九龍王国
九龍王国。
先の大戦で、周とルテティア王国の間に作られた緩衝国家だ。
大戦を長引かせたくないため、戦争中に勝手に独立国として独立させ周との間の緩衝地帯にして周と直接交戦していない状態にして疑似休戦状態にしたのだ。
その後周と外交交渉が行われ正式に講和が成立した。
講和成立後も大国であるリグニア帝国と周の間に国家を作ることで、直接の衝突を防ぐことを目的としていた。
だが、その実情は、ルテティア王国、リグニア帝国の属国と変わらず、両国の影響力は非常に大きい。
一応、国王は元周の将軍の蒋だが、ルテティアとリグニアの傀儡であった。
その証拠に、九龍王国各地はルテティアとリグニアの入植地が各地に設置され、続々と移民が入って来ており、属国が進んでいた。
だが、同時に周への朝貢国という関係を結んでおり、周とルテティア王国、リグニア帝国の間でバランスを取っている。
朝貢国とは周の制度の一つで蛮夷、自分たちの領域外にいる未開民族が国を作って毎年貢ぎ物を送り込むなら周の皇帝はその国を認めるという制度だ。
周の皇帝に対して臣下の礼をとり、王が替わるときは形式的だが周の事前承諾を必要とした。
中華思想に似た、自国中心主義、あるいは周の自惚れの様な制度である。
一見、朝貢国に不利な内容だが、貢ぎ物を送ってもその数倍の価値のある返礼品を送ってくれるし、自国に悪政を行っても文句を言ってこない、何より侵略や内乱が起きたら周が援軍を送ってくれるという、地域の独裁者にとってとても有り難い制度だった。
故に朝貢国は多く、周は大国として君臨していた。
九龍王国は周に対して朝貢国という臣下となることで周との関係を維持し、リグニア帝国には条約により国を成立させていた。
さしずめ江戸時代の琉球の様な国が九龍王国だろうか。
リグニア帝国も周も自分たちに対する義務を果たすなら、九龍王国が何をしようと構わないという立場だった。
そんな九龍王国の首都は西龍。
ルテティア王国の最西端の都市アッシュールはユーフラテス川の丁度対岸にある。
軍隊の集結地しか無かった土地だが、九龍王国建国後、急ピッチで建設が始まり、一年ほどで完成した。
周の雰囲気に似ていたが、ルテティアの技士が設計したため、大枠はリグニアの建築様式で装飾が周というちぐはぐな町だ。
現在はユーフラテス川に掛かる鉄橋が完成し、ルテティア王国から直通列車が完成し、入植者も増えてきた。中心部にある鉄道駅も完成し、東方への拠点として町は更に広がろうとしていた。
そこへ、昭弥は乗り込んできた。
「結構乾燥しているな」
乾期に入ったのか、塵混じりの乾いた空気に昭弥は顔をしかめる。
駅のホームは、所々中華風の装飾があるが建物の構造はルテティア、リグニアの建物と同じだ。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
一緒に連れてきたセバスチャンを引き連れて町の中心にある王宮に向かう。
新たに出来た町で碁盤の目に中心から斜めの線が引かれたようなもの、と考えて欲しい。
中心となる鉄道駅は真南にあり、町を囲むように環状線を作って、利便性を図っている。
勿論これも昭弥の設計であり、鉄道を利用しやすくするために二重の環状線を設けている。
昭弥達が向かったのは、王宮近くにあるルテティア王国の大使館だ。
事実上の傀儡国家、属国でも独立国という建前で作られた国であるため、大使館がある。
大臣として交渉する事もあるため、大使館を拠点に動くことになっている。
大使に来訪を伝えた後あてがわれた部屋に入りセバスチャンと確認作業に入った。
「さて、今回ここに来たのは、鉄道関連、新規建設と運営だね。特に九龍王国鉄道の建設運営が中心になる」
独立前までは王国の軍事占領下で、鉄道が建設された。九龍王国建国後は、九龍王国の政府に鉄道部門が出来ていたが、新しい国に鉄道建設の技術も能力もないため、ルテティア王国に丸投げしていた。
そして実際に建設と運営を行っているのは、昭弥の王国鉄道だ。
昭和初期の満州鉄道と満州国の関係に似ている。
満州王国が鉄道を保有していることになっているが、建設も運営も満鉄、南満州鉄道が行っていたのと同じだ。
「建設は九龍山脈方面に伸ばしているが、これは純然たる軍事鉄道だね」
現在、周と国境を接しておりその防衛の為に通行可能な各峠への軍事路線を建設中だ。
周との貿易で何とかなりそうな路線はあるが、馬車を使って輸送するため、積み荷が殆ど無い。そのため大半が、赤字路線になりそうなので軍に管理して貰う事になっているので、何とか赤字を回避出来そうだ。
「他の路線は開拓中心だな」
