メイドとの約束
「どういう事でしょうか? 私はマリアベルでは無く」
「いや、マリアベルさんでしょう。どうせ元の客室係と入れ替わり、三号車の係も何らかの方法で乗車できないようにしたんでしょう」
「……ふふふ、流石史上最悪の凶悪犯にして邪悪な魔王、玉川昭弥。お見通しという訳ですね」
そう言ってメイドが顔のメイクを落とすと、アスリーヌ伯爵家の筆頭メイド、マリアベルが現れた。
「馬鹿な!」
それを見たセバスチャンが驚きの声を上げた。
「廃坑の奥に生き埋めにしておいたのにどうやって」
「ふふふ、甘いですよ。マニア様より与えられた神聖魔法<聖光爆破>によって開けられていた地上に通じる空気穴沿いに吹き飛ばしたんです。軽いものですよ」
「そんな事をすれば鉱山全体が崩壊するのに」
「運は良いんですよ。私は敬虔な信徒ですから」
「お前らそんな事してたの」
二人の会話を聞いていた昭弥が呆れてツッコンだ。
ただ、セバスチャンとマリアベルが激しく戦う原因を作ったのも昭弥だった。
昭弥的にはマリアベルが元凶と思っているが、関わると決めた為の苦労だ。
元々、オーレリーのアスリーヌ伯爵領は、経営が悪化しつつあり、何とかしようと鉄道を引けないものかとオーレリーは考えていた。
その言葉を聞いたマリアベルは王国鉄道に相談に行ったが、断られたので昭弥を誘拐して脅して作らせようとした。たまたま、その時温泉が見つかり保養地を探していた昭弥が開発を約束して、結果的に鉄道は開通した。
馬鹿げた話しだが、事実だから仕方ない。
だが、オーレリーの為なら、言われなくても勝手に凶行に及ぶマリアベルの元にオーレリーを置いておくのは危険だと判断し、手元で教育を行おうと昭弥は考え実行した。
幸い、オーレリーは素直で優秀な秘書兼執事として手伝ってくれるが、マリアベルと離したため、彼女が昭弥を逆恨みしている。
そして事あるごとに、オーレリーを奪回しようとしたり、昭弥を暗殺しようとしたりするため、セバスチャンが日夜対処している。
「なんで分かったんですか?」
「彼女が証言してくれたときだよ。オーレリーを王都に帰す話しをティーベとしていた時、突然、三号車の人の出入りを証言したよね。それも正確に。事件が解決しないと王都に帰されると判断して、咄嗟に協力したんでしょ」
「流石ですね。我が仇敵」
「何のために」
セバスチャンがマリアベルに尋ねると昭弥は呆れたように代わって答えた。
「アスリーヌで誘拐してそのまま一緒に暮らすつもりなんだろう」
「当たり前じゃないですか。そしてあなたが消えてくれれば万々歳なので列車ごと吹き飛ばします」
「やっぱ、そこまで考えていたか」
普通なら驚くところだが、この常軌を逸した事を行うのがマリアベルだ。何でこんな狂った人間が神聖魔法を使えるかというと、信仰する神が熱狂を司る神マニアだからだ。オーレリー狂いのマリアベルに力を与えているという何とも迷惑な存在だ。
「ねえ、この前伯爵の屋敷を改築したよね」
「ええ、オーレリー様と私の愛の巣です」
「いや、違うから。けど、改築費が結構掛かったんじゃないのかな。これからも維持費とか生活費とか必要だから、収入になる温泉保養地に入る客が減少するような派手な爆破は止めた方が良いんじゃないかな」
「はっ」
そもそも、犯罪行為自体がダメなのだが、他のことに目が向かないマリアベルは、暴走すると最短距離を突っ走り、犯罪行為さえ厭わない迷惑な存在だ。
今も、自分の計画の欠点を指摘されてようやく気がついたところだ。
「おのれ……悪辣な仕掛けを」
「いや、全く何もしていないよ」
昭弥はマリアベルが自滅しようとしているところを指摘しただけだ。
