表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
293/763

トクスン会戦 中編

 到着して陣地構築が終わった翌日周の大軍がトラクス大将の部隊と接触した。


「散開して前進。固まらずに伏せながら各個に射撃しろ!」


 西龍から連れてきた部隊に指示を出すブラウナー。

 新型後装銃の運用をたたき込まれた部隊だったため、散開しても各個に射撃して敵を牽制してくれている。

 こちらの陣地を見て接敵陣形へ変更しようとしていた周の軍勢に銃撃を浴びせ、相手に損害を強いていた。

 新型の後装銃はライフルで射程が長い上に発射速度が速い。

 単発のため、一々弾を入れる必要があるが、フリントロック式より早い。

 何より、伏せたまま装填出来るため被弾率が低い。散開しているから余計に当たらない。

 周の軍勢はフリントロック銃で横隊にならないとまともな攻撃力を発揮出来ない。

 しかも密集しているため、周軍はルテティア王国軍の良い的となっていた。




「とっとと進め!」


 苛立った周の征西将軍趙は怒鳴る。

 前任者が戦死したため年若い青年将校であった趙が将軍となった。

 先の大戦で、上級将校の多くが戦死したり捕虜になるなりして、武官が少なくなり若年層が急速に昇進していた。

 趙は青年将校の中でも有望株で十年ほどで将軍になれる人材と目されていたが、そのような事情のため将軍になってしまった。故に経験不足だ。


「どうして散らばった敵兵を倒せぬのだ」


「彼らの銃の射程が長いのです。更に疎らなため銃の狙いが付けにくいのです」


「バカを言うな。こちらは二〇万。見れば連中は一万に満たない。全軍を突撃させて串刺しにしろ」


 そういって突撃命令を下した。




「バカか。この状況で突撃してくるのか」


 周の突撃を見てブラウナーは、舌打ちした。ろくに敵が見えないのに突撃するなど敵の指揮官はアホかと思った。


「いや、この場合は正しい」


 傍らに居たトラクス大将が答えた。


「発砲してくるのを確認しているから敵が正面に居るのは確実だ。後は大軍で平地の端から端まで一列に並べ突撃。途中で兵隊の誰かが敵を見つけて銃剣で突き刺す。それで掃討は完了だ」


「そんな無茶な」


「大軍だとそういうことが可能だ。兵隊を集める理由の一つだ」


 慌てる事も無くトラクスは前に出ている散兵に後退命令を出して陣地にまで撤退させた。散開しているため、鐘を鳴らして撤退を知らせる。ろくな通信手段が無いため、原始的な方法だがこの場合は有効だ。銃撃の合間にも鐘の音が聞こえて、ルレティア軍は撤退し陣地に入った。

 同時に陣地にいた部隊が戦闘準備を整えた。


「各陣地、射撃用意」


「了解、最初の射撃は全員合わせます。射撃距離は新式銃の射程内で敵の射程外にあたる二〇〇。その後は各個に射撃。砲兵には後方を叩き、増援がやって来るのを防ぎます」


 ブラウナーの返答にトラクスは驚きの表情を見せた。

 自分が出そうとした指示を、先取りして出している。中々優秀だった。


「全隊射撃用意!」


 ブラウナーの指示で陣地に設けられた塹壕から残りの兵力五〇〇〇名が銃を構える。

 既に散兵は撤退済み、敵は銃剣を揃えてこちらにやって来る。

 予め、戦場の地形は頭に入っており、陣地から敵までの距離はおおよそ分かる。

 そして予め目印にして置いた大木や岩の位置から敵までの距離を見て、命じた。


「撃て!」


 ブラウナーの命令で構えていた五〇〇〇名が一斉に銃を放つ。

 集中射撃を受けて周の軍勢の先頭集団が倒れた。だが、それでも大軍にとっては小さな損害であり、更に前進してくる。そこへ、砲兵の一斉射撃が後方へ降り注ぐ。

 突撃する集団に後続していたが、雨のように降る砲弾に、彼らは怯んだ。

 そのため、先頭集団は突出し後続も無く次々と撃ち倒され陣地の前で倒れる。

 砲撃の合間に前進してきても、再びの砲撃で分断され塹壕の前で孤立し撃ち倒される周の兵が続出。陣地が破られる気配すら無かった。


「……さすが兵隊出身だけあって、何が必要か分かっているようだね」


「ありがとうございます」


「ただ自分で全ての決断を出すのは苦手のようだね。誰かの決断に対して具体案を出すのが君の性分のようだ」


「ぎくっ」


 事実を指摘されてブラウナーは固まった。


「まあ軍隊というのは命令に対して確実な実行を求められるから当然の反応だが、兵隊出身故により強いようだ。だが士官、特に将官になると自ら判断し決定しなければならない分野が増えてくる。今後も昇進を考えるなら、その鍛錬をすべきだ」


