表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
290/763

制圧の後始末

「ふう」


 書類を読み終えた統帥本部総長スコット元帥は、溜息を吐いた。


「お疲れのようですね」


 隣の机で同じく書類を処理していた統帥本部次長トラクス大将が答えた。


「うむ、ハレックの奴がとんでもない土産を置いていってくれたからの」


 現在ルテティア王国は先ほど行われた<ドラコーエクスプグナティオ>の後始末を行っていた。事前に計画され、実行された九龍王国制圧作戦は成功裏に終わり、九龍王国の大半を制圧した。

 現在は捕らえ損なった九龍王国軍の捕捉殲滅の作業に移っている。

 だが、それ以上に重要なのが今後への対応だった。

 まず、軍務大臣が帝国に行ってしまったために、変わりが必要だった。そこで宰相であり帝国元帥の階級を持っているラザフォード公爵に頼んだ。

 先の大戦で総司令官を務めていたので経歴も十分だ。ただ、宰相としての職務もあるので、軍務省次官に任命されたユーエル大将が実務を担うだろう。

 とりあえず軍務省についてはどうにかなった。お陰で自分の部署である統帥本部と、その指揮下の部隊への指示に専念出来る。

 最大の懸念は勿論、東方軍だ。


「何しろ周が進軍してくる可能性が高いからの」


 九龍王国はルテティア王国が作り出した属国だったが、周との緩衝地帯という役割から周へ貢ぎ物を送る朝貢国という立場もあった。

 朝貢国は貢ぎ物を送っても周から何倍も価値のある贈り物が貰えるし、いざというとき、内乱や侵略があったとき周から援軍を送って貰える。

 九龍王国をルテティア王国と帝国が制圧した今、周が大軍を派遣してくるのは時間の問題だった。

 一応、九龍王国内でクーデターが起き、それの鎮圧を九龍王国から要請されて出動したが、クーデター側に九龍王国首脳部を殺されて制圧せざるを得なかった、と言うのが帝国の見解だった。だが、それが建前で、帝国が自ら出動し虐殺し乗っ取ったというのが公然の秘密だ。殺されたのに要請が来たというのはどういう事だ。

 だが制圧された事実は変わらないし、周がやって来るのは確実だ。

 現在スコット元帥とトラクス大将が行っているのは、対応策の策定だ。


「いつ頃来るだろうかの」


「本格的に来るのは来年の春でしょう。兵站作業に時間が掛かりますから。ただ、国境に貼り付けてあった軍を一月以内に送り込んで来る可能性が高いです」


「九龍王国を解放するためか?」


「最終的には。出来なくても来春来る本隊の前衛として、要所を占領し有利な状況を作り出すのが目的でしょう」


「となるとやはり援軍を派遣せざるをえんの」


「はい」


 現在懸念となっているのは、東方軍への援軍だった。現在王国軍は改革の最中で再編成作業を行っている部隊が大半で送り出せる部隊は少なかった。


「アデーレ中将の第一近衛歩兵軍団ぐらいですな」


「直ぐに送れるのはそれぐらいじゃの」


「ええ、ですが既に再編成は完了し新式銃への更新も終わっております。これまでの何倍もの戦闘力を有します」


「戦力的には不安は無いか」


「はい」


「じゃが、アデーレの奴は復帰して間が無いし東方の事情に疎いのでは?」


 士官学校の校長として多くの生徒、現在の将官達を育ててきたスコットは生徒だったアデーレの事をよく知っている。現在までの経歴もだ。教え子の活躍は元帥にとって嬉しいことだからだ。

 確かにアデーレは一回予備役へ編入されているが、大戦で現役復帰して昇進し現在近衛軍団軍団長に就任している。大戦では各地を転戦し東方でも戦っていたが、長期間駐留した経験は無かった。


「軍政を行うには心ともない」


 アデーレは優秀だが、今回の任務で派遣されると現地の軍政を担う必要がある。制圧されて間もないため、今後の安定的な統治には今的確な軍政を行う必要がある。それには、現地の詳しい事情や習慣、制度に精通している必要がある。アデーレなら短時間で勉強するだろうが、時間の遅れが致命的になる可能性もある。


