プロポーズの結末
失意の昭弥を乗せた列車は十二時間ほどで王都に戻った。
ほぼ一日で西龍と王都を往復したようなものである。それも昭弥にとっては役割を果たせなかった失意の帰還であり、列車から降りる足取りは重かった。
表向きには連行だったが、あまりの落胆気味に護送役の士官達も昭弥に触れるのを躊躇った。
彼らが先導役となり、昭弥は王都中央駅から用意された馬車に乗って王城へ行き、ユリアに謁見、いや尋問を受けた。
容疑は勅命の意図的な破棄。
本来なら重大な罪であるが、状況は予め電信で伝えられていたし、アグリッパの報告書と現場に居た士官の証言もあり、昭弥の弁護が主だった。
帝国軍が九龍王国軍への制圧を行っている最中、勅命である作戦中止を継続すれば王国軍は何も出来ず九龍王国の反撃を受けるだけとなる。それを避けるには勅命が届かない状況にして、作戦を続行させる方が安全だった。
そのことも考慮され、昭弥は破棄の事実を認定されるも、やむを得ない事情と言うことで一日の謹慎のみ言い渡された。
そして憔悴しきった昭弥を見て、ユリアは下がるように命じた。
「……なんてことでしょう」
力なく出て行った昭弥を見てユリアは呟いた。
昭弥の側に付きたかったが、女王としてやるべき事は多くある。昭弥の下に行く訳にはいかない。直ぐに関係閣僚に集合し対策を立てるように命じた。
「いいの?」
一連の対処が終わって側に仕えていたメイドであり友人であるエリザベスが話しかける。
「いいって?」
「追いかけなくていいのかというのよ」
「でも昭弥は疲れているんだし、下手に引き留めても疲れが」
「あなたが癒せばいいでしょう」
「ぶっ」
エリザベスの言葉にユリアは驚きのあまり変な声を上げた。
「ど、どうやって癒すというのよ」
動揺するユリアにエリザベスは耳打ちする。すると、ユリアの顔が真っ赤に染まった。
「そ、そんなこと、出来る訳無いでしょう!」
怒って大声を上げるユリアだが、エリザベスは冷静に返す。
「良いじゃありませんか」
「なんで」
「プロポーズされたんですし、甘えに行っても」
「!」
前日の事を思いだしてユリアは更に赤くなった。
「あ、あれは」
「あの時、返事を伝えていないので伝えに行っては?」
「そ、そんな、はしたない」
「プロポーズされたのに返事を伝えないのは、不義理ですよ。それに今回の事で昭弥さんは、うちひしがれています。優しく支えて上げなくては」
「でも」
「悲しんでいる人を、そのまま放って置くんですか」
「うぐっ」
勇者の血が混じるユリアとしては困っている人を見捨てることは出来ない。エリザベスに指摘されて、ユリアは昭弥の元に行くことにした。
「ふう」
久方ぶりに昭弥は自分の屋敷に戻ってきた。
戻ってくる前に本社で溜まっていた仕事とか、緊急の指示が必要な用件をこなし、全部終えてから戻ってきた。
いつもなら本社に近いステーションホテルの一室を住処にしているのだが、今日は静かに寝たかった。
汽車の汽笛やレールとレールの間で車輪が鳴る音とか好きだが、今日はそういうのを効かずに済ませたかった。
やけに広い屋敷のやけに広い自室の広いベットにそのまま倒れ込む。
西龍からの列車で寝ていたが、悔しさで眠りが浅かった上に、本社での仕事、それも緊急輸送で混乱した現場を支援するという面倒くさいことをやり遂げて戻ってきたので疲れた。
今度は服を脱ぐ力も無くベットに倒れ伏した。
だが、眠れずにいた。
疲れはあったが悔しさと、怒り、申し訳なさ。それらの感情が蠢いて、眠りを妨げていた。
どれくらいベットの上でじっとしていただろうか。
「昭弥」
「!」
突然、声を掛けられて昭弥は飛び起きた。
「ユ、ユリア」
そこに居たのは、今日会ったばかりのユリアだった。
「どうしてここに」
秘密の地下通路があるのは分かっているが、何故来たのかがわからなかった。
「あのまさか」
反逆罪で処刑しに来たのかと昭弥は身構えた。
「いえ、今回のお礼をと」
「……結局果たせませんでした」
昭弥は悔いるように呟くが、ユリアは微笑みながら近づいていった。
「ですが、達成しようと努力してくれました」
「果たせなければ意味がありません」
「確かに果たせませんでした。しかし、その後機転を利かせて頂きありがとうございました。もし、勅命を破って貰わなければ王国軍は動けず、ただ撃ち倒されるだけだったでしょう」
事実、昭弥が破ったからこそ、九龍王国制圧のために敵地待機中だった東方軍が動くことが出来、少ない損害で制圧出来た。
「そこでお礼がしたくて。何か欲しいものはありますか?」
「じゃあ……」
躊躇いがちに昭弥はユリアに願い事を言った。
「で、結果はどうでした?」
翌朝、戻ってきたユリアにエリザベスが尋ねた。
