作戦発動
昭弥達がホームから降りて、東方軍の司令部に向かおうとした時、降りようとした階段から軍靴の音が響いてきた。
「何だ?」
昭弥が疑問を口にしたとき、階段から音の発生源、帝国軍が現れてきた。
完璧な三列縦隊を乱すこと無く登ってきて、昭弥とアグリッパ大将の前で停止した。
「全隊! 止まれ!」
号令をかけた指揮官が一歩前に出てきて申告した。
「失礼します。帝国九龍王国駐留軍歩兵連隊第三中隊のフラミニウス大尉であります」
「どういう事ですか? 帝国軍が列車をご利用するとは聞いていませんが?」
昭弥が尋ねるとフラミニウス大尉は答えた。
「はい、先ほど九龍王国王宮においてクーデターが発生し、蒋国王が殺害されました。そのため帝国駐留軍は、クーデター側を鎮圧するべく出動。条約に従い西龍および九龍王国全土に帝国による戒厳令を下しました。現在九龍王国は混乱状態にあるため、帝国が軍政下に置くべく行動中です」
「何だって!」
これには昭弥は驚いた。
クーデターと言っているが実際は帝国軍がデチ上げたに違いない。
確かに条約では、九龍王国は帝国と王国の属国みたいなもので内乱などで帝国軍もしくは王国軍が動くことは可能だ。
だが同時に九龍王国は周への朝貢国であり、周への援軍を求める事が出来る。
帝国による軍政下への移行と宣言は、周が九龍王国救援を大義名分に帝国への軍事行動を行う事が出来る。
そして矢面に立つのは両者の間にあるルテティア王国だ。
「止められないか」
「私は命令を受けただけです。既に他の部隊も移動中です。第一中隊は王宮を制圧、第二中隊も他の政府施設を制圧しました。他の中隊は近隣の九龍王国軍の駐屯地へ急行し制圧を行っています」
フラミニウス大尉の報告に昭弥は目眩がしたが、彼の通達は終わらない。
「北方の騎馬民族対策に部隊の増強が行われておりましたが、それでも兵力は不充分です。なので王国軍にも制圧に参加して頂きたいのですが。これは私では無く帝国駐留軍司令官からの正式な通告です」
「……了承したいが……本官は只今女王陛下の勅命を受けており動くことは出来ません」
アグリッパ大将が、心苦しそうに伝えた。
確かに帝国軍が動いている今、待機中の王国軍も共に制圧行動に動いた方が良い。九龍王国軍に反撃のチャンスを与えず、制圧した方がよい。特に九龍王国各地に展開している部隊は無防備な状態だ。攻撃に移った方が損害は少ない。
事ここに至っては、九龍王国を制圧するのが最善だろう。だが、只今勅命を受けてしまった身では行動を起こせない。
仮とは言え勅命を受けた立場では、これを破るのは反逆罪に問われることになる。
「アグリッパ大将」
その時昭弥はアグリッパ大将に尋ねた。
「勅命はいつ有効になるのですか? 有効を保証するものは?」
「? 勅命の命令書を受領し写しを取ったときですが」
「そうですか」
そう言うと、昭弥は持っていた勅命の書類を破いた。
「なっ!」
驚くアグリッパを尻目に、昭弥は駅の喫煙所にあるガス灯に行き、書類に火を付けて燃やしてしまった。
書類が完全に灰になってから昭弥は振り返ってアグリッパに伝えた。
「これで勅命は無くなりました」
「……気は確かですか。勅命を燃やすのは反逆罪に等しい行為ですぞ!」
アグリッパは震える声で問い詰めた。
「ですが、正規の勅命が無くては、アグリッパ大将は作戦を発動しなければならない立場では?」
「!」
確かに昭弥のいう通りだった。
数瞬の間、沈黙したアグリッパ大将は命令を下した。
「……前命令は取り消し。現時刻を以て<ドラコーエクスプグナティオ>を発動。作戦部隊は遅滞なく任務を遂行せよ」
「はっ!」
アグリッパの命令を受けた士官が飛び出して階段を駆け下りていった。各部隊に命令を伝えるためだ。
そして、アグリッパ大将は悲しそうに昭弥に向き直った。
「勅命破却による反逆容疑で拘束させて頂きます。事の次第について事細かに記載し、王都へ連行します」
先ほどの行為を感謝しても、行わなければならず、申し訳ない気持ちで一杯でも命じなければならない。
「謹んで受け入れます」
昭弥は黙って受け入れた。
こうなることも覚悟していたし、アグリッパ大将は、これを行う事が義務だ。
昭弥もそれは分かっており、何ら恨み言無く両脇に二人の王国軍士官が固めてもそれを受け入れた。
やがてアグリッパが手紙を書き終えて士官に渡して命じた。
「直ちに、その手紙と容疑者を陛下の元へ連れて行け」
「はっ」
「列車の手配はお任せを」
士官が敬礼し、昭弥は列車の準備を請け負った。自分を護送する列車の手配を自分で行うとは滑稽だが、自分で行った方が早かった。
そして、列車の準備が整うと昭弥は自ら列車に乗り込んだ。
昭弥達が乗り込むと機関車の汽笛が鳴り、すぐさま出発した。
その間、アグリッパ大将はじっと直立不動で見ていた。だが、発車の瞬間、深々と頭を下げた。
公人として容疑者に容赦をする訳にはいかなかったが、昭弥の行為で指揮下の部隊が助かった事も確かであり、感謝していた。
それを去り際に一瞬だけ現した。
昭弥は、何も言わずにそれを一礼して、受け入れると部屋に向かった。
「容疑者故に監視させて貰います」
昭弥を個室へ監禁した監視役の士官だったが、先ほどの行動を見ていただけに、昭弥に手荒なことをしていなかった。
監視と言っても部屋の扉に立つだけで、昭弥を拘束しようともしなかった。
それどころか昭弥のお付きとしてセバスチャンの同室を許したほどだ。
だが、当の本人は何も喋らず服を脱ぎ捨てて下着姿になると、そのままベットの上に仰向けになってしまった。
見張の士官は、気を利かせてそっぽを向いている。
セバスチャンは、脱ぎ捨てられた服を黙って回収し備え付けのタンスに入れる。
全ての作業が終わってから、セバスチャンは話しかけた。
「残念でしたね」
「まあ、仕方ない」
素っ気なく昭弥は答えた。
「……悔しくはないのですか?」
「地団駄踏んで悔しがるような子供じゃないよ」
そう言って起き上がると昭弥は話し始めた。
「努力は報われるなんてお伽噺を信じるほど、子供じゃない。どんなに頑張ったって越えられない壁はあるし、出来ない事は出来ない。だからといって手を抜く気は無いよ。性分に反する。今回の事もそうだ。できる限り、考えられる限りの方法と手段を用意して実行し上手く行くようにした。何とかあと一歩と言うところまで来たが、帝国の連中にどんでん返しされて無意味になった。でも、そんなことはしょっちゅうさ。頑張ってやっても最後の最後で台無しにされるのは。これまでだってそうだった。失敗した事は多いよ。けどそれでも、すぐに次に行った。今回もそうするよ」
昭弥は熱弁を語った。
セバスチャンはただ聞いているだけだった。
昭弥が誰よりも悔しい思いを抱いていることは分かっている。本人は気が付いていないかもしれないが、昭弥はずっと涙を流し続けていた。




