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思想の差

 開催された帝国鉄道標準規格制定会議は、昭弥の予想通り、大荒れになった。

 会場である迎賓館は、帝国一の格式を誇る会議場であり大広間や幾つもの小部屋からなる。その迎賓館へ各事業者が連日押し寄せ、自分たちの意見を述べにくる。

 会議は各事業者の代表者からなる総会の下に、各分科会があり、それぞれのテーマにしたがって討論が行われる。

 分科会の種類は豊富で用語、安全規格、車両限界等の技術的なものから車両の売買及び貸与、貨物取り扱い、乗り入れなど経営的なものもあった。

 だが、各分科会は揉めに揉めた。

 簡単に書くと


帝国「ウチが本家本元なんだから、ウチに従え!」

王国「こっちの方が安全で効率的なんだからウチのを採用しろ!」


 以上のような遣り取りが各分科会で行われ、帝国と王国は平行線を辿っていた。

 いくつか例を挙げる。

 ブレーキ弁の構造だが、スイッチを入れると作動するタイプが殆どの帝国に対して、王国鉄道は常に作動させておきスイッチを入れて解除するようにしていた。

 運転しているときだけ解除することで、動けるようにして通常はブレーキが掛かった状態にしておく。こうすることで、運転時以外で車両が動くことが無いようにしてある。ブレーキをかけ忘れて動き出すのを防ぐことが出来る。

 これをフェールセーフというのだが、このような概念がこの世界には無くて、ブレーキは、かけたいときにかければ良い、という考えの人々が多くて理解されない。

 ボイラーに関しても安全弁の設置を要請した。

 蒸気機関車はボイラーで蒸気を作り、圧力を高めて動かすのだが、高すぎるとボイラーを破裂させる原因となる。そこで一定以上の圧力になると蒸気を放出する安全弁を取り付けてあるのだが、蒸気を捨てるなど勿体ないと言って、導入に消極的だった。

 用語の統一もそうだ。

 元々帝国には、リーグとかリブラという単位があったが、昭弥が大量に送り出して来る新型機関車や車両の諸元の単位が、昭弥のいた世界のメートル法で書かれているため、急速にメートル法が浸透していた。

 最初は昭弥が帝国の単位に直していたが、早口で指示すると所々で元の世界の単位で離すため、そのまま記載されてしまい、周囲にも伝搬。そのため王国鉄道ではメートル法で仕事が行われ、王国鉄道の利用者や支援を受けた鉄道も使うようになってきて、帝国へ徐々に浸透していった。

 これを帝国の精神を汚す行為だと非難する勢力があり、帝国の単位に直そうとしたが、あまりにも急速に増えすぎてどうしようもなくなっている。

 中でも馬鹿馬鹿しくも深刻なのが標準時だ。

 日本標準時とか、グリニッジ時間とかの標準時の事で帝国において、どれを基準にするかで揉めた。

 鉄道は時間通りに動かさないと事故が起こりやすくなる。決められた時間に動かすべきだが、その時間がまちまちだと混乱し、事故が起きやすい。

 日本だと日本標準時のみで特に問題は無いが、東西に広いアメリカ本土だとニュー・ファウンドランド標準時、東部標準時、中部標準時、山岳部標準時、西部標準時の五つあり各州がどれかを選んでいる。

 帝国も東西に広いため、いくつかの標準時を決める必要があるが、この世界の場合どう標準時を決めるかという根本的な問題があった。

 アメリカは五つの標準時が有ると聞いて、面倒くさいと感じる人が多いと思うが、アメリカの鉄道史を知る昭弥にとっては、よく五つに纏める事が出来たなと感心する。

 アメリカは独立した各州の集まりだというのを知っているだろう。

 そのため各州で時間がまちまちだった。

 であれば、まだ話しは早い。

 州内でも複数の標準時が採用されていたのだ。

 ある州など州内に三三の標準時が使用され、それぞれ活用されていた。

 何故、このような事になったかというと、おらが村の中心で正午が南中になるように設定したためだ。

 例えば東京で日本標準時の正午を迎えたとしよう。その時、太陽は南中、真南にあるわけではなく少し西に傾いている。

 これは日本標準時が明石市の東経一三五度を基準にしているため、経度が五度ほど東にある東京は南中を二〇分ほど早く迎えてしまうからだ。

 正午なのに真南に太陽が無いのは変だ。

 と言う考えから、自分の村や町で南中が正午、あるいはそれに近い標準時を採用したため、幾つも標準時が生まれる事となった。帝国でも同じ事が起きており複数の標準時が使用されていた。