そして九龍王国各地を結ぶ路線は、農場開拓などで使われる予定であり、農場開拓後は農産物の輸送に使われる。
「まあ、何とか黒字になるかなと言った程度だけど」
出来れば鉱物資源とかが出て欲しいのだが、出ていない物はしょうが無い。鉱物資源調査のチームを送り込んでいるので、彼らが見つけてくれるのを祈るばかりだ。
「さて、建設は何とかなりそうだ。喫緊の課題は軍隊の輸送だな」
北方の騎馬民族に対応するための緊急輸送と言うことで、大軍が移動する予定だ。
一応、エフタルとは相互不可侵条約を結んでいるが、無数の部族の集合体のため、条約を無視して襲撃してくる部族が必ず居る。というより、出てくる。
その襲撃を防ぐ為に、部隊を予め各地に配備することになっている。
「これは東方軍の司令官と打ち合わせがある」
「東方軍の司令官はアグリッパ大将でしたね」
「うん、部隊配置などもあるから最終的な決定は話し合いを行ってからだね」
とりあえず、やるべき事を確認して昭弥は明日に備えた。
翌日、昭弥はまず王宮に向かい国王である蒋に謁見した。属国とは言え名目上は独立国であるため他国の大臣がやって来たときには、謁見して挨拶を行わなければ儀礼上失礼に当たる。
中華風の王宮に入り挨拶をしたが、通り一辺倒で型どおりの挨拶を交わすだけ。五分もせずに終わってしまった。
「無味乾燥だったな。けど、国王にしては酒臭いな」
離れていたのに短時間で酒の匂いが昭弥達の所まで届くのはいかがなものか。それに元軍人と言うがどうもやせ細ってやつれているように見える。
「出身国の朝貢国としての義務を果たさなければなりません。それに王国の属国として官僚の多くはルテティアの出身で、何を行うにもルテティアの承認が必要ですから酒を飲む以外にないのでしょう」
「そうか」
属国が離反しないようにルテティアは九龍王国各所に王国官僚を出向させたり顧問として派遣していた。ルテティアの政策に反するようなことを行わせないようにするためだ。
そのため九龍王国の国王は名ばかりになっており、事実上ルテティアの一地方になりつつあった。
支配国の大臣がやって来て笑顔で歓迎するなんて考えないだろう。
「まあ、別にいいけど」
昭弥は鉄道を作ることが出来れば良いのであって国王の機嫌などどうでも良かった。
昭弥は謁見を終えたその足で東方軍司令部へ行き、アグリッパ大将と会談を持った。
貴族だが謹厳実直な軍人で、威厳が軍服を着ているような威圧感を昭弥は感じた。
「では、配置を説明させて頂きます」
だが、話し始めるとその声は終始穏やかで、緊張が徐々に解けて行く。
部隊配置も何処の部隊を何処へ動かすだけではなく、その理由も説明し、必要な物資の量や継続的に送り込むべき量を伝えてくれるので助かっていた。
「ありがとうございます」
必然と会談の時間は長引いたが、疲労感は無く、全ての必要事項が理解出来た高揚感に昭弥は包まれた。
「ありがとうございます」
「うむ、こちらとしてもお願いしたい。ただ……」
「ただ何でしょう?」
「他人の悪口は言いたくないのだが、今のは我がルテティア軍のみで、他の軍、九龍王国軍や帝国駐留軍は含まれていない。彼らの輸送も行って欲しいのだが」
「何か問題でも?」
「彼らからの計画が届いていない」
帝国軍は、九龍王国と結んだ条約により駐留することが許されている。王国軍も同じだが、王国は帝国に属しているため、事実上彼らの指揮下にある。
一応、独立国として認められており、指揮権はあるが戦時には彼らの下に付く必要があり、彼らの指示が無い事をアグリッパは不安視していた。
九龍王国は、属国だが元は周の敗残軍を中核に作り出した国で独自の軍隊を持っていた。だが、敗残兵が中心であり、士気は低い。また優秀な将校も少なく部隊としても機能していない。
王国から士官や下士官を送り込み、リグニア帝国軍方式に切り替えようとしていたが、未だ成果を上げられていなかった。
「そのため、改めてご依頼する事になるでしょうがご勘弁を」
「は、はい。わかりました。いつ頃になりますか?」
「帝国軍は分からない。依頼しているが返答が来なければ実施出来ない」
「九龍王国軍は?」
「一両日中に返答するよう命じています。返答がない場合、こちらが指揮権を発動し、配置に付かせます」
九龍王国はルテティア王国の属国になっているため、軍隊の指揮権を握っており、アグリッパ大将の指示に従う。だが、独立国の体裁を整えるため可能な限り発動させずに済ませていた。
それを破る必要が出てきていた。
「では、明日最終決定で宜しいでしょうか?」
「はい、お願いします」
翌日、九龍王国軍からの計画案は出て来ず、アグリッパ大将が予め作っておいた計画案を元に命令を下した。




