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トクスン会戦 後編

「姉御、敵が来たぞ」


「こちらが待ち伏せしているとは知らず、斥候も出さないなんてバカだね」


「馬鹿に言われたくないと思うぞ」


「ぶーっ」


 テオとクリスタが掛け合いを行っている間、ノエルは呆然とした。


「凄い……本当にやって来た……」


「正面攻撃が上手く行かなければ、迂回するのは当然の考えだ。そこで待ち伏せすれば良い」


「トラクス大将が崩壊する可能性は考えなかったのですか?」


「あり得るがそう簡単にヘマをするような奴じゃ無いよ、トラクスは。それに、この戦いは経験済みだ」


「え?」


「図上演習でやってあるんだよ。士官学校時代に。本土のライン川を舞台にあたしが司令官でトラクスは参謀長を務めて教官相手に似たような作戦を行って全滅させたんだ。良く覚えているからな。しくじりようがない」


 そう言って、アデーレ部隊への指示を出した。


「まずは騎兵をやるぞ。森の影から撃ち倒せ一撃で決めろ。馬を狙って確実に当てるんだ」


「はいよ」


「あーい」


 テオとクリスタが答えて自分たちの部隊を森の外縁部に配置した。


「準備完了」


「敵の先頭が予め予定した位置に来たら銃撃開始」


「おう」


 そう言って二人はそれぞれの部隊に戻った。

 やがて、河原の方で銃撃音が響き渡った。更に連続した銃撃音とそれに合わせて馬のいななきと悲鳴が届いてくる。

 ノエルの位置から見ることは出来ないが、河原近くでは地獄が展開されていた。

 銃撃を受けた騎兵の先頭集団が壊滅し倒れ、そこへ後続がやって来て踏みつぶしたり足を引っかけて倒れたりした。

 そこへ更なる銃撃を受けてろくに反撃も出来ず銃撃を受ける。

 二万もいた騎兵だったがものの数分で壊滅した。


「よし、全軍出撃。後続してくる敵歩兵集団へ攻撃を開始する」


「はいよ」


「おうっ」


 アデーレ自ら率いるの近衛歩兵第一師団以下、テオ、クリスタの部隊も前進する。各師団の合計は三万で周の歩兵集団とほぼ同じ数だが、味方騎兵の壊滅を見て士気が下がっていた。更に新型の後装銃の長射程を生かしたアウトレンジ攻撃により、殆ど損害を与えられないまま壊滅した。アデーレが士官や下士官を優先的に狙撃するように命じていたこともあり、指揮系統が崩壊し後退、敗走、潰走にいたった。


