ウンベルト豹変
「どういう事でしょうか?」
銃口を向けたウンベルト中尉に昭弥は尋ねた。
背後にいたセバスチャンが身構えたが、昭弥が後ろ手で留まるように指示した。
後ろでは、騒ぎで起きたオーレリーがやって来て、突然の事態にマリアベルを庇うように立っている。
「何、列車では珍しくないでしょう」
「列車強盗かい?」
「そうです」
政情不安定なルテティアでは強盗や野盗が多く、襲撃の被害が多い。そのため列車強盗も度々起きていて鉄道公安官を乗せたり、装甲列車を走らせたりしている。
しかし、取り締まる側の憲兵隊が盗賊になるとは思わなかった。
表向き憲兵隊の犯罪は無いとされているが、作戦上必要という建前の元、徴発という名の強盗を働くことはあるし、犯罪行為をした時点で憲兵ではないので憲兵が犯罪を犯すことはないと強弁している所もあり、今回の様な事は仕方ないとも言える。
「それでどうすると言うんだい?」
「この列車に積まれている現金を頂こうと」
「金庫かい?」
貴重品や高価な物を収納するための金庫が一号車に設置されている。結構頑丈な金庫で、現金輸送にも使えるほどだ。
「ええ、開けて貰いましょう」
「お客様のお荷物に手を掛けるのはね」
「そんな端金はいりませんよ。欲しいのは王立銀行から依頼された現金輸送ですよ」
他の有効な交通手段がないため、現金などを輸送することが多い。
日本でも自動車が発達するまで鉄道による現金輸送が行われており、小樽で展示されている日本銀行所有で運営されていたマニ三〇が有名だ。
他にもシベリア鉄道によるロンドンへの手形決済の書類を輸送するという事が行われており、ソ連建国時にシベリア鉄道の整備のために日本の鉄道院、鉄道省から職員が派遣されたのは、手形輸送の確実化ではないかと考えられている。
「それもお客様から預かった大切な荷物なんだけど」
「そうですが来て貰わないと困ります」
「拒否したら?」
そう聞くとウンベルトは通路から三人の人物を部屋に入れた。
チェニスで拘束されていたタニー氏兄弟だ。彼らを降ろさなかったのは、大金庫内の現金を移動するのにトラキアで彼らの承諾が必要だったからだ。
犯罪者でも彼らの許可無く、預かった荷物を移動する事が出来ないからだ。
職員の不正を防ぐために作った規則だったが、厳しすぎてこのような状況で融通が効かない物になってしまった。
少し見直しが必要なようだ。
更に帝国駐在武官補のスコルツェニー少佐。軍人だが帝国の要人なので下手に死傷させたら危険だ。
「分かりました。では行きましょうか」
そう言って昭弥はウンベルト達に連れて行かれた。セバスチャンとマリアベルに目配せして大人しく従うようにする。
昭弥達は、ゆっくりと移動し三号車の連絡通路を使って二号車へ。そして金庫のある一号車にやって来た。
「さて、まずは連結器を外して貰おうかな」
ウンベルトが昭弥に命令した。
「拒否したら?」
と、昭弥が尋ねると中尉は拳銃をタニー氏兄の顔に銃口を向け
パンッ
発砲した。
突然の事に撃たれたことも分からず、タニー氏兄は驚きの表情で固まったまま倒れ、自らの血の海に漂った。
「な!」
一方の弟の方は、兄の姿に驚愕した。
「おい! 話が違うぞ、俺たちを」
そこまで弟が言うと再びウンベルトが発砲、弟を黙らせた。
「さあ、外して貰おうかな」
再び銃口を昭弥に向けて中尉は脅した。
「……無理だ」
「無理と言うことは無いだろう」
ウンベルトは更に強く言う。
「まあ、見て欲しい」
そう言って、昭弥は整備用の扉のある場所に行き、開けると連結器を見せた。
「……なんだこれは」
通常列車などで見られる自動連結器では無く、一本の棒だった。
「半永久連結器。自動連結器より強固な連結器です」
自動式の連結器は、接続したり外すのに便利だが、耐久力が少し劣る。
そのため、旅客列車や固定編成の電車など、切り離しが殆ど無い場所では、半永久連結器若しくは永久連結器を使う。
これらは、ボルトやナットで固定されており、自動連結器のように直ぐ外せない。
しかし耐久力、強度は自動連結器より高いため、安全なのだ。勿論固定されていると整備がしにくいので、車検区などでボルトやナットを外して一両単位に切り離せるようになっている。
