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脱出

 西龍の駅は軍による封鎖が行われていた。

 多くの人が締め出され、構内へは手荷物検査を受けてからでないと入れなかった。

 そのため駅前の広場には駅に入ろうとする人で長い行列が出来ていた。

 だが、その行列を無視して駅に向かう二人の姿があった。


「おい、並べ」


 立哨していた憲兵が銃を向けて制止した。だが、その男は怯むこと無く外套を脱いで伝えた。


「私は統帥本部付のブラウナー大佐だ。統帥本部総長スコット元帥の命令により九龍王国駐留軍の視察に来ている。報告の為に王都に帰還する。通したまえ」


「し、しかし」


 階級が上の士官に驚いた憲兵だが、構内に入る人は全て調べるように命令されており、一瞬戸惑った。だが、ブラウナーはそこを見逃さなかった。


「貴官の官姓名は?」


 ドスの効いた言葉で渋る憲兵にブラウナーは尋ねた。


「え?」


「統帥本部の任務を妨害している。これ以上の妨害は反逆と見なし本部へ報告した上で、軍法会議にかける。その覚悟はあるのだろうな」


「し、失礼しました」


 そう言って憲兵は捧げ筒をして通した。


「ありがとう」


 そう言ってブラウナーは従兵を連れて駅の構内に入った。

 怯えている人間には、脅しをかけると案外すんなり通してくれるものだ。

 そしてブラウナーと従兵はホームに向かわず駅事務所に入った。電信の場所を確認し、そこへ憲兵と通信技師がいた。


「おい、通信文を打たせてくれ。それとキミは出てくれ」


「は、しかし」


 出て行くよう言われた見張り役の憲兵は渋った。


「統帥本部宛の重要電文だ。下手に見せる訳にはいかない。これから打つ電文は軍機だ。万が一漏れた場合貴官へも容疑がかかるが」


「は、失礼しました」


 そう言って通信室から出て行った。そして、従兵の渡した通信文を見て技士は一瞬驚いたが、直ぐに納得し電信を打った。

 そして、打ち終わった通信文を燃やすともう一つの通信文を打った。


「ありがとう」


 通信が終わるとブラウナーは技士にそう言ってその場を離れ、憲兵に他言無用を命じた後、駅のホームに向かった。

 通常の列車の多くは運転中止になっていたが、軍用列車は動いていた。

 その中の一つに王都行きがあり、ブラウナーは強引に乗り込むと個室を要求して無理矢理入り込んだ。元の部屋から追い出された士官が怒ったが少佐だったため、ブラウナーの階級を聞いて襟首を正し、籾手を行いながら部屋を出て行った。ブラウナーが入ると同時に列車が丁度出発し王都に向けて走り出した。

 部屋に入り従兵と二人きりになるとドアに鍵をかけて、従兵に話かけた。


「もういいですよ」


「ありがとうございます。あー疲れました」


 制帽を外してセバスチャンは溜息を吐いた。


「すいませんね。従兵でも無いと乗車出来なかったでしょうし」


「いえ、ありがとうございます。お陰で知らせることが出来ます」


 何とか駅に侵入しようと見ていたセバスチャンに声を掛けたのはブラウナー大佐だった。

 事情を聞いた大佐は、直ぐにセバスチャンを自分の従兵に化けさせて包囲網を突破することを思い立ち、実行した。

 結果は、ご覧の通りだ。


「王都まで休んで下さい。もっともこの列車自体もやけに警備が厳しくて立ち入り禁止の場所も多いので結局この部屋に監禁状態ですけど」


「ありがとうございます。でもどうして大佐が西龍に?」


「仕事、というより調査ですね。新型後装銃の流出、流入ルートの調査です」


 アクスム制圧線の最中、末期に反乱を続けた猿人族にルテティア王国軍が採用したばかりの新型後装銃が流出して苦戦した。


「最新式の兵器が流出したのですから、確かめないと」


「ええ、ですがどうして西龍に?」


「流入ルートを追っていたらユーフラテス川の河口からインディゴ海を通って入って来た痕跡がありました。そこで、河口にあるウルクの町を調べていると新式銃がこの西龍から川船を伝って流れているようでした。で、西龍の調査を始めていたらあなたに会ったという訳です」


「なるほど。しかし、どうしてここに新式銃が、王国軍が流したのですか?」


「いや、九龍王国軍に渡した物らしいですね」


「? どういう事です?」


「現在、ルテティア王国の仮想敵国は周です。その緩衝地帯であり防壁となる九龍王国を強くするため、九龍王国軍の軍備増強が行われています。新式銃の配備もその一環です。ですが、九龍王国軍は元敗残軍でお世辞にも規律が低い。新式の銃を渡したらそれを横流しして金を得ていたようです。また兵員の数を水増しして、その分の支給される給与を着服していましたね」


 昭弥がいたらベトナム戦争中の南ベトナム軍か新生イラク軍みたいだ、と言うだろう。米軍から武器の供与を受けても自分の懐を潤すため、武器をベトコンやテロリストに売っていたり、水増しした兵員の給与を着服した将兵が多かったそうだ。


「杜撰ですね。はた迷惑だ」


「全くです。ですがハレック元帥にとってはすべきことだったんでしょう。東方の防衛は元帥の持論でしたし。ですが、自分が不得意なことでしたし、相手も九龍王国軍で悪かった。非はありますけど元帥にとっても不運ですよ。王国内だったら、反乱を起こしやすい貴族軍でも誰が信用出来るか分かりますが、できたての国家相手だと未知数ですから」


