王国軍改革
暑い夏が終わり、秋の気配が色濃くなるある日、軍務省の一室へブラウナー大佐はやって来ていた。
「以上、報告終わります」
ブラウナー大佐は統帥本部総長であるスコット元帥に対する報告を終えた。
「良く出来取る報告書だ。貴官は中々有能だのう」
アクスム軍の現状、反乱の発生数、訓練状況、治安、編成予定、傷病兵の治療計画などなど報告するべき事は山ほどあった。
ブラウナーにアクスム軍参謀長から統帥本部付きへ転属するよう命令が来ていたため、引き継ぎと報告のために来ていたのだ。
「ありがとうございます」
「残念ながら将軍への昇進は見送られがの」
アクスムでの掃討作戦を指揮していたが、士官学校卒業では無い事などから昇進が見送られていた。
それどころか、大佐へ事実上の格下げとなった。
先の大戦の臨時昇進でブラウナーは中尉から野戦昇進により准将に上がっていた。
本来なら、大戦が終わった時点で元の階級に戻るはずだったが、アクスムの平定戦が始まり、階級は据え置かれた。
今回アクスムの平定が終了し転属となったのを機に本来の階級に戻る。
だが、大戦での活躍と、アクスムでの功績を認められて、大佐へ正式に認められた。
大佐でも中尉から四階級も上がる大昇進であり、誇って良い。
「残念です」
だが、一度将星を付けた身にとっては、それを外すのは悲しい物だ。
「そう気を落とすな。次の昇進では昇進出来るように推薦する」
「ありがとうございます」
「全くハレックも大人げないことをする」
「酷い物ですか」
「まあ、あまり大っぴらに話すことでは無いが、少々混乱しているのは確かだ」
「ハレック元帥の非協力でしょうか?」
「それもあるが、問題はこいつよ」
そう言ってスコット准将は自分の肩章を指さした。
「元帥の階級ですか?」
「そうじゃ。通常なら元帥の階級など一人か二人で十分じゃ。それがこの王国には四人も居る」
現在、王国にはラザフォード、スコット、ハレックの三人が新たな帝国元帥として帝国に認められている。
そして女王であるユリアは、国王に付属する階級として帝国元帥を送られている。
「通常なら一人か二人しかいない元帥が四人もおるとそれぞれが自分の階級を傘に着て主張し合って分裂する。上下を明確にして指揮系統を確立するための階級だが、四人も最高階級があるので混乱しとる」
「帝国はそれを知っているのでしょうか」
「知っててやっているんじゃ。帝国元帥同士のもめ事を仲裁するのは帝国が一番良い。女王でも出来るが下手に肩入れすることを避けて居るからな。当然と言えば当然じゃが」
絶対権力者が一方の家臣に肩入れすると反感が起こりやすい。そのため肩入れを極力少なくするのが常だ。
「そうやって不協和音を大きくして王国を分裂させる魂胆じゃろう」
「なんてことだ」
「まあ、他にもハレックが頭に血を上らせる理由はあるからのお。軍の改革計画の大半が潰されたのじゃからな」
ハレックが計画していたのは、鉄道機動軍への変換とも言える王国軍の改革だった。
王国軍を地方の治安維持、警戒、訓練徴兵を行う地方軍と中央に圧倒的兵力を持つ機動軍に編成し直そうというのだ。
これまで地方で起きた反乱の多くは兵権を持つ貴族による反乱である。
貴族は辺境における警備、治安維持、行政の役割を持ち特権とも言える絶大な権限を持つ。何故なら、中央にいちいち報告して指示を仰いでいたら、事件が起きたとき指示待ちで好機を逸し、事態が悪化する可能性が高いからだ。なので指示を受けずに迅速に対応するため絶大な権限が与えられていた。その権利を悪用して反乱を起こされるのは、仕方のない制度上の許容範囲と考えられていた。
だが、鉄道によって大きく変わった。