「かくなる上は力ずくでもオーレリー様を奪回させていただきます」
「いいよ」
「え?」
昭弥の言葉にマリアベルは、驚いた。
「ただし条件がある。博覧会が終わるまでは秘書である事。次に鉄道会社の社員としてアスリーヌ領の支配人、温泉保養地の責任者として働いて貰う。勿論、アスリーヌ領で生活して良いよ。王都に来るのは、報告の時だけ」
「いいんですか?」
驚いたセバスチャンが尋ねた。
「ああ、良いよ」
オーレリーの教育も済んで自立した判断が下せるようになってきたし、保養地の責任者として仕事を与えれば、変な方向に向く事はないだろう。
オーレリーの事となると、暴走するマリアベルだが、オーレリーの言うことには絶対服従している。
オーレリーさえしっかりすればマリアベルも自然とコントロール可能となる。
その目処が付いたので、帰して良いと判断していた。
「どうでしょう。マリアベルさん。頼みを聞いて貰えますか」
「何なりとお申し付け下さいませ。なんでしたら身も心も最高の状態にして差し上げます」
「いえ、結構です」
身も心も捧げる、と言わないあたり、オーレリーに絶対の忠誠を誓っている証だ。彼女の全てはオーレリーに捧げられている。
これなら大丈夫だろう。
「では、頼みたいことですが」
昭弥がマリアベルに依頼した後、列車は予定通りアスリーヌに到着した。
ここにも豪華列車専用の引き込み線と施設が完成しており、乗客は誰でも自由に自分にあてがわれた温泉に入ることが出来る。
各部屋に風呂が設置されていたが、リグニア帝国の人間は大きな風呂が好きだ。
特に広い大浴場が貴族、庶民問わず皆が入ろうとする。
毎日、某古代風呂漫画の様な光景が繰り広げられている。
豪華列車専用の施設でもそれは変わりない。
乗客専用大浴場が設けられており、そこへ入りに行く。
夜に近い時間だが、周囲に設置された電球により明るく照らされていて暗くはなく、寧ろ今までに無い雰囲気で明るく、素晴らしいと評判だった。
また、昭弥の趣味で露天風呂を作ったが、今一評判が悪かった。
文明人であり、余裕があるのに何故、外で裸になって風呂に入らなければならないのか、と考える人が多く一部の数寄者が利用するだけだった。
暫く様子を見て継続するか、違う風呂か庭園にするか昭弥は考えることにした。
夕食を終えて再び一風呂浴びて、部屋に戻り寝静まる頃、日を跨ぐ二四時丁度にルテティア急行は出発した。
丁度、ティーベが主催する夜会が始まり、多数の職員が支援のために駆り出されていたアスリーヌで現地スタッフに任せて自分たちは休息を取っていたので、彼らは気力十分で働いていた。
ただ、昭弥だけは休養と言うことで部屋に残ると言っていた。
そして、連絡トンネルに入るころ昭弥の元に来客があった。
「どうしましょうか?」
写真撮影を行って疲れていた昭弥にセバスチャンが尋ねた。
事件の事が王都で話題になっており、昭弥が無事かどうかで混乱が起きていた。
そこで写真技士に頼んで車内の昭弥を撮影し王都に発送することで疑惑を払拭しようとした。撮影は終了し、現像して送られているが、少し背筋を伸ばして健在である事を示したので疲れていた。
「通して上げてくれ」
だが、昭弥は来客を迎えることにした。
「はい」
セバスチャンが開けるとそこにはチェニスで乗り込んできた憲兵隊の兵士達がいた。
「どうしましたか?」
「玉川社長に用事がありまして」
「は、はい、どうぞ」
隊長のウンベルト中尉が話すと、セバスチャンは部屋の中に通した。
そして客間にいた昭弥が迎えた。
「今晩は、どうかしましたか?」
昭弥が椅子に座ったまま尋ねると、ウンベルト少尉は拳銃を取り出し昭弥に銃口を向けた。




