会議への招待状
ドカーン
博覧会が終わって暫く経った日。
王城の一角、ユリアの居住区近くで爆発音と共に煙が上がった。
そこから激しい戦闘音と共に炎と神聖魔法らしき光が放たれる。
王城内の宰相府の窓からも確認できる程大きかったが、視線を移すだけで、誰も立ち上がろうとしない。
「また始まったか」
部屋の主、ルテティア王国宰相ラザフォード公爵が呟いた。
「最近多いですね」
王国鉄道株式会社社長にして鉄道大臣の玉川昭弥が答えた。
「近頃、王城に侵入しようとする賊がいる。幸い親衛隊によって撃退しているが、毎回取り逃がしている」
最初は驚き警戒したが、連日のように起こるため、日常の一部となり、最近は時報となりつつあった。
「マイヤーさんが捕まえられないなんて凄い腕ですね」
「何か心当たりはあるかね?」
「さあ」
そう言っていると、部屋の扉が開いた。
「失礼します」
入って来たのは、アスリーヌ伯爵オーレリーだ。
若くして当主となったが、経験不足のため修行として昭弥の元で、執事兼秘書をしていたが、今はユリアに気に入られて彼女の執事兼秘書となっている。
年の割に小柄で可愛らしい顔立ちをしているため、一見すると美少女に見えるが実際は美少年だ。
某メイドが熱をあげるのも無理はなかった。
「書類をお持ちいたしました」
「ありがとう」
「仕事には慣れたかい?」
書類を持ってきたオーレリーを宰相は労い、昭弥は近況を尋ねた。
「はい、大勢の方に良くして下さっています。陛下にも優しくして頂き、感謝しております」
満点とも言える言葉を述べて、ニコリと笑うとオーレリーは部屋を辞した。
「そういえば、彼が出仕してきてから爆発が起こるようになったが」
「気のせいでは?」
そう言って昭弥は宰相の言葉をごまかした。
「何か隠していないか?」
「いいえ」
「父に秘密はなしだぞ」
「まさか」
昭弥は、否定した。
勝手に宰相が昭弥を俺の息子宣言したため、義理の親子となっている。
最初こそ、良いのかな、と昭弥は思っていたが、最近は職務の事もあり、気軽に相談できる相手となった為、非常に感謝している。
「それで、今日の用件なんですが」
そう言って昭弥は、相談を切り出した。
「帝国から王国鉄道に招待状が来たんだね」
「はい」
昭弥が相談に来たのは、帝国から来た招待状を受けるために必要な事を話すためだ。
「しかし参加する必要があるのかい? 帝国が主催する会議に」
「はい、今後、一世紀以上にわたって影響を及ぼすと考えられるからです」
半信半疑の宰相に昭弥は、確固とした自信で答えた。
帝国鉄道標準規格制定会議
それが帝国から来た招待状の出席先だ。
簡単に言うと、帝国内の鉄道について標準規格を制定しようという案内だ。
近年帝国内では帝国政府の後押しもあり、鉄道網が急速に伸びている。
だが、あまりにも急激だったため規制する法律どころか基準となる規格も無かった。そのため、各地で好き勝手に建設して問題を起こしつつあった。
例えば軌間、レールとレールの幅だ。
帝国鉄道と王国鉄道はすべて一時期を除き一四三五ミリで統一されているが、他の鉄道では多種多様な軌間が設けられている。
その中にはレールの幅を何処から何処までと定義するかという、見落としがちだが重要なテーマもある。
何故そんなことを、と思う人がいるかもしれないが、非常に重要だ。
通常、軌間はレールとレールの内側の端から端の間としている。だが歴史上、レールの中心から中心と定義して失敗した例がある。レール自体が大きくなって、レールの間が狭まり、鉄道が走れなくなってしまったのだ。
そのような馬鹿馬鹿しくも深刻な問題が起きないように、帝国内で新たな鉄道を敷くとき、決められた規格、人々に便利な規格で建設しようというのだ。
軌間だけではない、安全装置、連結装置、信号、事故時の救護、料金設定、運賃の支払い、受け取り、鉄道会社間の遣り取り、等々、鉄道におけるありとあらゆる問題を提起して解決する道具、ルール、標準規格を設けようというのが帝国の提案だった。
「これを策定しなければ、今後の禍根となるでしょう。そして私が行って提案しなければ、絶対に幸せな未来は訪れないでしょう」
「……まるで神の使者、いや神そのもののような言いぐさだね」
自信に満ちた声で断言する昭弥にラザフォードは呟いた。
「まさか、ただ、史上初めての規格提案です。現在の所、帝国法のような拘束力はありませんが、今後の指針となりいずれ行われる鉄道関連の法律の土台となるのは間違いありません。絶対に帝国の思い通りにさせてはなりません」
静かに、だが断固たる姿勢で昭弥は語った。
「宜しい、王国宰相として、鉄道大臣に帝都へ行き帝国鉄道標準規格制定会議に出席するよう命じる。同時に陛下に上奏し、派遣の勅命を得るものとする」
「ありがとうございます」
昭弥が感謝の言葉を述べた時、再び王城に爆発音が響いた。
「出来ればアレを止めてから行って欲しいのだが」
「嫌です」
昭弥は素直に断った。




