開業式典
遂に建設を完了し開業した王国鉄道。開業式典が盛大に行われる。
その日は、とても清々しい陽気だった。
辺り一面、花が咲き、小鳥のさえずる春うららかな景色。
昭弥の作った鉄道会社は、この日、開業を迎えた。
王都南岸に建設されたにもかかわらず、渡り船で多くの人々が押しかけて開業式に詰めかけた。
楽団が演奏を始め、式典の開幕を伝える。人々はこれから始まるハレの日に機体を膨らませた。
「ルテティア王国女王ユリア陛下ご入場」
この日の主賓であるユリアが入って来た。
国家元首自らの登場こそ、この事業がどれほど王国にとって重要かを示していた。そして、王国が力を入れているかも明らかだった。
既に帝国から王国が膨大な金額を借り受けて建設を進めているという話は帝国や周辺諸国に伝わっており、王国がどのような鉄道を作るか見てみようと、王国駐在の大使もやってきている。
それ故、賓客席は一杯だった。
全員が揃い、ユリア女王以下、多くの閣僚、大使が参列し責任者である昭弥を待っていた。
「昭弥さん、いや社長お願いいたします」
セバスチャンに促されたが、昭弥は動かなかった。
「昭弥さん」
「あ、なんだい」
緊張のあまり動けなかったのだ。
「開業宣言をお願いします」
「ああ、そうだね」
この日のために、昭弥たちは頑張ってきた。帝国に行き金を借り、議会で鉄道の必要性を訴え、反対者を説得し、建設、職員教育などなど様々な事をして建設してきた。
異世界に移ってきて一年ほどだが、自分の好きな鉄道のお陰であっという間に過ぎてしまった。
すべてはこの日のために。
「いや、違うな」
言葉に出して昭弥は否定した。
すると緊張が解け、ゆっくりと進んで行く。
賓客を含め大勢の見物人が昭弥を見ている。
彼らに伝えなくてはならない。
中央の演台に立って昭弥は話し始めた。
「皆さん、初めまして玉川昭弥です」
落ち着いた声で話したつもりだったが、大きく響いた。拡声魔法で声が大きくなると聞いていたが、予想以上だった。
「本日、王国鉄道株式会社は開業いたします。これまでの王国鉄道とは違い、多くの列車を自ら運用しお客様と預かった荷物を運ぶことを主としています。しかし、運ぶのはそれだけではありません。皆さんの未来です。ただ、遠くから遠くへ運ぶだけの仕事ですが、それが早く、大量に、遠くへ運ぶことが出来るようになります。これまで見たことの無い場所に行き、物を買い、戻ってくることができます。あまりにも抽象的で分かりづらいかも知れませんが、事実です。と言っても、今行けるのはセント・ベルナルドまでですが、まもなくオスティアへも伸びます。そして北へ、西へ、東へ、南へ線路を延ばして行き、最後には王国中を結ぶことになります。今日はその最初の一歩となります。今はまだ小さい王国鉄道ですが、これから更に大きくなり皆様の元へ行き、更に便利に使いやすくなります。そうなるよう努力いたしますので、どうか王国鉄道株式会社を宜しくお願いします」
昭弥は深々と一礼した。同時に割れんばかりの拍手が響いた。
ただ、様子見、社交辞令と言った感じで本気で叩いている人間は関係者しかいないようだ。
「昭弥さん、素晴らしい演説でした」
その中でも一番大きな拍手を行っているのがユリアだった。
「ありがとうございます」
「あれだけ大きな事を言えるのは昭弥だけです」
「いいえ、大言壮語を言ったつもりはありません。実現することですよ」
それは昭弥の本心だった。
ここはゴールでは無い。今日は始まりに過ぎない、ようやくスタートしたのだ。
明日からこそ、本番なのだ。
「それでは、お祝いの言葉を述べさせて頂きます」
選手が交代するようにユリアが昭弥の立っていた演台に立った。
「王国の皆さん。ルテティア王国女王ユリア・コルネリウス・ルテティアヌスです」
観客を含め全員が背筋を伸ばしてユリアに注目した。
貧弱な肩書きだけの昭弥とは大違いだった。
「本日は王国にとって大切な日となりました。王国鉄道を王国中に広げ、国を結びつける第一歩となります。これから多くの困難が待ち受けますが、私はこの王国鉄道に関わる全ての人々と共に歩みます。それこそがルテティアを繁栄させると信じるからです。そのためにはありとあらゆる援助を惜しみません。願わくばこの思いが報われ全ての人々が幸せになることを」
再び大きな拍手がわき起こった。
今度は女王の言葉であり、昭弥とは比べものにならないくらい大きかった。
だが一部では不安や嫉妬の混じった声が聞こえる。
今のは祝辞だけで無く、女王による鉄道の完全支援宣言だ。
どのような事が起ころうと王国は王国鉄道を支援する。
少なくとも高位高官、各国大使はそう受け取っている。
それは事実であり、宣言は現実の肯定だ。
この鉄道事業こそがルテティアの運命を決めると言っても過言ではない。
かつて明治期に鉄道が新橋、横浜間に出来たときも明治天皇以下政府首脳が立ち会うほどの国家事業であり、明治日本が近代化する重要な一歩であった。
それと同じ事が今ルテティアに起ころうとしている。
自分の知識からそれを完全に理解している昭弥は再び大きな身震いを感じた。
「では、ご案内いたします」
戻ってきたユリアを昭弥はそう言って迎えた。
「お願いします」