「では、それが巡り巡ってアクスムに?」


「表向きは。ですが横流しされた武器を購入していたのは帝国の諜報部の可能性が出てきました」


「え? どういう事です?」


「武器の購入資金の流れがおかしいんです。猿人族が購入したにしては購入し資金が豊富すぎる。通商圏を奪われたマラーターが金を貸していたようですが、それでも黙認や保証人としての後ろ盾が必要です。そのために帝国軍が動いた形跡があります。確固たる証拠ではないので立証出来ませんが」


「どうして帝国が?」


「王国が大きくなったので牽制のために反乱を誘発していたようです」


「酷い……」


 その時セバスチャンはある事に思い至った。


「軍務大臣ハレック元帥も噛んでいるのでしょうか?」


 アクスムの統治に反対していたし、東の防衛の為、九龍王国の発展、引いてはルテティアへの属国化の為に色々と手を貸している。

 昭弥の排除とアクスム統治妨害のために一連の事をやっていたとしてもおかしくない。


「現在の所、この件、新式銃流入でハレック元帥が帝国軍と関わっているという明確な証拠はありません。九龍王国軍が勝手に武器を横流ししていて、それを帝国が購入した可能性もあります。ただ、関わっていてもおかしく無いと言えます。ですが、今回の武器流出事件に関しては、完全に軍務大臣の非ですね。ここを追求されれば失脚する可能性もあります。憲兵を動員して証拠隠滅を図った可能性が高いです」


「だから、戒厳令じみた事が行われたのですか」


「まあ、戒厳令までは行かないでしょうね。王国軍が表だって出るのは拙いですから。今回の事も緊急輸送の警備強化の名目で行っています」


「? どうしてですか?」


「周との関係です。表向きには九龍王国は独立国で周へ朝貢を行っている周の子分です」


 西龍という名前の首都が出来たのも、周から見て西にあるという意味で名付けられた。


「ですが条約によって九龍王国は王国軍や帝国軍の駐留が認められていますよね」


「ええ、表向きには人質とか九龍王国への奉仕という形です。これも周と戦争をしないためです。あくまで緩衝国として九龍は存在しますから。ですが王国軍がやって来て制圧するとなると話しは違ってきます。九龍王国は周の朝貢国からルテティア王国、リグニア帝国の属国、あるいは併合という事になり、周と直接接触することになります。そうなれば、緊張が高まります。軍も配備しないと」


「対抗する用意は出来ているのでは? それに国境に貼り付けていた方が安全では?」


 王国軍の兵力は十分に増強されており、一部を九龍へ配備しても問題無いのでは無いかとセバスチャンは思って尋ねた。


「駐屯地に待機するのと国境に貼り付けるのでは軍の経費が全く違います。軍の改革が行われている時期ですし、下手に軍を差し向ける事は軍に負担が掛かるので出来ません」


「……アグリッパ大将も加わっているのでしょうか」


「いや、それはなさそうですね。九龍王国は一応独立国なのでルテティア王国の一軍の司令官が命令するのは拙いと言うことで、政府レベルである軍務省直轄の部隊がいますから。彼らが九龍王国軍へ連絡調整、事実上の命令を行っています。アグリッパ大将の九龍王国への権限も制限されていますし。形として東方軍は臨時に西龍へ来ていることになっています。ただし、期間は無期限です」


「なるほど。では、今回の軍の輸送は?」


「九龍王国軍との共同作戦の体を取っています。で、アグリッパ大将が指揮をとり、九龍王国軍はその下で行動する事になっています。北方の騎馬民族対策なら周にも言い訳は立ちます。周も騎馬民族には手を焼いていますから」


「なるほど。しかし、凄いですね大佐は。これだけの情報を直ぐに集めることが出来るなんて」


「いやあ、俺兵隊出身なんで、兵隊の強弱を知っているから彼らから情報を集めるのは得意なんです。彼らから情報を集めると共に、この階級章とスコット元帥の命令書を使って、集めたんですよ。他の機関でもユーフラテス川周辺の警戒に通った船のリストが必要と軍を通じて提出させたりしてね」


「しかし、情報を集めても分析して真実を見つけるのは凄いです」


 幾ら情報が集まっても、それをつなぎ合わせて全体像を作り出すのは容易ではない。元盗賊として昭弥の情報収集係として動いているセバスチャンにはよく分かる。


「……ところでうちの社長の居場所は分かりますか?」


「残念ながら、憲兵隊は軍務省の管轄なので統帥本部の命令は効きにくいんです。配属された野戦憲兵や末端の兵隊ならともかく、大臣を捕まえているのは中央から派遣された憲兵らしくてどうも情報が入ってきません」


「そうですか……」


「安心して下さい王都に帰投すれば陛下に直訴出来ます。そこから明らかにする事は可能です」


「そうですね」


 それを聞いてセバスチャンは安堵した。




「解放してくれないか」


 昭弥は自分を捕らえている憲兵に伝えた。有無を言わせずに列車に乗せられ、どこかに連れて行かれようとしている。何とか、逃げたいが、縛られていないが、監視が付いていて逃げられない。


「ダメです。取り調べが終わるまで拘束します」


「容疑は何ですか?」


「新兵器の横流し疑惑です」


「それは濡れ衣だ」


「いずれにせよ、取り調べを受けて白と証明されなければ解放出来ません。では」


 そう言って憲兵は部屋から出て行った。


「畜生……」


 扉を見て悪態を吐いた。

 幾ら好きな列車の中とはいえ、拘束されては乗っている気分になれない。

 だが、情報は手に入った。窓は完全にカバーで覆われていて外は見えないが、通路に太陽光の光と影が見えた。幸い時計を奪われずに済んでおり、太陽の位置と時間で南の方角が、それと列車の進行方向が分かる。このところカーブは無く直線を走っているから目的地の方角は分かるはずだ。

 頭の中で、どちらに向かっているか計算して、昭弥は向かっている場所に気が付き戦慄した。

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