「走行中は、力が掛かるから外すことは出来ませんよ」
また走行中は力が掛かるようになるため、外せないようになっている。
「何処でなら外せる」
「四号車と五号車ですね。そこは自連なので外せますけど」
万が一、脱線などで動けなくなっても無事な車両を直ぐに移せるように四両か三両単位で切り離せるように設計していた。
「まて、あの化け物女王と一緒に走らなくてはならないのか!」
「三号車だからそうですね」
非常に不敬な言葉だったが圧倒的な真実のため昭弥は、ウンベルトの言葉に同意してしまった。
言ってから気が付いて、まずったと昭弥は思ったがウンベルトはそれどころではない。
「仕方ない、合流点で現金だけ持ち出すぞ」
あー、やっぱりと昭弥は思った。
大量の現金を移送するには、強盗に早変わりした憲兵六人では人手が足りない。
連絡トンネルには、保線や避難用、魔物討伐用の引き込み線が多数設置されている。
そのうちの一つを利用して奥へ荷物車を運び込み、離れたところで現金を奪おうという計画なのだろう。
「連結器はもう良い。金庫を開けて貰おう」
そう言って昭弥達を金庫の前に連れて行った。
「さあ、開けて貰いましょうか」
そう言って横にいるセバスチャンに銃口を向けた。
「わかった。止めてくれ」
慌てて昭弥はウンベルトを制止した。
「念の為に聞くけど、中の現金をどうする気だ?」
「盗むに決まっているだろう。他にも現金があったら頂くがな」
「本気か?」
「ああ、ここには何千万と王立銀行の銀行券、定額手形があるんだろう」
少額で誰でも受け渡しが可能で、全国の王立銀行で金貨もしくは銀貨への換金が可能な定額手形、事実上の紙幣が積み込まれていた。
今回の帝国訪問は商談を纏めるためでもあり、王国で不足する物資、衣料品や鉱物資源などの購入が行われる予定になっている。
その原資として王立銀行に頼んで大量の紙幣が用意され、この列車に積み込まれていた。
「まあ、そうだけど」
「そいつを頂く」
「分かったよ」
そう言って、昭弥は覚えていた金庫の番号を入力し、開けた。
中には高額紙幣が山と積まれていた。
「へへへ、これで俺たちも大金持ち……」
だが、額面を見てウンベルトは愕然とした。
「……なんだこれは!」
ウンベルトは昭弥に尋ねた。
「見ての通り定額手形、銀行券だよ」
確かに王立銀行が発券している定額手形、事実上の紙幣の印刷と似たような模様だ。だが書かれていた額面は金貨一〇〇〇枚と書かれており、紙幣の大きさも十倍くらい大きい。
「ただし銀行間、大企業間の高額決済に使われる高額紙幣だ。普通の紙幣だと金額が小さくて扱いにくいからね」
一万円札でも一億円となると一〇キロぐらいの重さになる。何億円、何十億円という金額を輸送するとなると大変だ。そのため証券や手形を利用するが偽造が心配になる。
そこで予め、高額紙幣を作っておいてそれを使って決算してそれらの手間を省くようになった。
アメリカで実際一〇〇〇ドル札や五〇〇〇ドル札一〇〇〇〇ドル札が発行され銀行間や企業間で決済に使われていた。
ここにある高額紙幣も王立銀行の支店間や大企業の間で利用されており、今回は支店で現金となる金貨を受け取る予定になっていた。
「紙幣は紙幣だろう。何とか換金すれば」
とウンベルトは考えた無理だろうと昭弥は考えた。
支店間や大企業の間での決算用では持ち込んだとしても怪しまれる。それに光学と言うことは少数の発行なので全部の管理番号が記録されており、盗品である事は一発で分かる。
足の付きやすい紙幣だ。
「兎に角、合流地点で合流して逃げるぞ」
ウンベルトは、予定通り昭弥に機関車を停止させるよう機関士に命じさせ、列車をトンネル内にある分岐に停止させる。部下に扉を開けさせ、現金を運び出すように命じた。
「さて、外に出て貰おうか」
昭弥に銃口を向けてウンベルトが促した。
「人質?」
「そうだ」
言われた昭弥は、ゆっくりと扉を過ぎ、地面に降りると懐から手投げ弾を落とし、爆発させると周囲を圧する光を放ち、周辺を白一色に染めた。