鉄道により、遠方の異変も直ぐに伝えることが出来る。
兵力も辺境に配置しておく必要は無く、中央で集中管理し、事が起こればすぐさま集中輸送で大軍を運べる。
つまり地方に貴族を置いておく必要性が無くなったのだ。
そして反乱のリスクだけとなった貴族から兵権を取り上げて王国軍に権限を集中させる。なおかつ、その軍を輸送するため、鉄道という輸送手段を軍で確保する必要があった。
貴族の兵権に関しては反乱に参加した貴族からは容赦なく取り上げてある。その他の貴族はそのままだが、いずれ理由を付けて取り上げる予定だ。
そしてハレックは自分の計画の要である鉄道を手に入れるため、正確には列車を動かす運行管理の権限を軍に移譲させようとしたのだが、失敗した。
軍隊輸送の協定を結ぶことは出来たが、迅速な輸送が出来ないとハレックは嘆いていた。
「鉄道の専門家であり功労者である昭弥卿に反対されてはいくらハレックでも無理じゃろう。だが、ハレックは怨んどるじゃろうな。アクスム開発も行われてはのう」
本来ならアクスムは未開の土地であり開発は不可能という意見の元、放棄される予定だった。
ハレックも治安維持のために大規模な軍を送るのは反対であり放棄に賛成だった。
ただ長年の敵国で会ったアクスムを併合しようという感情論に多少譲歩するために最小限の駐留軍を置き、無益さが軍内に浸透したところで本格的に放棄する予定だった。
だが、昭弥がアクスム総督になって開発を押し包め有望な土地だと言うことが判明した。
王国は方針を転換しアクスム開発に力を入れることになる。
それはハレックが警戒している東の大国周への対抗策、東方開発が遅れることを意味する。事実、東方への投資は抑制され開発に遅れが出ていた。
自分の計画をことごとく邪魔する昭弥をハレックは苦苦しく思っていた。
「貴官のことをハレックが毛嫌いしておるのも昭弥卿と親しいからじゃろう」
「では先の新型銃の件も」
猿人族の過激派などに王国の新型銃、後装式ライフル銃が大量に使われた事件があり、銃の出所をブラウナーは調査していた。
「流石にそこまではやらんとは思うが……念のために調べておるが難しい」
統帥本部は実戦部隊の指揮を行うために作られた機関で、戦闘部隊を指揮する。一方捜査を行う憲兵隊は軍務省、ハレックの管轄であり動かすことは出来ない。
統帥本部内にも調査を行う部隊はいるが権限が小さくて成果を上げるのは難しいだろう。
「さらに新型銃の製造が本格的に始まったために装備部隊が増えとることもあって、調査は難航しておる」
「そんなにですか?」
「ああ、次の戦争で主力になると考えて配備を進めようと近衛軍団長アデーレの奴が強く主張して主計局長のユーエルが十分な予算を確保したこともあり、生産数はうなぎ登りじゃ」
元士官学校校長のスコット元帥は溜息交じりに答えた。今の将官の殆どが彼の教え子であり、生徒時代の交友関係も把握している。特にユーエルが先輩であるアデーレを強く慕っている事も知っており、半ば公私混同の関係であることもだ。ただアデーレがまともなので、今のところ問題は無いが。
「配備先は近衛軍とアクスム軍それと東方軍。他にも配備されておるが、評価部隊、運用試験部隊への配備が殆どで少ない。後は帝国軍じゃな」
「帝国軍が?」
「ああ、画期的な新型銃ということで興味を持っているようじゃ。そのため少なくない数が渡っており、追跡は困難じゃ」
「集中配備している近衛軍や東方軍の方はどうでしょうか?」
現在新型後装銃の優先配備されているのは、導入を積極的に進めるアデーレの居る近衛軍と東方への軍備増強を主張するハレック手動による東方軍だ。
