選挙結果と裏側
数日後、選挙が行われ、電信によって選挙結果がもたらされた。
情報ではほぼ予想通りの議席獲得となったが、ポーラ女史が当選するという大番狂わせが起こって昭弥を唖然とさせた。
「どうして当選できるんだ」
しかも王都選出って冗談がキツいぞ、と思う昭弥だが現実なのだから仕方ない。
「大量の組織票が入ったとしか思えません」
「そんなにかんたんに当選できるのか?」
「枠の一つの有権者が名主や家主なので」
「あー……」
ある程度の資産家で無いと、最低でも家主で無いと選挙権が無いのか。
明治に納税額が三円以上の資産家でないと選挙権が無いのと同じか。
「彼らがぐるになって当選させたとしか思えません」
「どうして当選させたんだ?」
資産家なら奴隷を大量に所有し開放されたら困るはずでは、と昭弥は思っていたが、偏見だったことを後に思い知ることになる。
かつては選挙が終わってから議会が開催されるまで三ヶ月から半年ほどの日数が必要とされた。全ての議員、特に辺境から選出される議員が王都に着くまでにそれだけの時間が掛かるからだ。
だが、鉄道の開通によって王国何処からでも数日で到着出来るようになり、選挙から開会までの日数が大幅に短縮された。
議員らは王国鉄道に乗り込み、続々と王都に集結した。
議会開催日になって、昭弥は他の議員達と共に王城の議場に入り、議員の提案を聞くことになったが、昭弥を愕然とさせた。
「んなこと出来るか」
議会から帰ってきて本社で苦虫をかみつぶして昭弥は叫んだ。
怒りの原因は議会に提出された第二次鉄道建設法だ。
王国各地に路線を建設するという法律だが、どう見ても採算が取れないような地域への建設も含まれている。
とても呑めるものではない。
鉄道を敷けば儲かると単純に考えているようだが、利用者がどれくらい出てくるか計算できないようだ。
また現在でも新路線の開通、開業が続いているが、常に前の開業路線より収入が少ないという状況が続いて居る。
これは、採算の取れる路線から開通させているためで、前の路線より収入が少なくなるのは当たり前だ。つまり、採算の取れる路線のみ計画に入れて建設しているので、新たに建設してもよほどのブレイクスルーが無い限り、収入は望めないのだ。
だが、民衆の支持を受けた彼らは更なる建設の為に、計画を実行しようとしている。
これがポピュリズムというものか。
「他にも建設で落ちる金を目的にしている人達がいます」
「下請けか」
一応、王国鉄道建設という王国鉄道グループの建設会社もあるが、建設の多くは既存の土木ギルドを改変した土木会社が建設している。鉄道建設は大規模であり利益が大きい。
また資材の購入に関係する会社や、労働者へ食事などを供給する会社もあり建設で稼いでいた。
だが、王国への鉄道建設は路線網の拡充と共に下火になりつつある。
そのため建設で儲けた会社群は経営のために建設の継続を行うべく第二次鉄道建設法を出してきたのだろう。
更に、奴隷制度廃止の法案が出て成立しかけている。
どういう事か分からなかったが、支持する議員の出身や支持母体を見て納得がいった。
全員、新興商人、新たな企業家で新しい工場を持っている、あるいは建設しようとしていた。
だが、稼働させる時に問題が起きた。
工員不足である。
現在は好景気で雇用が増大、それに伴い賃金が上昇中。新たな工員を要請しないと無理だ。だが、増えそうに無い。
帝国本土からの移民もいるが、農地に行ったり割の良い工場へ行ってしまう。
そこで、考えたのが奴隷だ。
買い付けることも考えたが、市場に出回る奴隷は少ない。だが、大農場で使われている奴隷は多い。彼らを解放すればどうなるか。
働くスキルの無い彼らは工員、労働者として働くしか無い。
そんな彼らを安価に雇って儲けようというのだ。
「偽善的な考え方だな」
「はい、酷いやり方です」
セバスチャンも怒りを露わにしている。
