証明
「演習場の方は準備出来たよ。線路の敷設も準備しておいた」
「早いね」
ティベリウス卿、通称ティーベの報告に昭弥は驚いた。
「帝国軍が凄く協力的だったからね」
帝国軍、引いてはそれを率いる皇帝が協力するのは、意外と言えば意外だったが、昭弥が失敗して恥を掻けば良いと考えて、協力しているのだろう。
皇帝に勘違いに昭弥は感謝した。
「ただね」
「どうしたんだい?」
言葉を濁したティーベに昭弥は答えるよう促した。
「どうも、あの事故を僕たちが仕組んだという噂が帝都に流れている。会議で不利だったから、起死回生のためにやったんじゃ無いかって」
そう言うとティーベと昭弥は傍らにいた元盗賊のセバスチャンを見た。
「やっていません! ご命令はありませんでしたし、他者とは言え鉄道事故を起こすなんて社長に殺されます」
「うん、理解してくれていて嬉しいよ」
そういって昭弥はセバスチャンに謝罪した。
セバスチャンなら、証拠を残さず事故を起こす事は可能だろう。だが、執事として秘書として優秀であり、昭弥に嘘を吐いたことは無かった。
「疑ってゴメン。ただ、人為的に仕組まれていないか調べる必要もある」
「一応調べましたが、人為的なものの可能性は少ないです。社長にも報告書を出してご確認頂いています。専門的なことは分かりませんから」
「セバスチャンの報告は読ませてもらったよ。確かに疑いの無いくらい人為的なミスと、構造上の不備だ」
「でもそれを理解してくれる人がいるかな」
「難しいな」
ティーベの言葉に昭弥は素直に答えた。
産業が発展して識字率が少しずつだが高くなっている帝国だが、技術や科学に関する知識も関心も低く、技術的な安全性を理解出来る人は少ないだろう。
事故は自分たちが起こしていないと訴え、理由を述べても技術的な話しは理解されず、犯人が無罪を主張しようと出鱈目を言っているように聞いてしまうだろう。
「それらを払拭するためにも、この実験は失敗出来ないな」
一週間後、帝都の郊外の一角、帝国軍の演習場に円を描くように二本の線路が二キロに渡って作られた。
簡単に演習場を借り受けることが出来て、翌日から帝都の工員をかき集めて作り上げた即席の路線だが、かなりの重量の列車にも耐えられる強度を持っていた。
演習場の地面の固さが気になったが、何百年にも渡って十数万の兵士が行進演習をしてきた大地は硬く、鉄道の重量に耐えていた。
そして複線の線路にはそれぞれ帝国鉄道と王国鉄道の機関車、ほぼ同じ大きさで出力をもつ機関車が、貨物を満載した貨車を繋げて待機していた。
スタート地点には昭弥がおり、円形線路の外側と内側には大勢の観客が待っていた。
今回の騒ぎは帝都中に知れ渡っていたし、昭弥も大々的に宣伝していた。
ただ、王国鉄道が事故を起こしたという噂が、この一週間で帝都中に広がり、観客の多くは昭弥を罪人のような目で見ていた。
しかも最前列には帝国近衛兵が待機しており、昭弥が逃げ出さないか見張っていた。
これでは、完全に犯罪者扱いだ。
だが、それでも昭弥はめげずに前に出て大声を張り上げた。
「では、これより王国鉄道の機関車が帝国鉄道の機関車より優れていることを証明しましょう。ですが、その前に」
そう言って昭弥は更に声を張り上げた。
「私たちが、会議で優位に立つために事故を起こしたという噂がまことしやかに流れていますが、それは違います。確かに帝都周辺で起きたのは、偶然ですが、鉄道事故の頻度から言って何ら不思議ではありません。帝都に伝わらないだけで多くの鉄道事故が起きています」
そう言って、昭弥は紙の束をばらまいた。
「これはこの一年間に起こった鉄道事故の記録です!」
その紙には、調べられた限りの鉄道事故が書かれていた。小さな者を含めて一日当たり二〇件以上。年間で七〇〇〇件以上。
日本の鉄道も昭和五〇年頃でも年間三〇〇〇件もの鉄道事故があったことから、不思議では無い。