「近衛軍のアデーレはそんなことをするような奴では無い。自分の部隊に配備することに熱心じゃしな。念のためあたったが、白じゃった」
「東方軍でしょうか」
司令官であるアグリッパ大将は、前の大戦で反乱軍に参加していた。反乱に加わった人物が再び復職する事例は多いが、新たな火種となることも多い。
「確かに反乱に加わったが、状況がそうさせたのであって、本人は謹厳実直で信頼のおかる人物だ。儂も何度か指揮下や共に戦ったことがあるが、信頼を裏切ったり裏で何かを行うような性格ではない。念の為に調べておるが、白じゃろうな」
「そうですか」
「そう心配するな。必ず見つけ出す」
実戦部隊の指揮官としてはともかく、憲兵のような仕事はスコットは苦手だったが必ず見つけ出そうと決心していた。
「ところで話しは変わりますが、ウチの司令官どうにかなりませんか?」
「ミード中将の事か?」
大将だったが大戦での臨時昇進が無くなり、階級が下がっていた。これでも本人が嫌がり、元の中佐が良いと言っていたが、スコットの命令で中将に付けた。
「はい、私に結構、仕事を押しつけてくるんですよ。何とか働かせることが出来ないかと」
もうすぐ離れるとは言え、上官の事を色々あげつらうのは良くないが、言っておかないと他でもトラブルを起こしそうだ。
普通ならたしなめるところだが、スコットは穏やかに答えた。
「おぬし、それは無駄な努力というのだよ」
「うわ、この人投げちゃっているよ。最高司令官になのに投げちゃってるよ」
開けっぴろげな返答に思わずブラウナーは素で返した。
「ただで投げていると思うか?」
「はい」
「正直だな」
起こりもせずブラウナーの正直さを評価してスコットは答えた。
「ミードとは長い付き合いだ。最初は上官、次は同僚、そして上司となってきたんだからな。特に反乱後は上司として長い付き合いなんだからな」
確かミード少将はずっと昔の反乱に参加して降格されたと聞いていたのをブラウナーは思い出した。
「上官としては勇敢で信頼出来、同僚としては心強い。じゃが、部下としては独立心が高く、扱いにくいことこの上ない」
「それを何とかする事が必要では?」
「ウン十年上官としてやって来て、やらなかったと思うか?」
「……いいえ思えません」
何というか年季が違った。尊敬出来る事では無いが。
「まあ、よろしくやってくれ。ところで部下達はどうだった」
「ああ、色々と大変でしたが最近はまあ命令に従うようになってきてくれましたね。寧ろ協力的過ぎて言い合いになり調停に苦労するほどでした」
「アクスムの兵力はどうだ?」
「少し足りないですね。軍務省に増援を求めていましたがなしのつぶてです。まあ、現地のアクスム軍、現地の獣人部隊の増強で何とか凌いでいます。スコット大佐、いえノエル・スコット大佐は、お爺ちゃんに頼み込もうかと言っていましたが」
「……お爺ちゃん、だと」
その時、スコット元帥の目つきと雰囲気ががらっと変わり、剣呑な雰囲気となった。
「え、ええ。言っておりましたが」
思わず変化にブラウナーはたじろいだ。
「……そうか。下がって良いぞ。統帥本部に歓迎する」
「は、はい」
ブラウナーは逃げるように出ていった。
「……お爺ちゃん、じゃと」
扉が閉じてから唸るように言った。
普段のノエルからお爺ちゃんと呼ばれないことを気にしているスコット元帥だが、それ故にノエルの事を知っている。
自分が祖父の七光りで昇進していないことさら強調しないように、ノエルは「お爺ちゃん」と普段は言わない。
言うのは親しい友人、親友の同性士官のみ。信頼している相手でなければ言うことは無い。
男にお爺ちゃんと使ったのは元帥が知る限り初めてだ。
「……認めん。認めんぞ!」
元帥は一人、部屋で叫んだ。