「追撃開始。ただしあまり殺しすぎるなよ」


「おうよ」


「おおっ」


 元気よく飛び出すテオ、クリスタ。残っていたノエルにもアデーレは指示を出す。


「スコット准将は騎兵を率いて河原から連中の逃走方向の前に進出してくれ。敵の退路を塞ぐだけでいい。殺しすぎるな」


「は、はい」


 やたらと殺すなと言う命令を出すアデーレにノエルは博愛主義者なのかと疑ったが、それが間違いであったことを直ぐに知った。




「河原の方から戦闘音が聞こえます」


「ユンガー中将の近衛軍団が攻撃を開始したのだろう」


「増援を出しますか?」


「ユンガー中将なら十分に対処出来る。それより、陣地維持と追撃の為の部隊を編成しておけ」


「は、はい」


 今のところ拮抗しているが、こちらが攻勢に出るほどの余力も無いし攻撃力も無い。

 塹壕に隠れているから損害が少ないのであって、出て行ったら敵に殺されるだろう。

 だが、チャンスは直ぐにやって来た。




「前進せよ」


 一方ノエル率いる騎兵部隊はアデーレの命令通り、河原を移動して敵の前方にやって来た。敵の逃走方向を塞ぐと周の歩兵は進路を変えて本隊の方へ逃げ戻って行く。

 追撃するテオとクリスタの部隊は、敵の退却速度に合わせて付いて行き、散発的に銃撃を行う。

 通常、敵に損害を与える事が出来るのは追撃戦の時だ。

 敵は逃げるのに必死で後ろを向いて走っているため、反撃されることなく簡単に攻撃出来る。

 だが、二人の部隊は追いかけるだけで攻撃していない。折角の機会を徒に浪費しているように見えた。

 しかし、それも敗走した歩兵が本隊に入り込んだときまでだった。

 逃げるのに必死な周の別働隊は本隊に突入していった。合流では無い、逃げるので必死で逃げ込むように本隊へ、陣地の奥へと入っていった。

 そのため周の本隊は入り込んで味方部隊の為に陣形を乱され混乱状態へ陥った。

 中には敵の攻撃と勘違いして勝手に逃げ出す者や、反撃をはじめて同士討ちを行う者まで出てくる。

 アデーレはこの状態になるよう誘導するためにあえて追撃の手を緩め殺傷を抑えていた。


「突撃せよ!」


 そこへアデーレの突撃命令が下った。


「突撃」


 命令通り、ノエルは騎兵による突撃を敢行した。

 混乱した箇所から突撃し混乱を更に広げる。周軍を西から東へ駆け抜け、麻の如く周の軍勢を乱した。

 そこへ更にテオとクリスタの部隊が展開し、銃撃を始める。

 兵力の差もあるので、突撃こそしなかったが長射程を生かしたアウトレンジ攻撃により兵数を確実に減らして行く。

 完全に挟撃状態となった周軍勢は反撃を行おうとするが銃撃によりことごとく粉砕された。

 趙は血路を開いて脱出しようと先頭に立って突撃したが多数の銃弾を受けて戦死。

 残った兵士は、降伏した。




「とりあえずこれで一段落ですね」


「そうだな」


 戦場での後始末が終わって、トラクスとユンガーは会談を持った。

 何しろ戦死者を除いても一〇万以上の周の兵士を捕虜にした。その後送だけでも大変だ。

 更に、敵が再侵攻してきたときの備えを行うと共に、西方軍の交代部隊との引き継ぎの準備などやる事は多い。

 それらの打ち合わせを行わなくてはならない。


「周の再侵攻はあると思うか?」


 アデーレが尋ねた。


「あると考えます。彼らはメンツを重んじますから。ただ、これから冬に入ります。補給が困難になるので再侵攻出来るのは来年の春頃でしょう。その前に侵攻したとしても今回よりも少数です」


「では、あたし達はゆっくり出来るか?」


 アデーレに尋ねられたトラクスは黙り込んだ。


「どうなるか言ってくれ。あんたの意見を聞きたいんだ。子供みたいに気に入らない言葉に文句を言うことはしないよ」


「……帝国、と言うより皇帝ですが今回の九龍王国制圧は周との戦争を望んでの事でしょう。このところ失政続きで短期間で成果を上げる必要があります。戦争の勝利は手っ取り早く得られます。なので来春にも戦争になる可能性が高いです。それも大規模な戦争になるでしょう」


「退役してもう一度料理店を開きたかったんだがな」


「この状況では認められないでしょう」


「あー、碌でもない」


「杞憂とは思わないんですか?」


「トラクスが予想したことだろう。お前は昨日今日の思いつきを口にすることは無い。これまでの情報を纏めて分析して言っているんだ。そうそう外れることは無い」


「……ありがとうございます」


「礼を言うことじゃないだろう。まあ、となるとそれに備えんとな」


「ですよね」


「だが今の我々に出来るのは、精々人材の育成だな」


「はい」


 そう言って二人はブラウナーとノエルを呼び出した。




『つ、疲れた』


 数週間後、ボロ雑巾の様になった二人は、西龍のホームへ着くなりベンチに座り込んで呟いた。

 トクスン会戦終了後、すぐトラクス大将とユンガー中将に呼び出され次々と命令を下され実行していった。

 国境まで領土を回復するべく分遣隊を率いて行かせたり、周の周辺で偵察行動を行ったり、国境侵犯した敵を捕まえて尋問して後送したり、拠点となる陣地の構築、周辺の地形の把握、地図作成、インフラ整備、周の再侵攻した場合を想定した兵棋演習(図上演習を簡略化したもの)等々。

 兎に角思いつく限りの事を命じられこなしていった。


「あ、ブラウナー大佐」


「よお参謀長久しぶりだな」


 アグリッパ大佐とミード大佐が、駆け寄ってきた。

 二人の部隊が編成と訓練が終了し、晴れて東方軍へ増援として派遣されてきており、ホームに来ていた二人を見つけてやって来たのだ。


「間に合ったぜ、直ぐに作戦を行おうぜ」


「ようやく来ることが出来ました。ご活躍をご期待下さい」


『おう、宜しく』


 二人は元気いっぱいに答えるが、受け答えを行うノエルとブラウナーは息も絶え絶えという雰囲気だった。


「兎に角、宜しく頼むわ……」


「俺たちは、一旦王都に戻るように指令を受けているから帰るわ……」


「東方軍は人手不足だから頑張ってね……」


 それだけ言うと二人は入線してきた王都行きの列車に乗り込み個室に入るなり二人ともベットに倒れ込んだ。

 その頃、帝都ではある宣言が行われていた。 

第五章終了

次回より新章へ突入します

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