「ならば私が直接行き、アグリッパ大将の支援を行いましょう」


「おぬしがか?」


「ご不安ですか?」


「東方への行くのは心配しておらん」


 かつてスコット元帥が東方軍団の軍団長だったとき、参謀長を務めていたのはスコット大将であり東方の事情に詳しい。彼以上の人材はそうそういないだろう。


「しかし、この王都をおぬしが空けるのは不安じゃ」


 現在トラクス大将は統帥本部次長として統帥本部の実務をになっている。更に彼は新設された参謀本部の参謀総長を務めていた。

 昭弥のいた世界で参謀本部は軍の最高機関だがルテティア王国では参謀の纏め役としての機能と、各部隊から送られてくる詳報、報告書の分析を行っている。

 通常軍は一部省略される単位もあるが


 統帥本部―総軍―軍集団―軍―軍団―師団―旅団―連隊―大隊―中隊―小隊―分隊―班


 と上下関係が明確になっており命令系統が出来ている。これをラインと言って上から順に命令が下達される。更に各部隊にスタッフと呼ばれる参謀と幕僚がおり自分の部隊の事務や上下の部隊との連絡などを行っている。

 参謀本部は大隊以上の部隊のスタッフから直接報告を受け取っている。それらの報告は膨大なので、まとめ上げて統帥本部へ報告するのが参謀本部の役割だ。

 これなら上へ上げられる途中で報告が変質する可能性が少なくなるので統帥本部は正確な情報を元に指揮が出来る訳だ。

 その責任者として参謀本部総長を務めているのがトラクス大将なのだが、彼がいなくなるとその機能が損なわれる可能性が有る。


「短期間なら問題無いでしょう。それに私が居なくても参謀本部が機能しなければ、今後退任するとき不安になります」


「それもそうか」


 そういってスコットは考えを改めた。


「ならば行ってくれるか」


「はい。ですが、私だけでは少々手が足りないので何人か幕僚を連れて行かせて下さい」


「よいぞ。統帥本部で暇をしている将校を連れていって良い」




「と言う訳で東方へ行くことになったわよ」


 喜色満面で統帥本部付のノエル・スコット准将は同じく本部付きのブラウナー大佐に本部の待合室で通告した。


「確かに今私の元にも辞令が来ましたよ」


 同じ辞令が来たブラウナーは、ウンザリした表情で答えた。

 スコット准将は元部下だったが昇進した今は、上官だ。そして今回の東方への派遣でも上官になる予定だ。

 だが、最近やたらと付いてきて振り回されている気がする。


「納得出来ません。どうして私では無く、スコット准将がブラウナーと派遣されるのですか」


 文句を言った女性士官はアグリッパ大佐だった。東方軍司令官の実の娘で軍人で現在は新設連隊の連隊長をしている。

 出撃命令が無かったためかふて腐れているアグリッパ大佐にスコット准将は胸を反らして言い放った。


「それは当然私が優秀だからよ」


 違うな、統帥本部付だったからだ、とブラウナーは心の中でツッコンだ。

 本部付と言うのは一見栄転だが実際は、仕事の無い休暇配置か閑職だ。次のポストが空くまでの待機場所か干すためにある。

 では何故無くならないかというと戦時に新規部隊を編成する時、既存の部隊から人員を引き抜くとその部隊は戦闘力が落ちる。なので予め予備として待機させておく必要があるため〇〇付という無任所を作っておいて待たせておくのだ。他の部署にも似たような役職があるのはそういうわけだ。他にも突発的な任務や事態が発生したとき対応出来る人員を用意しておくという理由もある。

 ようは使いやすい場所に配属されていたからだ。


「つまんねえなあ、俺が行きたいよ」


 文句を言ったのはミード大佐だった。


「二人は新規部隊の訓練編成があるから無理だよ」


 二人とも新設された連隊の連隊長に就任し、編成作業と訓練に時間を割いている。とても出撃出来る状況では無い。


「なら早く終わらせれば行けるんだな!」


「まあ、間に合えばな……」


 ブラウナーは言葉尻を濁した。

 今回の件は可能な限り早く片づけたいと上層部は願っているはず。なので長期化する可能性は低く、彼らが出撃可能になる前に終わるだろう。


「ならば、急いで編成と訓練をしないと」


「よーし! 予定を繰り上げて訓練だ!」


 だがミードとアグリッパはそこまで考えが至らず、席を立って駆けだしていった。


「大変だな」


 彼らの命令に付き合わされる部下達に心の中でブラウナーはお気の毒にと同情した。


「さあ、私たちも行くわよブラウナー大佐。彼女たちが来る前に片づけてしまいましょう」


「了解しました」


 そう言って、二人は席を立って王都中央駅に向かった。軍人なので急な派遣などは慣れている。いつでも出張出来るようにトランクを用意しており、彼らは真っ直ぐ、任地に向かう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