「……」


「責めている訳ではないぞ。今後も階級を上げようというなら、責任がつきまとう。責任を背負うにしても果たすにしても自己の能力を上げる、この場合は指揮官としての能力を上げることだがそれが必要になる。無能な将軍など嫌だろう。最悪の命令を下されて、兵隊が地獄を見るというのがどれほど悲惨なことか、分からない貴官ではあるまい」


「……」


 反論する隙も無かった。


「心配するな、やる気があるのならできる限り教える。基本は部隊に与えられた任務と能力を測り、相手の能力と任務を考え、戦場の地形天候、友軍の状況を見て最善手を思いつくことだ。操典を覚えて戦史や演習を繰り返し見て、どのような状況で当てはまるか確認することだ」


「それで一つ具申が。このまま膠着状態に入った後、敵は騎兵を使っての迂回挟撃を考え実行すると考えられるのですが」


「私が敵将でも真っ先に考える手だな」


「なので後背に防御陣地を作りたいのですが」


「敵の攻撃が強く、その余力は無いので却下だ」




「損害が大きくなりつつあります」


 これまでの損害を集計した副官が趙に報告した。既に一万名以上もの死傷者が出ている。五〇〇〇相手では非常に悪い数字だ。戦闘中止も考える必要があるが、趙は認めなかった。


「仕方ない。全ての騎兵及び歩兵三万の合計五万をもって河原を移動して背後に回り攻撃させよ」


 まともな指示に副官は安堵した。大軍を擁しながら有効に使えなかったが分進して攻撃に出て行けるならより効率的に戦闘が出来る。


「段丘の上から攻撃を受けませんか?」


 ただ一つの懸念を副官は尋ねた。


「河原を進めば遠すぎるから攻撃を受けん。それに正面に総攻撃を仕掛けて敵を拘束しておく。直ちに出撃させよ」


「はっ」


 こうして別働隊五万を出撃させ挟撃を狙うことにした。


「それと本隊にも攻撃増強を指示しろ。敵をこちらに引きつけるんだ」


「……はっ」


 損害が大きくなることを副官は確信していたが間違った指示では無い。寧ろ攻撃成功に繋がる指示であり実行するべきだ。更に死傷者が出ようと敗北より少なくなるはずだ。

 そう考えて副官は命令を部隊に下していった。




「敵部隊に動きがあります。別働隊を組織して河原の方へ行く様です」


「敵とすれば当然だな」


 トンスクは優等生の回答の評価を付けるように呟く。


「応戦しようにも敵は河原近くを通っているのでここからの攻撃は無理ですよ」


「当然だな。敵は射程外を通っている」


「……迎撃しないですか」


「無理なものは無理だ。それより、これより後退する」


「トンスクの町まで後退して撤退するんですか?」


「いや、予め用意しておいた後方の陣地に下がる。後退戦は得意だったな。一兵残らず撤退させろ。そこが最終防衛線だ。決して抜かれるな」


「げっ」


 思わずブラウナーはウンザリした。

 最終防衛線と言うことは、そこが最後の陣地だ。前の敵は前進してきてこちらを攻撃し、後ろからは別働隊が攻撃してくる。挟撃され、全滅する未来が見えてブラウナーは暗然とした。

 だが、ブラウナーはトラクス大将の命令を完璧にこなし、全部隊を後方の陣地に収容し迎撃した。

 周軍本隊は後退を撤退と思い前進し攻撃するが、強固な陣地の前で攻撃を粉砕されて攻めあぐねている。

 やむを得ず趙は、ルテティア王国軍が放棄した陣地に居座り別働隊が着くまでじっくり待つことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