王国鉄道もあったが大半は帝国鉄道だ。
「いつも何処でも鉄道の事故が起こっても不思議ではありません。しかし、恐れることはありません。鉄道はきちんと作れば安全な乗り物です」
そう言って、後ろにある車両を連結した二台の機関車を指した。
「内側には王国鉄道の機関車、外側には帝国鉄道の機関車があります。後ろには貨車がそれぞれ五両。各貨車には十トンの荷物を搭載しています。機関士はそれぞれ、専属の機関士です」
全ての貨車は無蓋貨車で、蓋のない大量の樽に水が溢れんばかりに積まれており、一切誤魔化しが出来ないようになっていた。
「これから、機関車を同時に走らせ、同じ速度で走らせます。そして、ここから六〇〇メートル手前でブレーキを同時にかけます。すると王国鉄道はこの前に止まりますが帝国鉄道は止まれずに通り過ぎます。ではご覧下さい」
そう言って昭弥が合図すると、機関車は同時に走り出した。
ほぼ同じような加速で進んで行く。
やがてスピードが乗り出し、速いスピードになる。
そのとき、昭弥はおもむろに動き出した。
近衛兵が逃亡と思って動こうとするが、直ぐに止まった。昭弥は会場から離れるのでは無く、線路に向かい、外側のレールを越えると内側の線路の中で立ち止まった。
「しゃ、社長、何をやっているんですか! 離れてください!」
セバスチャンが驚いて離れるように懇願するが。
「不要だ、王国鉄道の機関車なら私の前で止まる。王国鉄道の機関車は必ず私の手前で止まります!」
最後は観客に向かって叫んだ。
その時、汽笛が鳴った。六〇〇メートル前のブレーキ作動地点に到達したのだ。
機関車が勢いよくこちらにやって来る。
先頭を走るのは帝国鉄道の機関車だ。減速せずに昭弥の前に猛スピードで突っ込んでくる。
「危ない!」
観客が叫んだ後、昭弥の姿が機関車の向こうに消えた。
だが、速度が下がりにくい帝国の機関車は猛スピードのままで走り抜け、五両の貨車の後から、昭弥が現れた。
だが、ホッとしたのも束の間、王国鉄道の機関車が迫ってきている。
再び観客は凍り付いた。
だが、王国鉄道の機関車は徐々にスピードを落として行く。
そして、歩くような速度となり最終的に昭弥の前で止まった。
止まった後、盛大に蒸気を吹き上げて周囲を白くした後、機関車の前に佇む昭弥が現れた。
「ご覧の通り、私は生きています。王国鉄道の機関車はきちんと止まりました。外側の線路に居たら帝国鉄道の機関車にひき殺されていたでしょう」
昭弥が冗談を交えて話すと、観客から歓声が上がった。
「待て! 帝国鉄道機関車の機関士はきちんとブレーキを引いていないのでは無いのか!」
しかし、意義を唱えたのが近衛兵の隊長だった。
「金でも渡しているのでは無いのか! あるいは細工をしているのでは無いのか!」
「では、その証拠を見せて貰いましょう」
「何?」
「私は、身を以て自信の説の証明を行いました。ならばあなたも自らの身を以てそれを証明するべきでは?」
「ぐっ」
近衛兵の隊長は怯んだ。
いくら何でもあのように証明することは不可能だ。
「異論があるならば自ら証明しなさい」
凛とした声が会場内に響いた。
声を発した主は
「ユリア! 陛下!」
声の主を見た昭弥は驚き慌てて敬称を付けた。
「どうしてこのようなところに?」
「あなたが、言われも無き理由で牢に繋がれようとしていたからです」
そう言って昭弥の元に駆け寄り話す。
「今、我がルテティア王国鉄道大臣玉川昭弥は自らの言葉を自らの身体をもって証明した。異議を唱えるならば自ら証明せよ! それをせず口先のみで非難するならば、大臣の名誉を守るために私自ら剣を振り下ろそう」
ドンという音と共に自らの大剣を大地に突き刺して震えさせた。
帝国の近衛兵達は、恐れおののき、すごすごと退散して行くしか無かった。




