帝国鉄道の赤字
昭弥の言ったことは直ぐに起こった。
帝国が改鋳を発表し、その時点で物価の上昇が始まった。
そして、新通貨の使用が始まると、更に物価は上昇したが、昭弥の言ったとおり、一時的なもので直ぐに下落が始まった。
物価の上昇は帝都で著しかったが、物価高を聞きつけた商人が、高値で売りさばこうと各地から商品を輸送。物が溢れすぎた為に、物価が下落したのだ。
その後は、一時換金の混乱で物価の高くなった場所があったものの、すぐに沈静化していき、物価が下がり始めた。
「結局、元のままですね」
「うん、焼け石に水だからね」
改鋳から暫く経って物価が緩やかに下がっている状況で昭弥はセバスチャンに話した。
「で、大丈夫だったんですか?」
「何がだい?」
「いや、色々と投資していて、影響は無かったのかなと」
「まあ、等価で交換されていたから問題無いよ。それに結構な商品を購入したからね」
「どういう事です?」
「簡単さ、大量の商品を高くなる前に買って、インフレになったときに売却したんだよ」
「良く出来ましたね」
「鉄道で輸送出来たから、という理由もあるけど大半は現地で購入して保管して高くなったら売っただけだよ」
「よくそんな事出来ましたね」
「インフレになるのは分かっていたからね」
「でも、原資はどうしたんですか? 王立銀行は結構手一杯だったはずじゃ?」
最近、デフレのために金貨が少なくて貸し出せる資金が王立銀行では少なくなっていた。
「ああ、債券を売り払った」
最近王国に借金を求める団体が多い。鉄道建設をしたいが、金が無いので貸してくれと。その際は債券を発行して王立銀行に調達させる。その債券を売ったのだ。
簡単に言えば借用書を他人に売却したと言うことだ。現金を得る代わりに売却先に借りた金を受け取る権利を渡したのだ。
「けど、多くは貴族領だったはず、そう簡単に取り立てられる所なんて……まさか」
「うん、帝国政府」
いくら治外法権が許されている貴族領でも帝国政府の取り立てを拒むことは出来ない。
「不良債権化していたからね。こちらとしても必要な処置だよ」
「少々、安くありませんか?」
貸し出した金額に少しだけ上乗せしただけの金額で売却している。
「赤字にならないだけで十分だよ。それより、資金も出来たし、帝国国内には金が巡っているんだ。これを使って大規模な投資を行うぞ」
昭弥の宣言から数日後、王国鉄道が帝国各地に対して鉄道建設の援助を広げた。これまでも行っていたが、今回は更に規模がでかくなった。
今のところ経済活動はデフレ傾向だったが、かつてより大量の通貨が流れているため、経済的なチャンスは多かった。
更に王国が資金を貸し出すという魅力的な条件で行っているために、建設を考える人間が多いのも有利に働いている。
帝国に債券が売却されたのも、王国の資金繰りが悪化したと言うより、借り主の浪費が酷く、返済を滞らせたという風に印象づいており、貸し出しも好調だった。
こうして帝国では鉄道の建設が盛んになったが、帝国鉄道との並行路線が増えてゆく。
「陛下、問題が起こっております」
帝国鉄道の責任者が報告にやって来た。
「どうしたんだ」
「収支です。実は今期初めて赤字になっております」
「何だと」
これには皇帝フロリアヌスも立ち上がるほどたまげた。
「どういうことなんだ! 鉄道は黒字では無かったのか」
「確かに建設すれば直ぐに人や物が集まり、直ぐに黒字になりましたが、最近は少なくなっています。しかも最近は建設が多く、常に赤字です。また、最近は並行路線が増えており、その競争により既存路線での収入が減りつつあります」
「何だと! 何処だ!」
皇帝は責任者の差し出す書類を見て確認した。
「全て帝国鉄道の大きな収入源では無いか」
並行路線は短いが、帝国鉄道の収入源として重要な場所が多かった。
鉄道は短距離で多くの人、物を数多く運ぶ事が一番収入が多い。
長い路線を持つ帝国鉄道でも例外では無く、そうした短距離で高い収入を得ている区間が必ず存在した。
そこを狙ったように並行路線は出来ていた。
「我々への挑戦か」
フロリアヌスの言葉は被害妄想から出ていたが、半分当たっていた。
帝国鉄道の進出を受けて昭弥は、王国のみで戦うのは不利と考え、帝国各地の領邦や町を支援することで鉄道を建設し、帝国鉄道の収入を激減させることにしていた。
そしてその場所は、帝国鉄道の重要な収入源だった。
これは収入源を減らす目的と、鉄道建設において十分に利益を確保できる区間だったという経済上の事情があった。
「更に、近年王国鉄道の賃金が上がっております。そのため帝国鉄道でも賃金を上げろと求める声が上がっており、一部では仕事を放棄する者もおり、その対策費も上がっています」
「何故だ」
「労働者の生活保護を求める声が上がっているのです。労働時間を少なくし、人間的な生活を求める声が広がっています」
「くっ」
ポーラ女史をけしかけて王国への打撃にしようとしていたのだが、ブーメランのように帰ってきてしまった。
「王国鉄道への対抗策はどうなっている」
「様々な方策を整えようとしていますが、ことごとく王国に先手を取られているために、鉄道では挽回出来ません」
「何を弱気な、相手は神か悪魔かというのか……」
その時、フロリアヌスは頭に閃くものがあった。
「そういえば、王国鉄道の責任者、玉川昭弥が現れたのは数年前だったな」
「はい」
「丁度その時、ジャネット魔術師が事件を行ってまた失敗していたな」
ジャネット魔術師が失敗するのはいつものことだが、その時は非常に大きな爆発を伴うものだったため、記憶に残っていた。
「……ジャネット魔術師に尋ねよ」




