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宣戦布告

「帝国は今不当な侵略を受けている」


 帝都の元老院において皇帝フロリアヌスは一つの宣言を行い始めた。

 フロリアヌスは演台の上に立つと、深刻そうな顔をして役者のような大げさに身体を動かし、良くとおる声で伝える。


「先月、友邦である九龍王国においてクーデターが発生し我れらリグニア帝国に対して救援を求めて来た。友邦の危機を見過ごすことの出来ない我ら帝国は、直ちに軍を派遣。クーデターを鎮圧した、残念ながら力及ばず国王である蒋国王は殺されてしまったが、友邦が不安定になる事を望まず、我ら帝国が変わって統治し、治安と民心の安定に尽力した。だがこれを周は侵略と非難しあまつさえ二〇万を超す大軍を派遣し国境を侵し占領せんとした。直ちに近隣にいた帝国軍と王国軍が迎撃を行い果敢な迎撃戦を敢行。僅か五万に満たぬの軍勢で周軍二〇万を完全殲滅した。これは我らの側に正義があったからであり、不当な侵略を行った周への天罰である。だが、周の蛮族共はそれが理解出来ず、再び侵略しようとしている。これを座して見過ごすことはリグニア帝国皇帝として到底出来ない。故に私は帝国の未来のために周に対して宣戦を布告する。この度の懲罰により東方が安定し帝国に安定をもたらすことを私は望む」


 事実あるいは事情を知るもの、事態を性格に見抜いた者にとっては、失笑あるいは噴飯物の厚顔で述べる言葉に呆れるしかない。

 しかし、止めがあった。


「それに伴い大軍令を発し大本営を設置、私自らが指揮をとる親征を行う。戦いの神マルスよ。帝国に勝利をもたらしたまえ」


 皇帝が天を仰ぎ見るように言い放つと、元老院の議場から万雷の拍手が送られ皇帝の提案はほぼ全員一致で了承された。




「ふふふ、どうだガイウス」


 演説を終えた皇帝は演台から降りて舞台袖に行くとガイウスに話した。


「お見事な演説でした」


「ああ、これで開戦。事実上戦時体制に入る。故に皇帝には非常時大権が適用出来るようになる」


 元老院を中心とした民主主義を採用している帝国だが、戦争や災害の非常時に会議を開き話し合っている間に事態が悪化することを避けるため、迅速に対応出来るよう皇帝に非常時大権を与えている。

 皇帝の非常時大権は帝国の仕組みを変える以外のありとあらゆる権限が与えられ、自由に出来る。


「早速、帝国軍を増強するための大軍令を出さなければならんな。物品の調達、徴用、収用を行うのだ。戦争に必要な施設の接収も始めなくては」


「はい」


 その中には当然、鉄道も含まれている。先の民営化のせいで分断された帝国内の鉄道が再び帝国鉄道の元で統一されるのだ。


「しかし、戦費がかさみますな」


「致し方有るまい。必要な費用だ。帝国が纏まるためにはな」


 帝国は広く強大だ。

 そのため、常に分裂の危機をはらんでいる。故に歴代の皇帝は統一を保つための施策に心血を注いだ。

 フロリアヌスも例外では無く、彼が鉄道を強力に進めるのも帝国の統一を保つためだ。

 鉄道は現状、陸上において最速にして最良の輸送手段だ。大量の物資、人員を運ぶ事が出来、遠方と遠方を結びつけることが出来る。これまで各領地内でほぼ完結していた帝国の物流や交流が帝国全土に広げて行ける可能性を秘めている。

 それらの結びつきが帝国を豊かにすると共に帝国の統一を維持する力に変わる。

 だからこそ鉄道を統一し発達させる方策を強めていた。

 今回の宣戦布告も帝国の統一を強力にする非常時大権を使って帝国の結びつきを強め各貴族領の独立性を弱める狙いがあった。


「恐れるなガイウス。帝国の分裂は何としても避けなくてはならん」


「はい……」


 以下に帝国への権力を集中さえ貴族の独立を抑え帝国の統一を維持する。それが皇帝の至上命題だった。




「結局、戦争を望んでいたようだね」


 皇帝の宣戦布告文を読み返していた昭弥は呆れ返った。

 西龍で巻き込まれた一連の騒ぎは、全てこの宣戦布告の為だった。

 結局、昭弥達は皇帝の手のひらの上で踊らされていただけ。

 鉄道には強くても、政治的な手腕に関しては帝国の方が上だ。


「小さな嘘は直ぐにばれるけど、大きな嘘はばれにくいからね。あまりにも大きすぎて、真実と見間違ってしまうよ」


 そう返答したのは昭弥の友人であるティベリウスだった。

 帝国貴族だが、昭弥の鉄道会社へ入社して働いてくれている。現在は帝都支店の支配人をしており、帝国本土方面の交渉や売買、情報収集を行っていた。

 今は帝都の状況、皇帝の宣戦布告とそれに対する貴族や諸勢力の反応を知らせるために昭弥のいる王都本社の社長室に来ていた。


「と言うより真実になって欲しいんだよね。ばれたとき、損害を被る人が多すぎるから」


「被害者の数が多すぎて被害が大きくなるのかい?」


「そういうことだね。今回の宣戦布告で各貴族が新たな領土獲得を夢見て動いているから」


 昭弥は呆れ返った。

 最近、帝国王国を問わず貴族領の経営は厳しい。領地内で経済が回っていたときは良かったが、外から新たな商品を簡単に運んでくる鉄道が開通してからは経済が乱れている。

 特産品があれば別だが、ない場合は徐々に衰退している。

 そこで新たな領地を得て収入を増やそうと考えているようだが、前時代過ぎて呆れる。

 そもそも、産業が発展した今の戦争を貴族が戦えるのか、戦費を調達出来るのだろうか。


「でも、こんなのを信じている人がいるのかい?」


「皇帝の言葉には、信頼があるからね。例えどんな皇帝であれね」


「そうなのかい?」


「ああ、地位があるからね。それなりの信頼がある」


 ネットどころかテレビもラジオもなく通信技術の発展していないこの世界では、権力者の声というものは大きな影響力があり、皇帝の言葉を事実と受け止めていた。

 故に、周を撃つべしと言う声が広がっていた。


「反対する人はいないかな……」


「ここのところ、不景気だったからね。親征と言うことで大軍が組織されるので、その特需を当て込んでいる。庶民も、仕事が増えたり、兵隊になって一攫千金を狙う連中も多い」


「開戦は避けられないか」


「うん」


 既に帝国からは王国へ参戦要求が来ている。

 明日には御前会議が開かれ参戦するか否かが決定することになっている。昭弥も鉄道大臣の資格で閣僚の一員として参加する予定だ。

 今後の事を考えると、気が重かった。

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