演説
事故が起きたのは、帝都近郊にある、帝国鉄道路線の緩やかな下り坂の前で起きた。
ここの待避線へ貨物列車が入線し待機に入る。
次の発車まで時間が有ることから、機関士は機関車をそのままにして近くの信号所で休憩に入ることにした。
そして彼らが最初のココアを飲んだ瞬間、機関車が爆発した。
ボイラーの火を落とさず、蒸気弁も開放しなかったため、圧力が高まり爆発したのだ。
安全弁が取り付けられていたら防げた事故であったが、この機関車には取り付けられていなかった。
更に悪いことに爆発の衝撃で運転台のブレーキ弁が開放され、各部のブレーキが解除されてしまった。解除されたらブレーキは作動しない。
緩急車のブレーキも緩んだため、坂道のため列車は下り始めた。
ポイントの切り替え前で本線に繋がったままのため、貨物列車はそのまま本線に突入し、速度を上げて下って行く。
運悪く坂の下で待機していた旅客列車に衝突。脱線してしまった。
死者一二名、負傷者三四名。
被害者の数は少なかったが、会議に影響を与えることとなる。
「一時休会とします」
議長の宣言により総会での採択は中止された。
だが、事故の詳細な報告が上ってくると風向きが変わり始めた。
機関車も車両も全て帝国の安全規格に沿って作られていたものであり問題は無かった。 だが、王国規格が採用されていれば完全に防げた事故、いやどれか一つでも採用されていれば防げた事故だった。
「これは天佑だ」
総会が休止となり、一旦王国の屋敷に戻り情報を集め分析を行った昭弥は呟いた。
「犠牲者を冒涜することかも知れないが、これは反撃の切っ掛けになる」
「王国鉄道の安全を喧伝するんですね」
「ああ」
セバスチャンの言葉に昭弥は同意した。
「問題は何処で説明したら良いんだろうか」
「それなら元老院前の広場とか、市場の前とかがいいよ。各地の集会場もいいね」
答えたのは、王国鉄道帝都本店、帝国本土を担当する拠点の支配人ティベリウスだ。
北に領地を持つ帝国貴族だが、昭弥の会社の役員となり売り上げに貢献して貰っている。
「どうしてそこが良いんだい?」
「ああ、リグニアは元々民主制の都市国家だったからね。民主制の根本は大衆を納得させる弁舌を行う事でその場を作るのが重要だったから、各地に演説用の集会場がある。帝政になっているけど、根本的なところで民主制は変わっていない。そのため、あちらこちらに集会場があるよ」
「帝政と民主制は相容れないものだと思っていたけど。皇帝が民意を無視して勝手に行うというか」
「まあ、そう見えるけど地域で行う事は皆で、どうしようもないとき上に陳情するのが基本。皇帝は帝国の命運に関わる重要な事だけ専断するようになっているんだ。棲み分けが行われているから、矛盾もないし上手く行っている。まあ、皇帝の推戴や失政を行ったとき多数決で戴冠させたり退位させたりするけどね」
「怖いな」
帝国でありながら民主主義の国とは。
「けど、上手く行っているの?」
「全部が上手く行く事なんて無いからね。集会場で時折、大道芸人の演芸が行われたり、吟遊詩人の弾き語りが行われているよ」
「いいのかよ」
国会議事堂とまでは行かないが、県議会か市議会の議場で芸人の漫才ショーが行われるようなものだ。
「まあ、四六時中政治討論をする訳にはいかないし、政治的な問題がいつも出てくるようじゃ、その社会はダメな証拠だよ」
「確かにね。よし、人が集まる集会場を見つけ出して置いてくれ。あとセバスチャン、今回の事故の情報をあちらこちらに流しておいてくれ」
「はい」
三人は早速行動に入った。
暫くして事故の詳細な内容が帝都中に流れ始めた。
大きな事故であったこともあり、帝都民の関心は集中した。そして、帝国鉄道の規格と王国鉄道の規格の違いについて話し合う人々が多くなる。
このため、会議において再審議を求める声が、あちらこちらから広がり始めてきた。
勿論、これらの宣伝は昭弥の分析を受けて、セバスチャンが流した情報だ。
一方の昭弥もここぞとばかりに事故の非を述べた。
会議は中断していたが、迎賓館前の広場や鉄道駅の前で昭弥は今回の事故について演説する。
「これは安全規格の欠陥であり、この度施行される標準規格に則ったものであるため、今後も同種の事故は頻発するでしょう。この事故を防ぐには王国鉄道の規格を採用する以外に方法はありません」
休会中でも精力的に帝都各地を演説して周り、王国鉄道規格の採用を訴えた。
「演説を中止しろ」
だが帝都中央駅の前で演説している時、その演説を止める者が現れた。
黒地に金縁の制服、帝国近衛軍だ。
「何故でしょうか」
一個中隊に及ぶ近衛兵の集団を前に昭弥は訪ねた。近衛兵の隊長が、話す。
「悪意のある演説を行い、いたずらに人々に不安をまき散らす事は法により禁止されている。直ちに止めよ」
「私の言っていることは事実です。決して嘘ではありません」
「ならばその言葉が嘘で無い事を証明せよ」
「それは出来ません」
「ならば牢に入れる」
近衛兵が動き出そうとしたとき、昭弥は答えた。
「では一週間後、郊外の演習場において証明しましょう」
「一体何をやる気なんですか!」
帝都の支店に戻るとセバスチャンが怒りに満ちた声で昭弥に言う。
「帝国の近衛隊に楯突くなんて。向こうは演説を止めさせるだけで本気で逮捕する気は無いでしょう」
幾ら帝国の近衛兵でも王国の大臣を逮捕するのは、危険であり、本気で捕まえる気は無く脅し、もしくは演説の妨害が目的だった。
「ですけどあんな約束をするなんて」
帝国において自分の言葉に責任を持つのは当然であり、演説での話しは実現しなければならない。それが虚偽だと分かれば信用はがた落ちとなり、二度と信じては貰えない。
妥当なことを言っていたとしても、それが本当なのか、証明しなければ信用されない。
昭弥は自ら自説の正しさを公衆の面前で証明する必要を、自ら招いてしまった。
「必要な事だよ。実際に目にしないと誰も納得しないよ」
だが昭弥は自信を持ってセバスチャンを説得するように言った。
誰も口先や机上の理論など信用しない。実際に目の前でやるしか無い。
「目に見える形で証明するだけだよ」
「どうやって証明すると言うんですか」
「大丈夫だよ。ちょっと用意する物が必要なだけでね。ティーベ」
「なんだい?」
王国鉄道帝都本店、帝国本土を担当する拠点の支配人ティベリウス、昭弥の友人が答えた。
「帝国軍の演習場を抑えてくれ。明日から一週間分ね。帝国鉄道規格の機関車と客車を何処からか借りてきてくれ。それと王国鉄道製の機関車と客車にレールを、枕木も。郊外に複線の線路を七日後までに建設して、用意した機関車をそれぞれ置いておいてくれ」
「良いけど何をするんだい」
いたずらっ子の笑みを浮かべてティーベは尋ねてきた。
「ちょっとした証明だよ。命がけだけどね」