昭弥の先導でユリアが駅舎に入って行く。
入ったのは巨大なエントランスホール。大聖堂を思わせる巨大なドームで幾つもの柱で構造物を支えていた。
「広いのですね」
「はい、大勢のお客様を迎えるために広く取っております」
エントランスホールの奥にある改札口に二人は向かう。そこで、昭弥から陛下に切符が渡された。
「これは?」
「列車に乗るための切符です。これを駅員に提示して下さい」
「はい」
このような賓客の場合、昭弥の世界では切符は不要だ。だが、鉄道会社のシステムを説明するために、あえて切符を渡した。
緊張気味の駅員が切符ばさみで、切符を切り、改札の中へ。
「改札の中も広いのですね」
「乗り換えのお客様もいるので、問題ないように広く取ってあります」
「ここから上がっていくのですか?」
「そうです」
「レールが上にあるというのは、変な気分ですね」
「列車が通っている間も、ホーム間の移動が出来る様にと考えたのでこのような形になりました」
所々で昭弥は施設の説明を行いホームに上がって行く。
「こちらが、今日初めて出発する文字通り一番列車です」
待機していたのは六両編成の列車だった。機関車も含め、昭弥のいた世界ではJRの電車四両分くらいの小さな列車でホームの長さに比べて小さい。
だが、いつの日かホーム一杯に長い列車が何本も通ることを昭弥は確信していた。
「陛下、こちらにお願いします」
列車に案内する前に昭弥は、仮設の階段に案内しユリア一行を線路に降ろした。
バラストの敷き詰められた線路には、枕木が置いてあり、更にレールが犬釘で固定されていた。
ただ、一本だけ黄金色に輝く犬釘だけが、飛び出ていた。
「これを打ち込めば良いのですか」
「はい」
そう言って昭弥はユリアにハンマーを差し出した。
ゴールデンスパイク。
アメリカ大陸横断鉄道の開通式の際に最後のスパイクを打ち込むという儀式が行われた。
それを記念すべきこの時にやろうと昭弥は考えていた。
「お願いします」
「はい」
昭弥に期待されて、ユリアはハンマーを振り上げて全力で振り下ろした。
衝撃波のような突風が周囲に発生し、轟音と共にハンマーがゴールデンスパイクを叩いた。ハンマーはスパイクを枕木に埋めたが、それでも止まらず、枕木を粉砕しバラストも一部損壊してようやく止まった。
「あ」
当人であるユリアを含め全員が黙り込んだ。
ユリアは勇者の血を引いており、力は常人の数十倍はある。枕木を破壊することは可能。
この時は、大役を完璧に果たそうと力が入りすぎて破壊してしまった。
「う、打ち込まれたぞ! 楽団演奏!」
昭弥が気を利かせて叫んだ。楽団も気まずい雰囲気を払おうとやけくそ気味に演奏を行う。
幸い、進行方向とは逆なので、この後の走行に問題は無い。
枕木やバラストも今日中に作業すれば復旧出来る。
ゴールデンスパイクは後で取り外す予定だったが、バラストの中に埋まり、取りだし易くなったのが、このハプニング唯一の収穫だ。
なお、このゴールデンスパイクは博物館に保管されている。
王国や会社の公式記録には、詳細は書かれず、ただ、女王の一撃によって完成したと書かれるのみだ。
「どうぞ、ご乗車下さい」
昭弥は、気まずい雰囲気を払うべく、半ば強引に最後尾の展望車に案内した。
この日のために作らせた特別製で、後ろに腰上ぐらいの高さの柵で仕切っただけの展望台があり、外気に触れることが出来る。
そこに昭弥は案内した。
「ここで手を振りながら皆に見送られるのね」
「はい」
本来なら直ぐに客室に入れてよいのだが、女王陛下臨席と言うこともあり、最大限の宣伝効果を出すために、展望台で手を振って貰う事にした。
ユリアなど来賓が乗った後、先頭の機関車から汽笛が鳴り響く。
「出発進行!」
駅長の合図で機関車がゆっくりと進み始めた。
蒸気の音が段々と小刻みになって行くと共に、列車は加速して行き次々と人々を追い抜いて行く。
やがて人が追いつけない速さになり、矢のような速さでホームを駆け抜け、駅から飛び出した。
「早いのね」
駅を出ても列車は速度を落とすこと無く進んで行く。
「ええ、この速いスピードが鉄道最大の特徴です。通常運転でもこれぐらいの速度で移動します」
ユリアが感動で一杯の表情をしている。
付き添った随員たちも驚きの表情だ。少なくとも鉄道の可能性について理解してくれただろう。
「ここは寒いですからどうぞ中へ」
何も言わなくてはそのまま留まりそうだったので、昭弥は車内へ促した。
昭弥は用意したユリア用の個室に案内した。
「走行中も中を移動できるんですね」
「ええ、簡単に移動できます」
これまでは馬車の延長で客室ごとに壁で仕切られており、客室と客室の間を移動できなかった。だが、昭弥は片側に廊下を設けて移動できるように作っていた。
「でも、移動する必要があるのですか?」
「ドアを減らすことで客車の構造を軽量で強くすることが出来ます。それにいずれ食堂車やサロンカーなど様々な機能を持った車両を組み込みたいので移動できた方が良いのです」
「楽しみです」
そんな話が客車の中で咲き乱れ、列車はラザフォード伯爵領に作られた駅ラザフォードに到着した。
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