 そんなに標準時があって問題無いのか。

 結論から言えば、これまでは問題無かった。

 当時の移動手段は歩きか馬だけで、一日進んでも標準時のズレなど気にならなかった。

 だが、今まで以上のスピードで動き、正確な時間で運行する必要のある鉄道の場合には複数の標準時があるのは致命的だ。

 一分二分でもズレていたら事故になる可能性がある。

 特に電信や電話によって一瞬にして会話が出来るようになって、より深刻になった。向こうとこちらを一瞬で通信出来るが、時刻がずれていることが多々あった。

 何よりダイヤ作成が面倒くさい。

 それに幾つ物標準時を掲示するのが面倒くさい。アメリカのある鉄道駅では複数の時計を動かして各地の標準時を知らせていた。

 乱立する標準時を問題視したアメリカの鉄道会社は、アメリカ鉄道協会において鉄道時間を策定し五つの標準時を作成しダイヤに採用した。ちなみに連邦政府が標準時を制定するのはこの後で、鉄道時間を利用した。

 つくづく鉄道が無ければ、あの超大国アメリカは存在できなかったのではないか、と思う話しだ。

 現在、王国鉄道では仮にだが、王都を基準に標準時を制定している。

 各地の駅も王都標準時で動かし、時計も動かしているが、一部の町村は自分たちの標準時でダイヤを掲載しろという要求があり、昭弥は拒絶していた。

 そしてこの標準規格会議でもどの標準時を採用するか話し合っていたが、揉めていた。

 帝都を基準にする事が決まったが各地の標準時をどうするかで揉めに揉めて進まなかった。

 帝都は帝都標準時に従えと言うが、帝都がお昼を迎えたとき、ルテティアでは夕方という事態になりかねず、標準時帯、経度毎に標準時を決めよと提案したが、帝国は頑として聞き入れない。

 標準時でこのような状況だから他の分科会も推して知るべし。

 最大規模を誇る帝国と、小さいながらも最先端を行く王国鉄道の真っ向勝負だった。




「あーしんどい」


 会議が終わった後、王国の屋敷に戻って部屋に入った昭弥はソファーに身を預けた。

 だが、このようにゆっくりもしていられない。

 各分科会に出席している王国鉄道の参加者から報告を聞き情勢を分析するのだ。


「現状としてはどうだい?」


「帝国派、王国派、現状維持派の三派ですね」


 帝国派は帝国鉄道に関係が深い鉄道で帝国規格が標準になるのが好ましい連中。

 王国派は王国鉄道の支援により建設された鉄道で王国規格が標準になるのが好ましい人達。

 そして現状維持派は、独自に鉄道を建設しており標準規格が決まると、設備や車両の更新を必要とするため、それを避けたいと思っている人達だ。


「何とか王国派を纏めておいて何とか通せそうか」


「一寸厳しいですね。帝国鉄道の発言権が強く、現状維持派も多いですから」


「厳しいか」


「でも善戦していますよ。社長が販売に力を入れていなかったら王国鉄道を支持する人がいませんでしたし」


 博覧会の前後から鉄道車両、レールの販売だけで無く、鉄道会社のコンサルティングや企業支援を行っていた。

 当然、それらの鉄道は王国規格だったため、規格が変更になると改修せねばならず、困る人達だ。


「この現状維持派をどうするかが問題だね」


 今のところ、三分の一ずつの勢力であり決め手に欠けていた。


「規格の効力を制定日以降に建設される鉄道に限定したらどう?」


 随行していたフィーネが提案した。


「どういう事?」


「これまでに建設していた分は現状維持を認める。これから建設する鉄道に関しては標準規格に合わせる」


「確かに、それなら現状維持派が改修する必要がないね」


 現実の世界でも既得権益者を黙らせるための特例として、施行日以前に事業を実施している会社を適用外とする条項を設ける事がある。


「これなら大丈夫だ。この方針で明日行おう」

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