「はい、一緒のベットで共に過ごしました」
「……そうですか」
ユリアの話しを聞いてエリザベスの顔はめまぐるしく変わった。
悲しい、寂しい、嬉しい。
一通り回って最後は慈母のような優しい顔となった。
「それでどうでした?」
「どうって?」
きょとんとして尋ねるユリアにエリザベスは不安を感じ、ユリアの両肩を掴んで尋ねた。
「昨夜の事を委細省かず、詳細に答えなさい」
「え? どうして」
「いいから」
威圧するかのようにエリザベスはユリアに答えるよう迫った。
「向こうに行ったら昭弥がベットに寝ていて」
「うん」
「ご褒美に何が欲しいか尋ねたら、寝たいと言われて」
「うん」
「それで膝枕して上げて」
「うん」
「最初は緊張していたみたいなんだけど」
「うん。うん?」
「やがて眠って朝までぐっすり眠ってくれました」
「待て」
エリザベスはユリアに詰問するように尋ねた。
「他に何かしなかったの?」
「ほ、他って?」
「――を――に――して――するとか――を――して――するとか」
「そ、そんな事出来る訳無いでしょう!」
顔を真っ赤にしてユリアはエリザベスに抗議した。
「私はきちんとあなたに言われたとおりにしたわよ。昭弥の部屋に行ってベットで一緒に寝なさいって」
「だからって、本当にただ文字通り眠るだけなんてバカなの! 何でやんないの!」
「そんな事出来ないよ」
「しなさいよ。プロポーズされたんだから。好きにしていいのよ」
「で、でも結婚していないのに」
「したも同然でしょう。しなさいよ。どうせ結婚するんだから」
「そ、それは延期と言うことにしました」
「なんだって?」
エリザベスが血管を浮き上がらせながら尋ねた。
「九龍を制圧したので今後周と戦争になります。そのため結婚式を挙げる余裕は無いでしょう。なので戦争が終わってからやる事に」
「はあああ」
エリザベスは盛大な溜息を吐いた。
「昭弥も昭弥だけど、あなたもあなたよ。寝込みを襲って組み伏せて既成事実をなしえてしまえばいいのよ」
「そんな盗賊みたいな事出来ないわよ!」
「そこで勇者のような振る舞いをするな! そのまま行ってしまえ!」
「出来ないわよ!」
昭弥も昭弥だが、ユリアもユリアで潔癖すぎる。そういう性格が一致するのは良いと思うが、関係がカタツムリのように遅々として進まない事に、エリザベスは苛立った。
「本当に他に何も無かったの」
「昭弥とは無かったわよ」
「昭弥とは? 他に誰かいたの?」
「ええ、昭弥の元にいる獣人秘書が代わる代わる来て、昭弥の眠りを邪魔しようと」
「じゃ、邪魔って。どんなことを」
「えーと」
虎人族ティナの場合。
「昭弥ーっ。仕事終わったから一緒に寝よう。抱きついて楽しい事しよう」
元気よく胸の双丘を揺らしながら駆け寄ってくるもユリアの迎撃に遭う。
狐人族フィーネの場合。
「昭弥疲れているでしょうから、気持ちいいことしましょう」
薄いネグリジェを着てシナを作りながら入ってくるも、ユリアの迎撃に遭う
兎人属ハンナの場合
「あ、あの疲れているというので、ちょっとでも回復出来るようにとマッサージに来ました」
オドオドしながら慎ましやかに入ってくるも、ユリアにより追い返される
猫人族カティの場合
「昭弥ーっ疲れているなら添い寝してあげるよー」
尻尾をフリフリしながら入ってくるもユリアにより迎撃される。
以下省略
「……あんた、そんな危険地帯に自分の旦那置いてきたのか!」
「旦那って」
「そこ顔赤らめるような状況じゃないから。王城に連れてくるなり、お持ち帰りするなりしなかったのか!」
「私を信じて安心して眠ってくれているのに、そんな裏切る事なんて出来ないよ」
「子供か!」
実際、昭弥はゆっくり眠れたし、爽やかに起きることが出来た。自分の部屋がやけに風通しの良い感じに外と繋がっていたからだ。
話しを聞いたエリザベスはがしがしと頭を掻きむしった。
そしてユリアに向き直ると宣告した。
「あなたに今必要なのは女王としての立場より、女性の夜の営みです」
「あの、エリザベス」
「よってそのための特別講師を付けます。入って来て下さい」
「はい」
そこへ新たなメイドが入って来た。
「あの、こちらは」
「新たに王城のメイドとなったマリアベルさんです。オーレリーさんの家のメイドですが、最近どうも破壊行為が多いので片付けに臨時に雇いましたが中々優秀なのでそのまま居て貰う事になりました。また、夜の方にも強く特に男性を喜ばせることに関する知識は他を圧します」
「あ、あの」
「拒否権はありません。全部受けなさい」
「た、助けてーっ」
迫ってくるエリザベスに恐怖を感じたユリアは珍しく悲鳴を上げた。
直後にマイヤーが乱入し、マリアベルと激しい戦いとなり、ユリアの部屋はメチャクチャになった。




