原へ進出し橋頭堡を確保し後続の受け入れ態勢を整えよ。
橋頭堡確保後は、周辺への索敵、威力偵察を行い敵主力軍の発見に努めよ。
決戦軍集団は、敵主力発見後、直ちに急行。敵主力に決戦を挑みこれを殲滅する。
後方軍集団は、各軍集団の支援及び後方地域における治安維持、部隊の再編成、休養、補給、輸送を行う事。
1.後方軍集団の任務
後方軍集団は各軍集団の支援、及び担当地域を以下の通りとする。
第一後方軍 北方軍集団担当九龍王国北東地域
第二後方軍 中央軍集団担当九龍王国東部地域
第三後方軍 南方軍集団担当九龍王国南東地域
第四後方軍 九龍王国西部地域、各後方軍支援
第五後方軍 ルテティア王国全域ティベリウス伯爵領及びトラキア担当、各後方軍支援
なお、前線の進出により後方地域の見直しを各軍集団と適宜行うべし。
1.鉄道軍の任務
本作戦における最大の要は鉄道であり、将兵、物資の迅速なる大量輸送を可能とする。
故に本作戦においては鉄道を最大限に生かすべく、鉄道軍に東方総軍における全ての運用権限を与える。
各軍集団に与えられた鉄道軍団は、主として軍集団内の鉄道運用、保線、管理、駅業務、荷役とする。
ただし治安維持、匪賊討伐のための装甲列車運用は鉄道軍司令部より各鉄道軍団へ派遣し各軍集団司令部の命令を受けて実施する。
1.事前準備
別紙に基づき各軍集団の集結予定地域を定める。命令に従い、各軍集団は将兵の移動、物資の集積を三月一五日までに終了せよ。
1.参加将兵諸君へ
勇敢なれ!
「……つまり、帝国は前方に部隊の大半を展開して各個に進軍して九龍山脈を越え周に入る。周に入れば、周の軍勢がやって来る。それを見つけて決戦軍集団が鉄道を使って輸送して兵力差で勝とうという事ですか」
王城の一室、ラザフォードの執務室で送られて来た大軍令の内容を読み終えた昭弥が呟いた。
九州王国は王族がいなくなったため臨時にリグニア帝国皇帝が兼任し、戦争後に王族を見つけ即位させることになっている。だが、見つからずにそのまま、皇帝が兼任するのだろう。
「不可能では無いだろう。鉄道の建設は出来そうかい?」
意見を聞こうと思って呼びかけたラザフォードが尋ねた。
「一応、建設は進めています」
九龍山脈には十の峠道があり、その内の最南端の峠を除いた九つの峠が周に通じている。
その九つの峠で鉄道の建設が急ピッチで進んでいた。
「測量は一応終わって建設するだけです。冬になって建設速度は落ちるでしょうが、来春までに我が軍によって確保された箇所まで建設出来ます」
「その後も建設出来るかい?」
「詳しく調べないとどうしようもありませんが、可能だと思います」
一般的に一つの山脈内なら一部の例外はあっても、大体似たような地形が多いため、ある地域で出来たのなら建設することは可能だ。
登山をするとき、同じ山系内の山なら似たような登山道になるのと同じだ。
勿論例外はあるが、大半は同じように建設出来る。
「では、建設は可能なのだね」
「ええ。けど、建設しても曲がりくねった路線になるので速度は余り出せませんね。二十キロから四十キロでしょうか」
通常ならトンネルを掘って直線的に作るのだが、建設に時間が掛かるので、山肌に沿って曲がりくねった路線になるだろう。
下手をすれば、上越線の湯桧曽から土合間並みにループ線が出来るくらいに。
「そうなると、運べる量は少ないですね。千トンいくかどうか。五百トンが平均でしょう。単線のみの場所もあるのでしょうから、一時間に一本。一日に最大一万二〇〇〇トンを運べれば良い方でしょう」
「……前に言った一〇万トンから少なくなっていないかい? 五〇万トン以上を運べるとか」
「それは、アルプスを越える線路の合計です。王国と帝国本土の間には輸送需要が非常に高いのでそれだけの能力が必要なのです」
ただ、それでも足りない。将来的にはもっと増えることが予想されるので輸送力の拡大を更に計画していた。
「一方九龍は短期間で作るため線路が悪くて運べる量が少ないですからね。こんなものでしょう。徐々に改良して行けばもっと運べるようになります。一つの軍の編成はどれくらいですか?」
帝国では軍団をいくつか纏めたものを軍と呼んでいる。
「大体二〇万だな」
「なら一日二千トン運べば良いので問題無いでしょう。あのあたりは人口希薄地帯なのでほぼ全て軍需品と部隊の輸送に使えます」
無理に笑うように昭弥は答えた。逆に言えば軍用以外に使いようが無く、戦争後は利益を得るのに苦労するのは目に見えている。
「勝利出来ると思うかい?」
「三〇〇万の軍隊を破る方法があるのですか? しかも私が提供した兵器を使っている軍隊相手に」
「言い方が悪かったな。そんな軍隊の戦闘では無く、この戦争に勝てるかと言うことだ」
顔は笑っていたがラザフォードの目は笑っておらず、昭弥を試すように、いや見極めるように尋ねた。
「……不明ですね。軍隊が壊滅しても降伏してくれるかどうか。一度の戦いで相手の軍隊を全滅させても相手がそれで戦う意欲を失うかどうかは、相手次第ですから。全滅して即時負けが決定するなら話しは別ですが」
太平洋戦争時、日本はマリアナを決戦と言ったが負けても継戦意欲は衰えずフィリピンで戦った。それも負けて勝ち目が無くなっても継戦意欲は衰えず沖縄決戦となり、また負けたが本土決戦を唱えて戦おうとした。
結局原爆と補給路の断絶で降伏した。
既に補給が来なくて物資が欠乏しており、交戦不能だった。それでも日本は戦う意志を、少なくとも上層部は捨てなかった。だが、原爆という圧倒的な破壊力を持つ新兵器を前にして、ようやく交戦の意志が折れ、無条件降伏へ向かう。
以上の例からも相手の戦う意志を失わせるのは難しい。
大国なら尚更だ。
「負けを簡単に認める国ですか?」
「無理だね」
中華思想に似た思想を持つプライドの高い周が簡単には負けを認めることはないだろう。
戦いが長期化する予感が二人の間には流れた。