「ポーラ女史を当選させたのも彼らだろうね。隠れ蓑にして資金を提供し組織票で当選させたんだろうね」
その頃、ポーラ女史の邸宅では、議席獲得の祝賀会が行われていた。
「おめでとうございます」
「これで奴隷解放への一歩がまた踏み出せましたな」
「ありがとうございます。これもお二人のお陰。奴隷解放に賛同してくださる方を纏めてくださったお陰です」
ポーラは二人をねぎらったが、二人とも新興商人で、新しい工場を建てようとしており工員が必要だった。それを解放された奴隷で賄おうとしていた。
最近は王国鉄道機械製造が、操作が簡単な機械を大量に生産している。
それを購入すれば、簡単に操作出来るし、原料を入れたり出来た製品を運び出すだけで済むので何の能力のない解放奴隷でも十分に出来る。それも安価に雇うことが出来るだろう。
だが二人はそんな事をおくびにも出さない。
「解放された彼らの職もお世話させて頂きます」
「また、彼らが働きやすいように、鉄道します。多くの製品を売ることが出来ますから、また多くの解放奴隷を作ることが出来ます」
第二次鉄道建設法を成立させたいのも自分達の製品を各地に売り込みたいからだ。
また、建設過程で必要となる資材や工具、衣服などを売り込むという狙いもあった。
「どうかポーラ女史のお力で奴隷解放の実現を」
「はい、勿論です」
彼女の人生は不遇とも言えた。
帝国貴族の家に生まれたが、五人兄弟姉妹の丁度真ん中で両親の愛情が上と下の兄弟姉妹に注がれたために孤独な日々を過ごした。
唯一心を打ち明けられたのが、家の所有する奴隷達だった。
大規模な農園を経営する彼女の家は、多くの奴隷を所有し子女は屋敷でコマ使いをさせており、彼女の遊び相手だった。
だが、家の奴隷の扱いは過酷で、身体を壊す物が続出した。父親は性格に少々欠陥があったらしく財産でもあった奴隷を酷使した。帝国においては奴隷は財産であり、いたずらに労働させたり傷つけたりすると働けなくなるので、大切に扱うが、父親はそのことに頭が回らなかった。
そのためポーラは父に酷使を止めるように訴えたが聞かず、奴隷と必要以上に接するポーラを神殿に巫女として遠ざけてしまった。
そして、悲劇は起こった。
巫女として務めていたとき、実家で奴隷の反乱が起きてポーラの家族全員を殺害するという事件が起きる。
巫女となっていたポーラのみが生き残り、緊急の連絡を受けて実家に帰ってみると全員が亡くなっていた。
ただ、それでもポーラは奴隷を憎むことは無かった。むしろ、奴隷を過酷に扱った報いを受けたのだと結論づけた。反乱を起こした奴隷が、地元の自警団と帝国軍によって全員が殺されたことも彼女が奴隷を憎まなかった原因の一つだった。
家族が全滅した結果、唯一生き残ったポーラが当主を継承する。
継承して初めて彼女が行った事は、反乱に加わらず生き延びた奴隷の解放だった。
彼女にとって奴隷を所有していること自体が罪であり、家族が死んだのは罰だと信じていた。
そして彼らは解放されたが、殆どは彼女の元から離れる事は無かった。解放してくれたポーラに恩を返したいと引き続き、仕えさせてくれと頼み込んだ。
これを受けた彼女は、良い事をすれば人は自然と集まると考えるようになった。
だが、そう思ったのは一部の解放奴隷のみで、大半の解放奴隷は、何処にも行くあてが無く、働き口さえ知らなかったからだ。
結局、身分が変わっても環境を変えたくなかったのだ。
だが、ポーラはそんな事を知ることも無く、周りの貴族領からも奴隷を買い集め解放奴隷としていった。
彼女の領地は何時しか解放奴隷で溢れ、奴隷の駆け込み寺となった。
トラブルも多く、他の貴族領と裁判沙汰となった事も多かったが、勝訴が多く、彼女の考えをより強固なものとし、新たな奴隷を解放するべく供給源のルテティア王国に乗り込んだのだ。
そんなポーラは奴隷解放による安価な労働力確保の実現者、あるいは自分たちの代弁者、身代わりとして、新興商人にとっては非常に有益な人物だった。




