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発動直前にて

「あと一時間で到着出来たはずなのに」


 停車したウェントゥスへの給水作業を行っていたが、あと二時間ほどしかないのに出発出来ない。


「給水作業はどうだ」


「現在、進めています」


「大変です! 第二動輪軸受け焼損!」


 点検中の整備士が凶報を報告した。動輪を支え回転を円滑に行ってくれる軸受けが焼けてしまっている。


「動かせるか!」


「無理です! 既に軸受けにゆがみが発生しており、これ以上の走行は危険です」


「くっ!」


 時速二百キロ以上で走らせるには無理を重ねてしまった。

 元々短時間の速度記録を狙ったもので長時間の走行など想定していない。最高速度を出すために、各部を軽量化しており、やはり耐久性に劣っていたようだ。

 車輪の内側に入って給油しようにも四ピストンタイプで内側にも連接棒が使われているので、人が入る余裕などない。


「あと少しなのに」


 残り二百キロほどだが出発出来ない。


「万事休すですか」


 セバスチャンが悔やんだその時、ホームに一台の機関車が進入してきた。スマートな流線型の車体に三つの動輪。高速線で旅客車両を走らせるために作られた新型のC一〇型機関車だ。


「社長、お待ちしておりました。本社からの指示を受けて待機しておりました。いつでも出発出来ます」


「よし!」


 機関士の報告に昭弥は満足した。


「いつの間に用意していたんですか?」


 セバスチャンが昭弥に尋ねた。


「ウェントゥスが何時故障するか分からなかったからな。万が一に備えて各地の駅や機関区に、予備の機関車を待機させておいたんだ。いつでも代役になれるようにね」


「流石です」


「急いで乗り込むぞ。即出発するんだ。ウェントゥスのために線路は開けてあるからな」


「はい!」


 セバスチャンと共に昭弥は機関車後ろの客車に乗り込んだ。


「アンナ! ここまでありがとう。ウェントゥスは必ず研究所まで送り返す! 修理の予算も付ける。良くやってくれた!」


「社長もお気を付けて!」


 それだけ言うとアンナは早速ウェントゥスの引き上げの用意を始めた。

 自走不能だから大重量輸送貨車を使って運ぶしかない。出発前にウェントゥスの後から来るように指示してあるから直ぐに来てくれるだろう。

 だから昭弥は西龍に向かって走る事に専念することにした。


「全速力で向かってくれ」


「はい!」


 ここから西龍まで二百キロ。最高で時速百六十キロで走る事が出来るから一時間半以内に到着出来るはずだ。


「問題なのは東方軍司令部への移動ですね。各所に検問がありますし、時間も掛かる」


「そうだな」


 勅令の使者は、駅から司令部までの間で軍による検問があり、通過する事が出来るが、いちいち提示して通るには時間が掛かる。

 発動時間までに間に合わない可能性も有る。


「何とかしたいな」


「どうしてそこまで戦争を阻止しようとしているんです」


「戦争になれば鉄道の開発は下火になる。戦争に力を入れなくちゃならないからね。周との戦争は特に大きな戦争になるだろう。長期間続いて王国も帝国も大きな国力を投入する必要が出てくる。そうなれば鉄道の建設、開発は中断する。絶対に防がないと」


「相変わらずですね」


 鉄道優先の姿勢にセバスチャンは苦笑した。このような状況でも鉄道を考える昭弥に寧ろ安堵を覚えるほどだ。


「戦争がいいのかい?」


「いいえ、やっぱり平和の方がいいです。いろいろと新しい製品が出てきていて全部試していないのに戦争になるなんて嫌ですよ。阻止しましょう」


「そうだな」


 だが、機関車に乗った彼らに出来ることなど無かった。

 運転は機関士と機関助士の役割だし、打てる手は全て打ってある。

 後は無事に西龍に到着することを祈るだけだ。

 気ばかり前に進んで歯痒い時間だが、待つしか無い。

 やがて、機関車がブレーキをかけるのが分かった。

 西龍の駅に近づいたためだ。徐々にスピードが低下して行く。

 もっと速く進みたいが、カーブが多いしポイントも多く安全の為にスピードを低下させないと危険だ。駅構内に入るまで最高速度で入って欲しいが我慢我慢。

 それでも列車は急激に減速し西龍中央駅に滑り込んだ。

 列車が停止すると同時に昭弥は扉を開けて外のホームに飛び出した。


「急ぐぞ!」


 ホームに出て東方軍司令部に向かって駆け出そうとした。


「お待ちしておりました」


 その時、声を掛けてきたのは、会おうとした東方軍総司令官アグリッパ大将だった。


「あ、アグリッパ大将、どうして」


「勅命がやって来ると聞いて待っておりました」


 姿勢を崩さず答えると、アグリッパ大将は昭弥に求めるような視線を昭弥に向けていた。


「ユリア陛下よりの勅命をお持ちしました」


 そう言って昭弥は預かった王家の紋章が入った蝋封文書を取り出すと、アグリッパは最敬礼を行った。

 昭弥は蝋封を破り読み上げた。


「勅命、先の<ドラコーエクスプグナティオ>発動は取り消し、東方軍は直ちに撤収し通常状態へ移行せよ」


 読み上げた後、文書をアグリッパに見せて正式なものである事を示した。


「勅命謹んでお受けいたします。直ちに中止、撤収用意を各部隊へ命じよ」


「はっ」


 アグリッパの命令に側に控えていた士官が飛び跳ねるように背筋を伸ばすと、ホームからかけだしていった。

 それを確認してからアグリッパは昭弥にようやく声を掛けた。


「心配しました。間に合わないかと思いました」


「間に合ってくれて良かったです」


 現時刻は午前二時四五分。

 魔術師と電信による連絡で十分発動時間に間に合うはずだ。


「正式な勅命の受領は後と言うことにして、とりあえずお休みになられては?」


「そうですね。ではお言葉に甘えて」


 昭弥がアグリッパのご厚意を受けようとしたとき、駅のホーム内に軍靴の音が響き渡った。

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